296話 ユミフィの正体
手をさしのべる俺に対し、カミーラとクレスは呆気にとられた表情を返してきた。
だが、数秒の間を置くと、カミーラは観念したようにため息をついて話しはじめる。
「全く、無知なボウヤだよ……それでいて、お人好しときた。タチが悪いね。ホント……」
「カミーラ様……?」
どこか覚悟を決めたようなその声色に、クレスは何かを察したのだろう。
そんな彼の肩を軽くたたくと、カミーラは少し悪戯っぽく笑って見せた。
「クレス。少しだけ……少しだけ、目と耳を塞いでいてくれるかい」
「……御意」
軽く頭を下げ、一度俺の方に視線を移すと、クレスは俺とカミーラのいるところから距離をとった。
クレスがこちらに背中を向けていることを確認すると、カミーラは改めて俺の目を見つめてきた。
「これはアタシの独断だがね……アンタの『強さ』と『弱さ』があるのなら、これを話してもいいかもしれない……」
一度、そこで深呼吸をするカミーラ。
その仕草を見れば俺だってすぐに分かる。
彼女が話そうとしていることが、とてつもなく重要な事実であることが。
「アタシがその子に拘っていた理由はね――アレだよ」
「えっ……」
カミーラが指さした方向は――はるか北の空。
この世界に来てから何度も見た黒い壁。
「封魔の極大結界。名前ぐらいは聞いたことがあるだろう?」
「それはまぁ……でも、それとユミフィに何の関係が……?」
「大ありなんだよ。あの結界……どうやって維持されていると思う?」
「維持?」
……嫌な予感がする。
いや、予感なんてものじゃない。
既にカミーラは答えを言っているも同然だ。
「あぁ。当たり前に存在するんで皆気にとめることもないが……あれも結界であることには変わらない。維持するにはコストがかかる」
「コストって……」
思った通りの話しの流れ。
嫌な汗が体中に流れていく。
「あの結界を維持するためのコスト――それがユミフィ・ユグドラシアなのさ」
「っ……!」
その言葉をきいた時、俺はもう何を言っていいか分からなくなっていた。
ただただ絶句して立ち尽くす俺に対し、淡々とカミーラは話しを続ける。
「かつて魔王がこの大陸に降臨した時、魔王を封じ込める結界を張った――だが、あそこまで巨大な結界は、普通の方法では作ることができない。特殊なマナと、そのマナを膨大な魔力に転換できる天賦の才。エルフの王族の中でも、その才を持つ者だけが、あの結界を作り出すことができる」
「そんな……私、あんなの、作れないっ……!」
首を左右に振って、ユミフィが必死に言い放つ。
カミーラはそんなユミフィを見て一度目を閉じると、ゆっくりと言葉を続けた。
「……あぁ、誤解を生む表現だったね。アンタはただの結界のコアさ。コアとなるエルフは、幼い頃から常に絶大な苦痛と、孤独を与えられる。マナの質は感情によって左右されるところがあるからね……より、結界になじむように必要なことなのさ」
「苦痛……孤独……じゃ、じゃあっ……」
「ユミフィ、アンタはね。ずっと、ずっと――生け贄になるために育てられたんだよ」
「っ――!?」
ユミフィの顔が青ざめていく。
だがカミーラはそんなユミフィに視線を向けることはしなかった。
俺の方をじっと見つめ、話しを続ける。
「ユグドラシア王国が生け贄を逃がしたと連絡が入った時、国のトップ達は大きく混乱した。そして極秘に、アタシは魔術師教会の長として国王から命じられたのさ。結界の生け贄となるエルフの少女を確保せよ、とね」
「そんな……そんな、私……生け贄って……えっ……?」
「分かるだろ? そのエルフを逃がしたら……この大陸に、魔の力が及ぶことになる。それは絶対に許されることじゃないのさ」
カミーラの言葉は、どうやらユミフィには届いていないらしい。
ただただ体を震わせるユミフィ。
そんな彼女の肩に腕を回して、その震えを押さえ込むように抱きしめる。
「おに……ぁ……」
「大丈夫、大丈夫」
何が大丈夫なのか自分でも分からない。
だが、俺にはそうやって言葉をかけることしかできなかった。
少しの間、ユミフィを抱きしめて落ち着かせると、頃合いを図ったのかカミーラが声をかけてくる。
「……これが、アタシがユミフィを狙う理由だよ。満足したかい……」
「…………」
何も言葉を発しない――というか、発することができない俺達を見て、カミーラは深くため息をつく。
今の話しをきかなければ良かったとは思わない。
だが、今の俺はその話の内容をうまく租借できていなかった。
「さて、クレス……もういいぞ。待たせたな……」
「ハッ」
唖然とするままの俺達をよそにカミーラがクレスの方へ歩き出していく。
肩をたたかれたクレスは、素早く振り返りカミーラに対して軽く頭を下げた。
そしてカミーラは、一度クレスと視線を交わすと俺に対して話しかけてくる。
「さて。アタシは一度、逃げるとするが……殺さなくてもいいのかい?」
「カミーラ様っ、何を――」
クレスの動揺した様子を見て、カミーラがからかうように悪戯っぽく笑う。
だが、それでもクレスはそれを冗談だと思うことができていないようだった。
そんな彼を安心させる意味も含めて、俺はカミーラに対して答える。
「……殺さないよ。事情は分かった。でも、ユミフィは渡さないからな」
「あぁ……そうだろうね。でも、それならついでに……結界の向こう側にいる魔王とやらを、倒して欲しいもんだがね……」
そう言いながら封魔の極大結界を指さすカミーラ。
その方向を俺も目を細めてじっと見る。
「……考えておくよ」
ただ一言、そう返事をすると。
カミーラは満足したように微笑み、クレスに支えられながら俺達に背を向けた。