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297話 助けを呼ぶ声

「あっ、リーダーッ」


 あれから数十分が経過した頃だろうか。

 俺が起こした巨大な地割れの近くでユミフィと共に時間を潰していると、不意に白い光が現れた。

 その中から、スイとアイネ――そしてトワが姿を見せてきた。


「アイネッ、無事だったか!」


 飛びつくようにヒールをかけ、俺はすぐさまアイネに駆け寄った。

 大丈夫だろうとは思っていたが、やはり現実にその姿を見ると改めて安心する。


「大丈夫っすよ。負けちゃったんすけどね……」


 ちょっぴり眉を八の字に曲げて、アイネが恥ずかしそうに苦笑いを返してくる。


「いや、でもっ……」


 言葉を詰まらせ、俺はアイネの格好を見る。

 三つ編みのおさげに結われていた髪がボサボサに解けており、いつも彼女が着ている道着のような服も含めて土まみれ。

 それだけ見れば、彼女がどれだけ追い詰められていたのか軽く想像がつく。


「もーっ、リーダーはやっぱり大げさっす!」

「いやいやっ! ボク、本当に心配したんだからねっ!!」


 と、おどけてみせるアイネに対しトワが少し怒ったような声を出す。

 彼女からそんな反応が来るのは意外だったのだろうか。

 アイネは少し目を大きくして、肩を回す。


「だーいじょーぶっすよ。ポーションも使ってくれたし……それに、リーダーのヒールを信頼してないんすか?」

「そういうわけじゃなくて……」

「んもー、トワちゃんらしくないなぁ」

「…………」


 アイネではないが、確かに浮かない顔を浮かべているのはトワらしくない。

 別にトワが冷たいとかいうわけじゃなく、こういう時には真っ先にトワは無事を喜び合う反応を見せるキャラだと思っていたのだが。

 そんなふうに俺とアイネが気まずそうにしていると、スイが優しく微笑みながらトワに対して話しかけた。


「そんな顔しないでください。トワ。貴方の判断は間違ってなかったと思いますから」

「そ、そう?」


 それをきいて救われたような顔をみせるトワ。

 ……なるほど、どうやらもっと早い段階でアイネを逃がすべきだったのではないかとか、自責の念にかられていたようだ。

 俺はポーションを使用した後のアイネしか見ていない。

 おそらく、戦闘直後の彼女は――


「そうっすよ! あぁ見えてウチ、最後に競り負けた時以外は諦めてなかったからっ!」


 そうハキハキと喋るアイネ。

 しかし、その言葉は逆効果だった。

 俺も含めて、皆が驚いた表情をアイネに向ける。


「あ、あぁーっ! 違うっ! ちゃんとウチが諦めたら、トワちゃんは入ってきてくれたし……えっと、そうじゃなくてっ!」


 頭をぐしゃぐしゃとかきむしりながらアイネが目をぎゅっと瞑る。

 その表情には、もどかしさとか悔しさとか、様々な感情がこめられているように見えた。


「……よく頑張ったな、アイネ」

「え……?」


 おそらく、今回の戦いの中で一番頑張ったのはアイネだ。

 もちろんスイだって頑張ってくれただろうが――まぁ、余裕だったのだろう。

 アイネとは対照的に全く汚れていない格好がそれを証明している。

 しかしアイネは格上の相手に粘り続けてくれた。


 ――大人の責任か……


 改めてカミーラの言葉が刺さる。

 自分の責務を果たすため、最後まで戦い抜く。

 もし俺がアイネの立場だったら――逃げ出していたかもしれない。

 だからこそ、アイネに対し尊敬の念を禁じ得ない。


「よく頑張ってくれたな。アイネに任せて、よかったよ」

「いや………えっと……」


 アイネは、きょとんとした顔を浮かべて何度か瞬きを繰り返す。


「ま、参ったっすね……ウチ、負けちゃったんだけどな……」


 照れくさそうに後頭部をかきながら、アイネが苦々しく笑う。

 だが、それでも悪い感情は与えなかったようだ。

 その表情が晴れやかにも見えるのは気のせいではないだろう。


「本当に惜しかったよっ! あの変な装備が無かったら勝負は分からなかったのに……」


