28話 乙女の拳
直後、アインベルは一匹のゴールデンセンチピードへ突進する。
数秒で一気に至近距離へと詰め寄ると彼は斧を振り下ろした。
黄金の鎧にひびがはいる。
同時に響く、金属音のようなムカデの悲鳴。
それを見たアーロンは、負けずともう一匹のゴールデンセンチピードへと突進した。
「やるわね、アインベル。私も……ぐおおっ!?」
しかし、アーロンは返り討ちにあってしまう。
ゴールデンセンチピードは器用に体をひねり、尾をアーロンにたたきつけた。
体に生えた棘のような無数の足がアーロンの体を貫こうとする。
「アーロン!」
アインベルの悲痛な叫びが響く。
一般人であれば即死する事は間違いない攻撃だった。
「ふ、ふふっ……きつい一撃じゃない。お気に入りがボロボロよ」
しかし、アーロンはそうではない。
体中から血を流しながらも膝をついてすらいなかった。
もっとも、メイド服はずたずたに破れてしまってはいたが。
「こうなったら仕方ないわね、本気でいくわ……」
アーロンはそう呟くと両腕を円の形に、すぅっと動かす。
そのまま自分の体の中心に両手を移動させると、一気に両腕をあげた。
「乙女モオォーーーッド!」
そう叫びながら彼は両腕を曲げる。
丸太の如き筋肉が膨張し、血管が浮き上がった。
雄々しき肉体を見せつけるかのようなポーズをとりアーロンは叫ぶ。
「ふふふ、乙女モードの私を前にしてただで済むと思わない方がいいわよ。覚悟はいいかしら黄金ムカデ君。乙女の服を破くなんておいたがすぎるのよっ……! ぬおおおおおおおおおおおっ!!」
雄叫びが終わるとアーロンの体はアインベルと同じように青白い光を纏いはじめた。
アインベルはそんなアーロンを確認すると、にやりと笑みを浮かべる。
「アーロンめ、また訳の分からんスキルをっ……! ぬぅ、練気・拳!」
アインベルがぐっと拳を強く握りしめる。
それと同時に拳が青白い光を纏う。
「剛破発勁!」
斧を持っていない方の手を使いアインベルが追撃を加えた。
アインベルの腕を纏う青白い光が吸い込まれるようにゴールデンセンチピードの体へと移動する。
その直後、爆発音が響き、ゴールデンセンチピードの体をまとう黄金の鎧のような甲殻がビキビキと割れはじめた。
仲間の危機を悟ったのか、もう一匹は加勢しようと体をひねる。
「だめよっ、貴方の相手はわ・た・しっ……!」
しかしそれはアーロンが許さない。
瞬時に懐に飛び込むと大きく足を踏み込み、腰をひねりながら渾身のアッパーを繰り出した。
「まじかぁぁぁぁああああっる! くらぁぁあああああああっしゅ!」
不意を突かれゴールデンセンチピードが大きくのけぞる。
そこで生まれた大きな隙をアーロンは見逃さない。
「おほほほほほ! まだまだ終わらせないわ。ぷりてぃいいいい、いんパァックトオオオオ!」
ゴールデンセンチピードの頭まで飛び上がるとアーロンは足を思いっきり振り上げた。
そして腕を使いながら空中で体をひねらせ、遠心力を利用して踵落としをその頭に放つ。
直後、ゴールデンセンチピードは頭を地面にたたきつけられた。
甲殻には大きなヒビが入っている。
のたうちまわる黄金のムカデ。
「やったわ! アインベル!」
反動で後方にくるりと宙回転した後、ぐっとガッツポーズをするアーロン。
しかし、アインベルの表情は険しいまま変わらない。
「ばかものっ! 油断するなっ……ごふっ!?」
「アインベルッ! ……ぐあっ!?」
同時に二人が尾による反撃を受ける。
数メートル程弾き飛ばされる二人。
「よ、よくも……私の愛する男をなぐったわねえええっ!? 許さないっ! 八つ当たりしてやる!」
先に立ち上がったのはアーロンだった。
のたうちまわっていたら偶然反撃がヒットしたといえるような当たり方だったため、直撃ではなかったことが幸いしていた。
体勢を立て直そうとするゴールデンセンチピードにアーロンは突進する。
「くらいなさいっ! 乙女の必殺拳をっ!」
大きく拳をふりかぶるアーロン。
しかし、その攻撃を黙って受けてくれる程、相手は優しくはなかった。
「んぬぁああああああっ!?」
体をぐるりと回転させ尾をアーロンに叩きつける。
その巨体からは想像もできないスピードで放たれるそれはアーロンの腹部をえぐるように穿つ。
その衝撃によって大きく弾き飛ばされ、地面にひれ伏すアーロン。
そんなアーロンにトドメをさすべく、ゴールデンセンチピードは追撃をしかけようとしていた。
「ぬぅうううっ! 六連壊剛掌!」
