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286話 格上の敵

 軽く頭を左右に振って、アイネはクレスを改めてにらみつける。

 今、クレスが使ったスキルは彼女が見たことがないものだった。

 しかし、そんな疑問を解決するための思考をしながら勝てるほど、甘い相手じゃないことは、アイネは十分に理解していた。

 

「気功雷弾」

「づっ……くっ!」


 クレスの手甲の輝きは衰えない。

 さらに重ねられるクレスの攻撃。

 彼の練気の光が黄金に変化し、矢のような形になってアイネに向かって襲いかかる。

 アイネはまだ体勢を立て直しきれていない。

 なんとか体をよじって回避する。

 だが、代償として、アイネの体勢はさらに大きく崩れ、転ぶように地面に倒れ込んでしまった。


「空鳴突破!」


 それを見たクレスがチャンスとばかりに叫ぶ。

 クレスが地面を蹴る動作をした瞬間、彼の脚部を纏っていた青白い光が大量の粒子となって舞い上がる。

 それに押し出されるように、クレスがアイネに向かって突進。


 空鳴突破は練気・脚状態で使う事ができる拳闘士のスキル。

 相手との距離を瞬時に詰めて、拳を突きつけるというもの。


「っ……螺旋旋風脚!」


 今のアイネの体勢で、その突進を回避するためにはどうするべきか。

 それに思考がよぎったことで、アイネはその技を選択した。

 螺旋旋風脚を使えば足下に風を起こし、それを利用して体を宙に浮かせることができる。

 その判断は、決してミスと呼べるようなものではなかったのだが――


「フンッ……ここでその技は迂闊だな」


 クレスの口角が上がる。

 その表情を見て、アイネは瞬時に察した。



 ――しまった、今のは誘導っ……!?



