289話 交渉決裂
トーラを出て、何時間経過しただろうか。
俺とユミフィはずっと地割れを起こした大地の前で、来るであろう敵を待ち構えていた。
太陽がかなり上の方に昇るまでの時間、一度たりともトワは俺達のところに現れていない。
――皆、大丈夫なのか……?
地割れとは反対側にある広大な湖を見つめながら、ふとそんな事を考えた。
トワの転移魔法は、前に唐突に使えなくなった時がある。
その原因が不明であることが俺の不安を煽っていた。
「心配?」
と、ユミフィが俺のコートを引っ張りながら声をかけてきた。
どうやら俺は相当、内心を顔に出してしまっていたらしい。
ユミフィの方こそ心配で仕方ないという表情をしている。
「大丈夫。大丈夫だよ」
そう言いながらユミフィの頭を軽くたたく。
僅かに目を細めて、俺のコートに顔をうずめるユミフィ。
――落ち着け……今日の朝はちゃんと使えてたじゃないか……
深呼吸をして心を落ち着かせる。
もし、アイネの状況がまずいことになっていたら、トワは彼女を逃がしにくるはずだ。
そして、スイならば仮に相手がカミーラだとしても相当粘ることができるはず。
たしかに昨日はやや押されているようにも見えたが、スイだってあの時は本気を出していないだろう。
そんなことを考えていると――
「お兄ちゃん!」
ユミフィが張り詰めた声をあげる。
その指さす方向を見ると――昨日、出会ったばかりの人物が馬に乗って駆ける姿が目に入ってきた。
乗馬にはまるで似合わない大きな三角帽子と紫のドレス。
黒いマントと対照的に、太陽の光を反射し見事に輝く金色の髪。
「カミーラ……」
たった一人で、俺達の前に姿を現した彼女を前に、ユミフィが表情を強張らせる。
手に持った弓をぎゅっと握りしめるユミフィを――そして、俺を見て、カミーラは口角を上げる。
「ハハッ、やっぱりいたね。予想通りの人物が」
「…………」
挨拶の代わりに放たれたその言葉を前に、俺とユミフィは無言で立ち尽くす。
自信に満ちた不敵な笑み。昨日、レベルの差を見せたはずなのに、その威圧感は減っているどころかさらに増していた。
すっと馬から降りると馬の横に取り付けられていた杖を手にとり、改めて俺達に話しかける。
「嬉しいよ。こんなに早くまたアンタ達に会うことができて」
いかにも白々しく、そう言うカミーラに対し、ユミフィは眉をつり上げる。
「……森、燃やす。許さない」
「ハッ、だったらさっさとアタシのところに来て欲しいんだけどねぇ」
「嫌、絶対」
「なら仕方ない。こちらもあらゆる手を尽くさないとねっ!」
「っ――!」
カミーラの言葉に触発され、ユミフィが弓を構えた。
「ユミフィ。待ってくれ。まずは――」
そう制止しなければ、一秒と経たない間にユミフィは矢を放っていただろう。
それだけ強い敵意を示すユミフィを前にしてもカミーラは余裕の態度を貫いている。
彼女の攻撃など造作も無いということをアピールしているかのように。
「カミーラ。教えてくれ。なぜ、ユミフィを狙う?」
「ん?」
「ユミフィが追われているのはなぜだ。この子がいったいどういう存在なのか――貴方はそれを知っているんだろう!」
俺がそう叫ぶと、カミーラは小馬鹿にしたように笑い始める。
「ハハッ……それを教えたら、素直にアンタはユミフィを渡すのかい!」
そんなはずがない。
そう無言で訴えると、カミーラは杖を振り上げて叫び出す。
「ならば交渉決裂だっ! 今回はこちらも最初から全力でいかせてもらうっ」
「いや、まだ――」
「ファイアボルトォオオオ!」
カミーラがその魔法名を詠唱すると、彼女の手に持った杖が強烈に輝き始めた。
直後に展開される赤い魔方陣。そこから放たれるのは十本の赤い光の矢。
「ひあっ……」
「大丈夫! 対処するっ!!」
そう言いつつ、襲いかかるファイアボルトに向け、俺も同じ魔法を発動させた。
互いのファイアボルトがぶつかり合い――爆発。
その上で俺のファイアボルトがカミーラに向けて襲いかかる。
「やるね。でも――」
自分の魔法が競り負けることを予想していたのだろう。
カミーラはあっさりと俺のファイアボルトを回避する。
そして、マントの中から三つの赤いクリスタルを取り出すと、それを杖にはめ込んだ。
「発動せよ、ソウルサモンッ!」
「なにっ――!?」
カミーラの杖にはめこまれたクリスタルが強く輝き始める。
そのスキル名をきいた時、俺はようやくそれが召還クリスタルだということを察した。
赤のクリスタルはレベルが31から50までの召喚獣を呼び出すものだったはず。
そして、呼び出されたのは――
「やれっ! ケルピーどもっ!」
三体のケルピー達だった。彼らはこちらを威嚇するようにうなり声をあげている。
それに呼応するように彼らの周辺に水の柱が発生した。
すぐさま詠唱を始めるカミーラ。
――なるほど、近接戦闘をするつもりはないってことか……
昨日、俺がカミーラに見せた通常攻撃は、彼女からすれば正体不明の脅威の攻撃だったはずだ。
カミーラの表情には、昨日いつも見せていた不敵な笑みが消えている。
前回の二の舞にはさせない――そういうことなのだろう。
それにしても、カミーラもライルと同じくダブルクラスだったのだろうか。
だが、ライルの召喚獣と比べればカミーラの呼び出したそれはあまりに弱すぎる。
「お兄ちゃんっ!」