291話 強者の覚悟
そんな満身創痍の彼女を見て……どこか俺は胸が痛むのを感じていた。
彼女はユミフィを狙う敵。それは分かっているのだが――これ以上、彼女を攻撃するのには抵抗があった。
「勝負はついた。何も俺は、貴方を殺したいわけじゃない」
「あ……?」
目を細めて、定めるように俺を見つめてくるカミーラ。
そんな彼女に対し、距離を詰めながら俺は言葉を続けていく。
「貴方に俺は倒せない。どんな事情があるのかしらないが、理由も言わずにユミフィを連れ去ろうとする貴方のやることは理解できない。……理解するつもりもない」
「…………」
カミーラはじっと俺のことを見つめ続けている。
追い詰めているはずなのに、その顔を見ていると俺の方が追い詰められている気がした。
だが、それでもこんな状況で俺が気合い負けするなんて許されるはずがない。
俺の背中には、ユミフィがいるのだから。
「森には――ユミフィには、絶対に手出しさせない」
「っ……」
自分に言い聞かせる意味も含め、俺はカミーラに向けてそう言い放った。
彼女の視線から敢えて目を反らさず、むしろ睨み返してやるつもりで。
それがカミーラにどう見えたのかは分からない。
だが、僅かに目を見開いて沈黙する彼女の表情を見るに、ある程度意味はあったように思えた。
「……ハハッ、青いな……」
しばらくの沈黙の後、カミーラが小さく息を吐いた。
少し呆れたような――自虐するような微妙な笑み。
それを隠すように、カミーラは荒々しく声をあげる。
「若くて、凜々しくてっ……輝いているっ! 憎らしい程、美しいっ!!」
マントを翻し、背筋を張り、杖を前に突きつける。
ズタボロになった格好をもってしても――いや、だからこそ堂々としたその姿は、彼女の言葉を返す訳では無いが、凜々しくて、輝いていて、美しかった。
――まだ、やるつもりなのか……?
俺はスイやアイネと違って人の気配なんて察知できない。
でも、それでも、今目の前にいる女が、明確に俺に向けて敵意を向けていること――そして、全く戦意を失っていないことは分かる。
他方で、何故ここまで勝敗の見えた戦いに固執するのか。何故、諦めないのか不思議に感じ始めてきた。
「ハッ、アタシだってやりたくないわな。こんなこと」
そんな俺の内心を察したのだろう。
カミーラは悪態をつくように顔を歪め、俺に声をかけてきた。
「アンタに言われるまでもなく、ちゃんと理解しているよ。アタシの力じゃ、アンタには絶対勝てないことぐらい……」
ぐっと歯をかみしめ、眉を何度も痙攣させるカミーラ。
素直に俺の事を認める態度とは裏腹に、彼女の表情は屈辱に満ちていた。
「なら、もうそれ以上――」
「でもねっ!」
俺が何を言おうしたのか、彼女はすぐに察したのだろう。
俺の言葉をかき消すようにカミーラは怒鳴りあげる。
「アンタらガキとは違って! やりたくないと言えば、やらずに済むような年齢でも、立場でもないのさっ! アタシはねっ!!」
「っ!?」
次の瞬間、カミーラの懐から強烈な閃光が放たれた。
俺の視界が真っ白な光で包み込まれる。
――しまったっ……! フラッシュボムッ……!
やられた――そう気づいたときには遅かった。
カミーラはアイテムを使い、俺の視界を奪いに来ていた。
フラッシュボムは、ゲームに登場していた強烈な閃光により相手の視力を一定時間、奪うアイテムだ。
かなりの重量があり魔術師が携帯できる数が少ないうえ、近距離の相手にしか効果がないものの、それが放つ閃光は視力を奪う効果を持つ。しかも、その効果は状態異常として扱われるものではなく、レベル差を無視した効力を持つもので魔術師が接近された時に緊急回避の切り札として用意されるものだった。
「お兄ちゃんっ!!」
悲鳴のようなユミフィの声。
それが耳に届いたのと同時に、俺は急いで声のする方に走り出した。
だが――
「どんなにアンタが強くてもっ、どんなにアタシが勝つ確率がゼロに近くても――諦めない、諦めちゃいけないっ!! 諦めるつもりもないっ!! それがっ――」
閃光が消え、視力が回復した後に周囲を確認する。
ユミフィは無事だ。カミーラに攻撃されたような形跡は微塵も無い。
しかし――
「お兄ちゃんっ、あれっ!!」
悲痛な表情を浮かべながら俺の背後を指さすユミフィ。
急いでその方向に振り返ると、カミーラはその位置を変えていないことが分かった。
杖を湖の方に掲げ、何かの魔道具を用いて魔方陣を展開させている。
彼女のその行動が何を意味しているのか、俺には分からない。
だが、その瞬間。半ば反射的に、俺は察した。
カミーラの狙いは俺の視力を奪い、ユミフィを狙う事じゃ無い。
本当の狙いは、俺をユミフィの方に走らせて時間を稼ぐこと。
「それがっ――大人の責任ってヤツだろうっ!!」
まんまとカミーラの策に嵌まってしまった俺は。
彼女が展開した魔方陣を――湖の方から、奥底から来るそれを、止める事ができなかった。