 対してトワの方はひっかかるところがあるのだろう。少し悔しそうだ。

 そんな彼女の言葉をきいて、スイが怪訝な表情を見せる。


「変な装備ですか……うーん……」

「あれ。スイちゃん、何か心当たりでもあるの?」


 顎元に手を添えて考え込むスイに、トワがきょとんとした顔を見せた。

 するとスイは少しの間を置いてゆっくりと答え始める。


「心当たりってほどでもないです。ただ、魔術師協会ともなれば……特殊な武器を開発しているかもしれないので……アイネ、どんなものだったの?」

「ん。そうっすね……」


 アイネは視線をやや上側にあげて、くるくる円を描くように人差し指を動かし始めた。


「えーっと……なんか、気力を魔力に転換する装備って言ってたっすよ。見たことがないようなスキルを使ってきて……本当に戦いにくかったっす……」

「魔法を使ってきたってことか?」

「うーん。魔術師が使うものとはちょっと違ったっすね。でも、雷がとんできたり、気功縛を抜けられたり……」


 そこでアイネの表情が曇った。

 クレスの使う変わったスキルは俺にも見覚えがある。

 普通の装備ではないことは確かだろう。


「魔法を扱える人たちが集まる以上、それを汎用的に使える装備を開発することもできなくはないでしょうね」


 ゲームでは装備することで本来自分が覚えないスキルを使えるようになる効果を持つものもあった。

 それを、旅をしてきたスイが知らないということは、この世界では、そういう装備は流通していないということなのだろう。

 そんなことを考えていると、トワがぽんと手を叩いて話し始めた。


「装備で思い出したけどさ。スイちゃんはともかく、リーダー君とアイネちゃんはそういうのあんまつけてないよね。リーダ君はつける必要もなさそうだけどさ」

「たしかにアイネは素手で戦っていますからね。小さな手甲ぐらいなら戦い方も変わらないし、つけてもいいんじゃない、アイネ」

「手甲っすか……」


 手を開いたり閉じたりしながら、アイネは自分の手を見つめている。

 拳闘士はその名の通り拳で戦うクラスだ。しかし、だからといって素手で戦うのがメジャーかというとそういうわけではない。

 素手でも一応、戦うことはできるが普通の拳闘士は手甲をつけたり、サブウェポンとして鈍器を持っていたりする。

 この世界ではアインベルも武器を使っているようには見えなかったし、そういうものなだと思い込んでいたが、スイの話し方からするとそういうわけでもないらしい。


「うーん。今の段階だとピンとこないっすね。つけるにしてもあんなおっきな手甲はちょっと……トンファーとかなら使えるかもしれないっすけど」


 アイネが考え込んだことで、数秒の沈黙が周囲を支配する。

 それを見て、トワが手を軽く叩きながら声をあげてきた。


「まぁそれも大事な話だと思うけどさっ! それよりも……」


 ちらりとユミフィの方を見るトワ。

 それを見て、俺は真っ先に言わなければならないことを思い出した。


「あっ、そうだな。ユミフィのことなんだけどさ――」


 カミーラから聞き出した情報を、俺は皆に伝えていく。

 俺の声色から、どのような情報が話されるかある程度察していたのだろう。

 目をまるくはしていたが、俺が思ったより皆の反応は冷静だった。

 一通り話し終えると、アイネがおそるおそると言ったかんじで手をあげ話しかけてくる。


「……ウチ、結界のこととかよく分からないんすけど……生け贄ってなんすか? ユミフィを……その、殺しちゃうってこと……?」

「それについてはなんとも。ただ、もしユミフィを渡したら、ろくでもないことになりそうなのは確かだな」

「そっすよね……」


 ため息をついてアイネが顔を俯かせる。

 するとユミフィは、心配するようにアイネの顔をのぞきこんだ。


「……結界、無くなる、困る?」

「えっ?」


 頓狂な声を返すアイネに、ユミフィはゆっくりと言葉を続ける。


「私……あの結界、よく知らない。意味も全然、分からない。でも、無いとみんなが困るのは……なんとなく、分かった」