「走破寸剄!」


 アイネが体を宙に浮かせたタイミングとほぼ同時に、クレスは一気に跳び上がる。

 事前に行動を読んでいなければできない動き。

 アイネが目を丸くする。

 直後、クレスは空中で肘を引き、手甲をアイネに向かって一気に突き出した。


「うぐっ!?」


 アイネの足がクレスに直撃するよりも早く、クレスの技が決まる。

 動きを中断され、上空に体を突き上げられた後、地面に叩きつけられるアイネ。


「んがっ……!」


 急いで立ち上がり、なんとか体勢を立て直す。

 ぎゅっと唇をかみしめてクレスをにらむアイネ。



 ――なんて速さ……やっぱり、ウチより格上っ……



「おい、野良猫。もういいだろ。力の差は分かったはずだ」


 と、クレスがアイネの内心を見透かしたようにそう言い放った。


「えっ……」

「『えっ』じゃねえ。それが分からないレベルじゃないだろ、お前は」

「…………」


 アイネは、言葉を詰まらせる。

 言葉こそ嫌味な感じだが、クレスの表情は真摯なものだった。

 昨日と同じく、見下したような雰囲気は出ているものの、今の彼の声色には、アイネに対する尊敬の念すら混じっているようにも見える。

 直立した姿勢のまま追撃する素ぶりを見せないクレスに、アイネは少しだけ自虐的な笑みを浮かべた。


「いや、分かるっていうか……分かってたっすよ。アンタの方が格上ってことぐらい」


 アイネの言葉に、クレスが僅かに眉を動かす。


「でも生憎、それだけで勝負を投げるような女じゃないんすよね。ウチは」


 そう言いながらアイネは強がるように笑って拳を握りしめる。

 そんな彼女を見て、クレスは面倒くさそうに眉をしかめ舌打ちをした。


「不愉快だな。本当に。オレを甘く見ているのか?」

「まさか。練気・拳!」


 右手を腰の近くに当て、そのまま腰を低く落とす。

 青白い光のオーラを拳に纏い、アイネはじっとクレスのことを睨み付けていた。


「フンッ……ならたたきのめしてやるよっ! ラアアアアアアアアッ!」


 それを挑発と受け取ったのか。

 クレスは荒々しく声を上げながらアイネに襲いかかる。


「剛破発剄!」


 単調な――しかし、基本に忠実なその一撃は、アイネの攻撃では弾き返すことができないものだった。

 だが、その工夫をせずとも倒せるという彼の傲慢は、アイネにとって絶好のチャンスとなる。


「気功縛・当身投げっ!」

「なにっ!?」


 クレスの掌底がアイネの体に触れた瞬間――アイネの上半身を纏う青白い光が一気に縄のような形で周囲に拡散した。

 それは、瞬時にクレスの体を縛り上げるように包み込む。


「ラアアアアアアアッ!」

「うおおおおおおおっ!?」


 その縄のような光をつかみ上げ、アイネがクレスの体を上空に放り投げる。

 光に縛られたまま、地面に向かって叩きつけられるクレス。


「ぐっ……ばかなっ、気功縛だと!? このスキルは……」

「剛破発剄!」

「このおおっ!」


 ほぼ寝転がっていた状態のクレスに向かってアイネの攻撃が続く。

 無防備な状態のクレスにそれを回避する術は無く、クレスの表情が一気に苦悶の色に染まった。


「……ぐっ! このっ!!」


 しかし、それも一瞬の事。

 クレスは攻撃を受けた直後に光の縄を振りほどき、何度も転がりながらアイネから距離をとると素早く立ち上がる。


「くっ……抜け出したっすか……さすが、早いっすね」


 肩で息をしながら、アイネがクレスにそう話しかける。

 ダメージを受けながら、格上相手に連続でスキルを使用することによる疲労。

 もはやアイネは、それを隠しきれていない。

 しかし、そんな彼女の表情を見ても、クレスは表情を緩めなかった。


「気功縛を使うとは……お前、ただの拳闘士じゃないな……?」

「ん?」


 クレスの表情は硬く、先ほどまで見せていた余裕が無い。

 今の一撃が認められたのだろうか――そう考えたアイネの頬は、僅かに緩む。


「へへっ、こうみえてもウチ、地元のギルドじゃエースだったんで。並みの冒険者だと思ってると痛い目みるっすよ」

「……お前、どの流派についた?」


 クレスがアイネを警戒しているのは誰の目にも明らかだった。

 その視線は今までアイネが見た中で一番鋭く、彼の尾は完全に逆立ち、いつでも攻撃に移れるように体が構えられている。


「え? どういうことっすか?」

「……? 本気で言っているのか?」

「な、何が?」


 アイネの表情から、彼女がとぼけて言っている訳では無いことはクレスも察したのだろう。

 小さくため息をつき呆れた様子を見せるも、彼はその意味について語り始めた。


「……気功縛のスキルは拳闘士の中でも特殊な位置づけでな。相手に自分の気力を纏わせるという点で普通の拳闘士のスキルとは習得の仕方が異なる。……それを扱えるのは一流の拳闘士だけなはずだが……」

「そ、そうなんすか? それは照れるっすね」

「褒めていない。お前ごときのレベルで習得できるものじゃないと言っているんだ。お前の流派は何だ? 誰を師匠とした!」


 クレスはやや苛立った様子でアイネに指を突きつける。 

 それに対し、少し目を丸くしながらきょとんとした表情で答えるアイネ。


「流派? そんなの無いっすよ。父ちゃんに教えてもらっただけ……」

「父ちゃんだと?」

「うん。アインベル・シュヴァルト。昔はそこそこ有名な冒険者だったとはきいてたっすけど。やっぱ、父ちゃんは強いんすねぇ……」

「ア、アインベルッ……!」


 その名を聞いた瞬間、クレスは大きく息をのんだ。

 アイネが首を傾げながら様子を見つめる中、クレスは額に手を当てながら、もう片方の手を前に突き出し、左右に振る。


「ま、待て……お前、アインベルの娘なのか……!」

「ん? 知ってるんすか? 父ちゃんのこと」

「知ってるもなにも! アインベルは大陸で二番目に強いと言われる拳闘士だろうがっ!!」

「え……マ、マジっすか?」


 怒鳴るように叫ぶクレスに対し、アイネは引きつった笑みを見せる。

 それを見て、クレスは眉間にしわを一気に寄せた。


「くそっ……腹が立つぜ。お前みたいに才能に恵まれたふざけたヤツは……」


 拳を強く握りしめ、改めてクレスはアイネの事を睨み付ける。

 自分に向けられた敵意や殺気の量が明らかに変化したことを、アイネはすぐに察した。

 釣られるようにアイネもまた、戦闘の構えをとりなおす。


「気が変わった。オレの邪魔をするかしないかに拘わらず――お前は必ずぶっ潰すっ!」


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