287話 意地の叫び
「ラアアアアアッ!!」
クレスの手から放たれる黄金の光の矢。
稲妻のような轟音とともに地面を穿ち、多数の火花が周囲に舞う。
「うっ、くっ……このっ!」
クレスの使う気功雷弾。その攻撃を紙一重でかわし続けるアイネ。
――この距離じゃ、勝ち目が無いっ……!
ギッとアイネは歯を食いしばる。
クレスとは異なり、アイネは遠距離攻撃手段を持っていない。
相手に近づかなければ、勝負になるはずもない。
――でもっ! 一気に近づくことができればっ……!
「気功雷弾!」
容赦なくクレスの攻撃が続く。
アイネはなんとかクレスに近づこうとするが、すぐに攻撃を回避するためバックステップをせざるを得ない状況に立たされていた。
一方的にクレスがアイネを押している展開だ。
「ハハッ、なんだ。お前、気功弾も使えないのか? なら――」
そんなアイネを見て、クレスは右手を返しながら次の気功雷弾を放つ。
先ほどまでより、やや大ぶりなその動作。
その彼の動作をアイネが見た瞬間だった。
「ここっ――」
「んっ……?」
アイネが一気に前に走る。
襲いかかる一部の黄金の光を前屈みになりながら回避。
その一方で、クレスとアイネの間に牽制するように放たれたそれをまともに受けながらアイネは走り続ける。
――よしっ、読み通りっ……!
多少のダメージと引き換えに、クレスとの距離を詰めること。
それがアイネの狙いだった。
アイネが遠距離攻撃の手段を持たない事をクレスが察した時、彼はどのような行動をとるか。
おそらく、距離を保つような攻撃の仕方をしてくるはずだ。
最初の攻撃の時には、アイネが気功弾で反撃してくる可能性を考慮していたのだろう。同時に襲いかかる黄金の矢の数は、少なく絞られていた。
すぐに回避行動に移れるように、そしていつでも近距離戦闘に対応できるようにするため力をセーブする必要があるため、それはなんら不自然な行動ではない。
だが、アイネが距離を詰めようとしては失敗し続ける様を見続けたことで、クレスの行動は変化する。
相手の反撃に備えつつ攻撃するよりも、今の有利な状況を維持するための攻撃の方が有効だという思考。
すなわち――アイネを攻撃するための気功雷弾と、距離を詰められないようにするための牽制に特化した気功雷弾を同時に放つということ。
「ラアアアアッ!」
その彼の思考を先読みし、アイネは敢えて気功雷弾を受けた。
意識的に分散して放った気功雷弾なら、その一つに当たったところで大きなダメージにはならない。
距離を詰め、近距離戦闘に移行するために払う代償の大きさとしては妥当なところだろう。
「チッ……衝流波動!」
「んなっ――」
だが――そんな彼女の読みも、一瞬でクレスに覆される。
彼の纏った練気による青白い光が、爆発するように周囲に拡散。
その光に押し出されるように、アイネの体が後ろに吹き飛ぶ。
衝流波動は、周囲の敵全体をノックバックさせダメージを与える拳闘士のスキル。
拳闘士の持つスキルの中で数少ない範囲攻撃だが、その代償として全ての練気状態が解除されてしまうものだった。
「練気・拳っ! 剛破――」
クレスは急いで拳に練気をかけなおし、アイネに向かって距離を詰める。
空中で体をひねり、着地をしようとするアイネ。
その一瞬の間で、アイネはクレスの動作を確認する。
「っ! 気功縛――」
「気功雷弾っ!」
「づぅっ!?」
――しまっ、フェイント……!