 後半は話しかけるというより、呟くようなものだった。


「私、本当にここにいて、いい……?」

「そんなっ――」

「ユミフィ」


 慌ててユミフィに話しかけようとするアイネや皆を目で制止して、俺はユミフィと視線を合わせた。


「あの結界はな。昔、魔王を封じ込めたとされる結界なんだ。多分、あの中にはすごく強い敵がいて、そいつが怖いから結界が無いと困るって話しなんだ」

「魔王、強いの? お兄ちゃんより??」


 すがるように俺を見つめてくるユミフィ。

 そんな彼女に、俺はゆっくりと首を横に振る。


「……ユミフィ。俺はこの世界に来てから、全力で戦ったことはない」

「えっ……」


 ユミフィの目が丸くなる。

 そんな彼女の頭を撫でながら、俺はなるべく優しくきこえるようにゆっくりと言葉を続けた。


「さっきの戦いは全力じゃない。昨日使ったエンペラークエイクも、俺の力の一端でしかないんだ」

「……マジすか?」


 違う方向から驚きの声がきこえてきたが、とりあえず今はスルーだ。


「ユミフィ。あの中に凄く強い敵がいたとして――俺が負けると思うか?」

「それは……」

「魔王だろうがなんだろうが、悪い奴は俺が全部倒してやる。だから、ユミフィは安心していいんだ。ここを居場所にしていいんだよ」


 自分で言っていても自信過剰な台詞だということは分かる。

 でも、それでも。ユミフィが安心するのはこういった台詞なのではないだろうか。


「ぅ……」


 僅かに目を潤ませて俺を見返してくるユミフィの顔をみるに、その読みは間違ってはいないはずだ。

 ……すると。


「くーっ! リーダー君、かっこいいじゃんっ! 手が震えてなければねっ!」


 俺が今まで必死に隠そうとしていたことを、あっさりトワが指摘してきた。

 自覚はあったのだが――それなりに努力したんだけどなぁ。


「バカッ! ユミフィが不安がるだろうっ!!」

「あはははっ、もぅ、リーダーらしいっすね」

「ふふ、そうですね。でも……」


 後ろの方から、スイがユミフィに近づきしゃがみ込む。

 そしてユミフィの頬に手を添えて優しく微笑み、言葉を続けた。


「リーダーの言うとおりです。ユミフィ、リーダーの力は知っているでしょう? 貴方が気負う必要なんてないんです」

「せっかくお友達になれたんだからさ、もっと楽しい顔してほしいなっ」

「そっすよ! せっかくパーティ組んだんだから、もっといろんな冒険、ウチらとしましょっ!」


 スイの言葉に続くようにアイネも膝に手をついてユミフィに視線を合わせてそう言った。

 そんな皆の対応に少しずつユミフィの表情が解けていく。


「うんっ! ――っ!?」


 ――だが。

 一瞬のうちにユミフィが表情を強張らせる。


「あれ? どしたの?」


 心配するトワの声。それが届いていないかのように、ユミフィはあさっての方向に顔を向ける。


「……森、声……」


 引きつった表情で、何度か小さく息を吸うユミフィ。

 それを数秒続けたとおもったら、さらに切羽詰まった表情になってユミフィは俺達の方に振り返る。


「森、助け、呼んでるっ! すごく、凄くつらいって……!」


 叫ぶようにそう言いながら、俺のコートを必死に引っ張るユミフィ。


「それって、もしかしてスイでも苦戦するっていう……?」


 俺の言葉に、何度も勢いよく首を縦に振るユミフィ。

 誰もが察する。急ぎ、次の戦いの場にいかなければと。


「お兄ちゃんっ! お願いっ……森を、森を助けてっ!」


 立ち上がり、視線を交わす俺達の様子を見て不安に思ったのだろうか。

 ユミフィがさらに必死に声を張り上げてきた。

 皆が少し苦笑する。そんなこと、言われるまでもないからだ。

 だが、敢えて言葉にすることで士気は高まるものだろう。

 皆の視線が俺に集まる。リーダーである俺の言葉を待つために。


「あぁ、行こう。ジャークロット森林へっ!」


 力強く頷く皆を見て。

 ユミフィは一気に表情を明るく変えてくれた。


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