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285話 拳闘士、二人

 ルドフォア湖。

 そのジャークロット森林に向かう方向の最端に、アイネは肩にトワをのせ、じっと遠くを見つめていた。

 『彼』と分かれてから数時間。ほぼ言葉を発することの無いアイネを相手に退屈そうな表情をみせるトワ。

 そんな彼女に対し、アイネは唐突に目配せをすると、すっと立ち上がった。


「来たっすね……」

「えっ、ホント?」


 アイネが見ている方向を、目を細めて見続けるトワ。

 だが、彼女の目にはそれらしき人影が映らなかったようだ。

 キョロキョロと辺りを見渡すトワに、アイネは軽く笑うと遠くを指さす。


「ほら、あっち」

「うーん? 良く見えないような……うーん……」

「あははっ、今のうちに隠れておいたほうがいいっすよ。……練気・拳!」


 だがアイネはすぐに表情を真剣なものに変え、スキルを使う。

 青白い光をまとった自分の拳を確認するように見て小さく頷くアイネ。

 それを見て、トワもなんとなく察したのだろう。

 彼女の表情も、やや強張ったものに変化した。


「練気・脚っ、練気・体!」

「大丈夫? なんか怖い顔してるけど……」

「分からないっすね。でも、ここで時間稼がないといけないし……とにかくトワちゃん、ちょっと離れて」

「うん。無理はしないでっ!」

「分かってるっすよ!」


 元気に笑うアイネを見て、トワは少しだけ安心したように笑みをこぼす。

 そしてトワは金色の鱗粉を出しながら、その姿を透明なものへと変えた。

 それを確認し、アイネが湖の方に視線を移す。


「っ……」


 そこから数分が経過したころ。

 誰から見ても分かる程度に湖の上に人影が現れる。

 その人影をのせてアイネに近づいてくるのは上半身と前足が馬、尾がイルカのような形になり、エメラルドグリーンに輝くヒレを有する生物。

 それがケルピーだということは、アイネにはすぐに分かった。

 そして、その上に乗っていた人物についても。


「……なんだ?」


 その人物はアイネと同じく獣人族だった。

 もっとも、その耳や尾はアイネとは異なり犬の形状をしていたが。

 その人物はルドフォア湖からアイネがいる陸側に上がると、深い紫に染まった髪をなびかせてケルピーを乗りこなしながらアイネの方に近づいてきた。

 そして、自らを睨むように見つめてくるアイネに対し、やや不快感を露わにしながら声をあげる。


「お前、オレに何か用か?」

「クレスさん……っすよね。ウチのこと、覚えてないんすか?」

「ん?」


 少しの間、クレスは目線を上にして考え込む。

 そんな彼を見て、アイネは僅かに苦笑いを浮かべて言葉を続けた。


「昨日。ここで会ったんすけど」

「昨日? ……あぁ、たしか……」


 その言葉で彼はアイネの事を思い出したのだろう。

 この場所で、自分のことを助けようと戦いに入り込んできたパーティ。その一人が彼女だったということに。

 そんなクレスの様子を察知したアイネは、一気に視線を鋭くして言い放つ。


「最初に言っておくっす。もし、ジャークロット森林を……つーか、ユミフィを連れて行くのが目的なら、ここは通さないっすから」

「っ――」


 アイネの言葉を受けて、クレスは一気に眉間にしわをよせた。

 そして軽く頷きながら、不敵な笑みを浮かべてくる。


「なるほど……そうか。お前が、カミーラ様が仰っていた愚か者か」

「どう伝わってるか分からないんすけどね。多分、そうだと思うっす」

「どおりで。オレがこれから何をしようとしているかも、ある程度は察しているわけだ」


 ケルピーから降り、クレスは手に付けた手甲を見て不敵な笑みを見せる。

 その笑い方は、アイネが昨日出会ったカミーラのそれとよく似ていた。


「……特に驚きはしないんすね」

「あぁ。カミーラ様も、まず間違いなく邪魔が入るだろうと予想はしていたしな」

「…………」


 じっとクレスを見つめながらアイネはぎゅっと拳を握りしめる。

 彼女が戦闘体勢に入ったことにクレスは気付いていただろう。

 しかし彼は、わざとらしく肩を回して隙を見せる。


「むしろがっかりだ。確か、英雄が相手だときいていたんだがな。今思えば……あの青い髪の女がスイ・フレイナというわけか」

「さあ、どうっすかね」


 そうとぼけるアイネにクレスは軽く舌打ちをしてケルピーに視線を移した。

 するとケルピーは何かを察したように頷いてルドフォア湖の中へ姿を隠す。

 それを確認すると、クレスは露骨に殺気を出しながらアイネの方へ振り返った。


「お前の実力は昨日である程度把握している。何か特別な装備をしているわけでもなし、本気でオレの邪魔をするつもりなのか?」

「そっすね。少なくとも先輩とリーダーがアンタの仲間を――カミーラを倒すまで、時間を稼がせてもらうっす」

「ふんっ……」


 構えを取るアイネに対し、クレスが眉をひそめる。


「不愉快だな。オレに勝てるつもりでいる目つきでいるところが、特に」

「負けるつもりで戦うヤツなんていないっしょ」

「フン……練気・拳!」


 クレスの拳が、手甲ごと青白く輝き始める。

 それを見たアイネは真っ先に地面を蹴りクレスに対して走っていった。


「させるかっ――!」

「練気・脚!」


 練気を準備し終える前に仕掛けようとするアイネ。

 その狙いはクレスも分かっている。このまま練気・体を使う時間は無い。

 それでも、彼の表情は余裕に満ちていた。


「「剛破発剄!」」


 ほぼ同時のタイミングで、アイネとクレスがそのスキル名を詠唱する。

 二人の拳を纏う青白い光がさらに輝きを増したその瞬間――


「「ラアアアアアアアアアアッ!!」」


 二人の掛け声とともに、二人の掌底が互いの腹部を抉りこむ。


「ぐっ――!?」

「くっ……」


 一瞬の間に、両者の拳を纏う気力の光が互いの体に吸い込まれていく。

 直後、後方へ弾き飛ぶように吹き飛ぶ二人。

 だが、アイネの方だけ、口元から僅かに血をこぼしている。


「……なるほど。どうやらただの雑魚じゃないみたいだな?」


 アイネの掌底を受けた場所を、僅かに目を見開いて見つめるクレス。

 しかしそれでも、彼の表情から余裕の色は消えていない。


「ラアアアアアアッ!」


 そんな彼の様子を隙ととらえたのか。

 アイネは上半身をひねりながら拳を振り上げ、クレスに向かって襲いかかる。

 対するクレスは、それを確認するや否や、軽く舌打ちをすると腰を落としてアイネの拳を迎え撃った。


「ちっ……サンダーブロウッ!」


 彼の身につけた手甲がバチバチと火花を散らす。

 見るからに重量のありそうなそれを、左足を大きく踏み込みながらアイネの拳にたたきつけるクレス。


「えっ――うあああああああっ!」


 その瞬間、アイネが背中を反らして悲鳴をあげた。

 アイネの拳を押しのけ、その体にクレスの手甲がたたきつけられる。

 それだけじゃなく、クレスの手甲から放たれた火花は稲妻のようなものへと変化し、アイネの体を無慈悲に走り回った。


「ぐっ、ああああああああっ! づぅああああっ……」


 ただの拳の衝撃だけじゃないその痛みに、アイネは体勢を維持できず後方へ弾き飛ぶ。

 それでもなんとか、膝をついて寝そべることを防ぎ、すぐにクレスの方に視線を戻した。



 ――だ、だめ……集中しなきゃ……


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