294話 竜王の一撃
だが――それももう限界のようだ。
カミーラは何度も杖に頭を叩きつけ、もがくように詠唱を続けている。
その表情は、不敵な笑みを浮かべていた英雄のものではない。
ただただ苦しみに耐えるだけの弱者の顔だ。
「ユミフィ。教えてくれ。あのリヴァイアサンを倒せば、カミーラは助かるのか?」
「…………」
俺の言葉をきくと、ユミフィはやや視線を落として話しはじめる。
「……ただ倒すだけじゃ、ダメ。魔竜の呪い、もうかかってる。あのマナ、リヴァイアサンから離れて、自分で動いてる」
改めてリヴァイアサンを睨み付けるユミフィ。
唇をくっとかみしめて言葉を続ける。
「カミーラ、救うなら、方法、一つ。あのマナと同質のマナ……リヴァイアサンより強い竜のマナ、ぶつけて、倒す。でも、それができるの……竜だけ。人間じゃ、無理……」
そう言って、ユミフィは悔しそうにため息をついた。
「お兄ちゃん、強い。でも、マナの質、違う。だから……カミーラ、助けられない……」
「そうか……」
竜じゃなければカミーラは救えない。
ユミフィの言葉を信じるならば、俺にはどうすることもできない。
……そう、『俺』には。
「そっか。それなら大丈夫だ」
「え?」
そのアドバイスがあれば、この状況を解決する方法は簡単に思いつく事ができた。
ウエストポーチから一つのクリスタルを取り出し、ユミフィに向かって微笑みかける。
「お兄ちゃん……?」
やや呆けた表情で俺の事を見上げるユミフィ。
そんな彼女をリヴァイアサンから隠すように前に出て、俺はそのクリスタルを天にかざした。
「うおおおおおおおおっ!! 貴様、キサ、キサマガアアアアアッ、殺せ、コロセバああアアッ!!」
「カミーラッ!」
「カイホオオオオオオオオオ!! シネエエエエエエエエッ」
カミーラの口から出てくる声は全くの別人のものだった。
何かに歪められたように不気味に低く響く異質な声。
それを見て憐れんでしまうのは俺が甘いせいなのだろうか。
だが――
「頼むぞっ……ソウルサモンッ!」
例えそうだとしても、それを補って余りある程の圧倒的な力があるのなら。
俺は自分の心の従うことに何の躊躇もありはしない。
「プロファウンドオオオオオオオオッ――メイルシュトロオオオオオオオムッ!」
リヴァイアサンの体を囲ういくつもの魔方陣。
先ほどと同じ――いや、それよりも多くの魔方陣が、より強く輝きはじめる。
直後に放たれるのは、大地を飲み込むような水の嵐。
「来いっ! バハムートッ!!」
空間を切り裂くような水の嵐が襲いかかる中、それをさらに飲み込むような巨大な魔方陣が展開された。
その中心から現れたのは闇という言葉を生命体に具体化したような巨大な存在。
黒い体に赤い紋様を刻んだそれが六枚の翼を羽ばたかせると、向かってきた水が全て反対方向にはじけ飛んだ。
「ナアアアッ!? ソレ、は……」
禍々しく曲がる二つの角を持つ黒き竜。
それを前に、カミーラが――いや、おそらくリヴァイアサンが、恐怖を声に滲ませた。
リヴァイアサンをさらに超える巨体と威圧感。
「竜王バハムート。これがお前を倒す――そして、カミーラを救う切り札だっ!」
リヴァイアサンの持つ最強の技を受けてもなお、竜王の体には傷一つついていない。
召喚術師としてのレベルの高さによるステータス補正もあるだろう。
しかし、それを抜きにしてもバハムートの圧倒的な力がひしひしと伝わってくる。
それに感銘を受けていると、バハムートは俺の方を僅かに振り返る。
……その瞳を見て瞬時に察した。
バハムートは俺に対し指示を仰いでいるのだと。
レベル250を誇る、ゲームではプレイヤーが従えることがかなわなかった最強クラスのボスモンスター。
その竜が、両腕を広げ俺達を守るために前にいる。
――やってやろうじゃないかっ!!
「インフィニティカタストロフ!!」
沸き上がる高揚感を、声にのせて解き放つ。
バハムートが少しだけ笑ったように見えたのは気のせいだろうか。
それを確認するより前に、バハムートは雄叫びをあげながら飛翔した。
六枚に分かれた翼の先から黒いエネルギーがバハムートの体の前に集約されていく。
そして、バハムートが体をひねり右腕を前に突き出した瞬間――
「ウ、ウガアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
カミーラの口から耳をつんざくような悲鳴が周囲に響いた。
バハムートの前方に集約されたエネルギーは、中心が白く輝いている。
そこから放たれる、赤い稲妻を纏った黒い光線。
それは瞬時にリヴァイアサンの胸に穴を空け、その体を大地にたたき伏せた。
「……俺の勝ちだ。カミーラ」