それを見逃すわけにはいかなかった。
アインベルは顔を歪め、自分に対峙するゴールデンセンチピードに攻撃をしかける。
斧を投げつけて手放すと片腕で交互に一撃、二撃、三撃──
アインベルの掌底が決まるたび、大きくのけぞるゴールデンセンチピード。
そして六撃目が命中した瞬間、ゴールデンセンチピードはその体を倒しぐねぐねとのた打ち回る。
同時にアインベルの拳から青白い光が消えた。
アインベルは自分が攻撃した魔物の様子を確認する。
──これで、かなりの時間を稼ぐことができるはずだ。
すぐにアーロンの方へと向かう。
頭を上げ、牙を振り下ろそうとする、もう一匹のゴールデンセンチピードの姿がその先にはあった。
「させぬっ! 練気・体!」
走りながらアインベルが叫ぶ。
彼の体を青白い光が纏う。
「守護金剛っ!」
だがすぐにその光は消滅する。
代わりにアインベルの全身が赤く輝き始めた。
そのままアーロンの前に立ちふさがりゴールデンセンチピードの牙を受ける。
と、その牙はまるで金属にぶつかったかのようにキンッと音をたて大きくはじかれた。
「ぐ、っふ……服だけじゃなく……し、下着まで……許せないわっ……!」
アインベルの背後でアーロンがよろよろと立ち上がるのと同時にビリビリに破れたブラジャーがひらひらと舞い落ちる。
もはやメイド服のメの字すらなく上半身は裸体に近い格好になっていた。
「許せないっ! 私の愛する男を殴るだけでは飽き足らず、ラッキースケベまで得ようとするなんて! 黄金君! 貴方にはおしおきが必要よっ!」
そう言いながらアーロンは腰に左手を当てて右拳を地面に突き立てる。
そのまま再び攻撃体勢を整えるゴールデンセンチピードをにらみつけるアーロン。
「乙女モオオオオオオオッド! マキシマムエディショオオオオオン!!」
アーロンの叫びと同時に、その拳が青白い光を纏う。
そのままアインベルの横を抜き去り、ゴールデンセンチピードの懐へとびこんだ。
「くらえっ、愛の乙女拳奥義! ラッキースケベ壊滅拳!!」
右拳による渾身のストレートが決まる。
黄金の甲殻が割れ、断末魔の叫びをあげるゴールデンセンチピード。
「よしっ、こんどこそ……!」
アーロンは確かな手ごたえを感じていた。致命傷を与えた感触を。
「よくやった、もう一匹ゆくぞっ!」
それを見てアインベルも確信する。
──こいつはもう動けまい。
ビクビクと震えてはいるが、戦闘が続行できるような状態なのは明らかだった。
しかし、もたもたできる状態にある訳ではない。
こうしている間にもう一匹が体勢を戻し、冒険者たちへと襲い掛かっていた。
二人は視線をかわすと、もう片方のゴールデンセンチピードへ走っていく。
「皆、私達に続くのよっ!」
それを見て、周囲の冒険者たちも雄叫びをあげるのであった。
†
「……ふぅ、何とか倒したわね」
「うむ、手ごわかったの……」
その巨体が地面に屈したのを確認すると、二人はそのまま膝をつく。
周囲では未だアーマーセンチピードが数匹生存しているが数で有利をとれている以上、あれに負ける者はこの場には存在していない。
ここまでくれば、後はワンサイドゲームだろう。
「ふふ、お疲れ様……ほら……」
そんなアインベルに先に立ち上がったアーロンが手を差し出した。
「むぅ、すまんの」
その手をしっかりと握りしめアインベルが立ち上がる。
「しかし相変わらずお前の戦い方は無茶苦茶だの。どこに乙女要素があるのだ」
「ふっ、愛しい者を守るために戦う時。人は誰でも乙女になるものなのよ……」
やれやれ、と笑うアインベル。
だが、まだ勝利は確定していない。
すぐに表情を引き締めるとアインベルは残りの魔物の方へと走って行った。
「さて……おいっ、後片付けだっ! 気合いれろっ!」
そんなアインベルの背中を目で追いながら、アーロンはふと自分が倒した魔物の亡骸に視線を移す。
「……いいこと? 男がタダで乙女の柔肌を見ることはね、万死に値するものなの。地獄でしっかり反省しなさい、黄金君」
諭すような声色で話すアーロン。
ふと、その後に彼はあることに気が付いた
「……ん?」
ゴールデンセンチピードの腹部にある割れた甲殻から大量の白い小さな球体が漏れている。
なかなかにグロテスクな見た目だったがアーロンは目を離さない。
それをじっくりと見つめ、その正体を確認する。
それが卵だということを確認するまで、そう時間はかからなかった。
アーロンがカッと目を見開き、大声をあげる。
「あ、あなたっ! メスだったの!?」