あと僅かでも、アイネに時間的余裕があれば、それを読み切ることはできただろう。
さっき自分は気功縛・当て身投げをクレスに決めている。
だとすれば、彼がそれを警戒しない理由が無い。
「ぐっ、がっ……うあああああああっ!?」
アイネの体を黄金の光が貫いていく。
なすすべもなく吹っ飛ばされるアイネに向け、クレスが肉迫していく。
「まだまだああっ!!」
「あぅ、づぅっ、うぐっ!?」
着地もできず倒れこむアイネを蹴り上げ、宙に浮かす。
さらに、獰猛に叩き込まれるクレスの拳。
「ラアアアアアッ!!」
「かはっ――」
悲鳴すらあげず――というか、あげられず、アイネの体がさらに後方に吹き飛ぶ。
二回、三回とバウンドしながら地面に叩きつけられるアイネの体。
それが動きを止めてから数秒程経過し、ようやくアイネは声をあげる。
「んぐっ……づ……」
何度も地面に叩きつけられたことで体中に出来た擦り傷と、クレスの攻撃による打撲。
内側から相手を崩す拳闘士のスキルの特性からか、アイネの口から少ないとはいえない量の血がこぼれ出している。
「ハァ……ハァッ……クソがっ! 無駄に粘りやがって……」
他方、クレスはアイネ程目立った傷はないものの、激しく肩を上下に揺らしていた。
倒れこむアイネを前に、唾を吐き捨てながら言い放つ。
「せめてもの情けだ。殺さないでやるから、そこで土でも舐めてろ」
そう言うとクレスはアイネに向けて背を向ける。
その意思が伝わったのだろうか。湖の中から再びケルピーが姿を現す。
「剛破っ……」
「ん――」
だが、すぐにクレスは足を止める。
「発剄!!」
「っ――こいつ、まだっ!?」
「ラアアアアアアアアッ!」
クレスが振り返った時には、アイネは既に攻撃の間合いに入り込んでいた。
しかし――
「無駄だ。もうお前の構えは見切った。オレとやりあう技量は、お前には――無いっ!」
「ぐぅっ!?」
背中を弓なりに反らしながら、上に飛ぶ。
アイネの腕をバーとした背面跳びのような体勢で空に舞うクレス。
アイネの拳が空振りに終わるのとほぼ同時のタイミングで、クレスは体をひねり、裏拳をアイネの頭に叩き込んだ。
「ぐっ、うぅっ……」
頭から地面に叩きつけられ、うめき声をあげるアイネ。
それでも再び立ち上がろうと、彼女は手のひらを地面に突きたてる。
「しつこいっ!!」
「うあああっ!!」
着地するやいなや、クレスは瞬時にふり返りアイネの頭を踏みつけた。
「粘るな。面倒だ。お前に成り上がる力なんて無い」
「ぎぃっ!? あぁあああああっ!!」
頭にかかるクレスの体重をどけようと、必死にアイネはもがき続ける。
だがいかにクレスの足首を掴んでも、クレスの足は動かなかった。
客観的に、どう考えても勝負がついたその状況を見て、アイネの近くに金色の光の粒子が現れる。
「や、やばっ……アイネちゃん……」
「ダメッ!!」
「っ!?」
その声の主に向け、張り裂けるような声をあげるアイネ。
「あ……? 何だ、お前?」
だが、クレスは彼女が声をかけた相手に――トワに気づいてはいなかった。
完璧なものではないとはいえ、トワの透明化は分かっていなければ到底気づくことができるものではない。
それを分かっているからこそ、アイネは何事も無かったかのようにクレスに話しかける。
「……成り、あがる……そう言ってるってことは……アンタは、成り上がった……そういうことっすか……?」
「あ?」
頭を踏みにじられながらも、なんとか顔を横向きにしてクレスと視線を合わせるアイネ。
そんな彼女を見て、クレスは僅かに息をのんだ。
「アンタ、カミーラの仲間なんすよね……?」
「あ……? それがどうした」
そのような話題を振られることは想定外だったのだろう。
クレスの声は少し頓狂なものだった。
「いや……ウチら、ちょっと似てるかなって思って……」
「は?」
「ルベルーンのヤツらは皆、獣人族をバカにしてた……魔力を持たない、奴隷だって……」
「…………」
アイネの言葉に、クレスが目を細める。
「でも、アンタは単騎で行動してる……それは多分、カミーラの大事な任務を一人で任されたってことで……つまり、カミーラに信用されてるってこと……」
肘をつき、震えながらも膝を使って腰を浮かせるアイネ。
「アンタはあのルベルーンの中で、力を、そして信頼を勝ち取っている……! 獣人族への差別に負けずに……!」
「……何が言いたい?」
明らかに抵抗の様子を見えるアイネを前にしても、クレスは足にこめた力を強くしようとはしない。
むしろ、アイネが続きの言葉を言いやすいように力を弱めているようだった。
「ウチだって……ウチだって負けないってこと! 練気・拳っ!」
そう叫びながら、アイネは拳を殴るように地面に突きたてる。
渾身の力を込めて頭を無理矢理浮かせるアイネ。
彼女の髪を三つ編みにゆっていた小さなリボンが、ちぎれていく。
「同じ獣人族として、拳闘士として、そして、仲間から任された者としてっ! ここでウチだけ……『私』だけ、地べたに顔くっつけるわけには――いかないんだああああっ!!」