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27話 急襲

「というわけだ。アーロン、しばらくワシの代わりを頼みたい」


 そう言いながら、アインベルは手に持ったコーヒーカップを机に置く。

 トーラギルドの受付場にあるテーブルの一つはアインベル、スイ、アーロンの三人が囲っている。

 その全員が神妙な面持ちで何かを話している。


「なるほどねぇ、サラマンダーを……」


 アーロンが机に肘をつく。

 金髪ツインテールのメイドマッチョが大真面目な表情でやるその姿はどこか滑稽な姿と言える。

 しかし、スイもアインベルの表情には笑みなど微塵にも存在していなかった。


「どうしても私一人では倒せなくて……ど、どうか……」


 苦虫をかみつぶしたかのように眉をひそめるスイ。

 そして何かに耐えているかのように片手でもう片方の腕をぎゅっとつかむ。


「大丈夫よ。そんな事情があるなら仕方ないわ。それに貴方が人を頼るなんて……よっぽど追い詰められていたのね……」


 アーロンの声は優しかった。

 いつものような妙な邪悪さを感じさせるものではなく、本当に穏やかなものだった。


「申し訳ありません……本来なら、代わりに受けてくれる人にまわすべきなのですが……ちょっと、あの人は……」

「いいわ。あんまり体を動かさないでいると太っちゃうもんね。ダイナマイトなボディは怠けていたら手に入らないわ」

「ありがとうございます……」


 言葉とは裏腹にスイの表情は暗いものだった。

 唇をかみしめ悔しそうに顔をゆがめている。


「では、英雄の足を引っ張らぬよう尽力するかの。出発はいつにするつもりだ」


 そんな彼女を気遣うように、アインベルは良く響く大きな声でそう言った。

 それに対しスイはくすりと儚げに笑ってみせる。しかし、すぐにその表情は真剣なものへと戻った。


「遅くても三日後までには。一応、期限にそこそこ余裕はあるのですが……」

「分かった。準備を進めておこう」


 それをきいてスイはふぅ、とため息をつく。

 

「師匠がいれば勝ち目があります。本当に助かります……」

「気にするな。スイはもう少し我儘なぐらいがちょうどよい」

「そうよ、いい? 乙女っていうのはね、我儘でも許されるの」


 アーロンの言葉にスイはふふっと笑みを見せる。

 少しだけ緊張が緩んだのか眉間のしわは少なくなっていた。


「では、私は馬車の準備を。出発の時期はそちらにあわせますので」


 スイは座りながらぺこりと頭を下げる。

 それを見てアインベルはしっかりと頷いた。


「うむ。それについては今日中に連絡を──」


 と、アインベルが言いかけた時だった。


「魔物だあああああああああああっ! 魔物がきたぞおおっ!」


 悲鳴のような男の叫び声がギルドの外から届く。

 一瞬だけ、三人は目を丸くした。


「……スイ、アーロン」

「分かっています。行きましょう」

「もう、タイミングが悪いわね……」


 だが、いつまでもそこで硬直するような人間はそこにはいない。

 そう言葉をかわす時にはすでに、全員は立ち上がり、扉の方へと歩き出していた。




 †




「なんだ、これは……」


 アインベルが唖然とした表情で目を見開く。

 トーラの北端には田んぼがあり、そこを抜けるとファルルドの森へ通じる道に出ることになる。

 大量に生えた雑草の中で少しだけ整備された道が開けており、いつも静かな緑に包まれている場所だった。

 それが今やどうだろう。その場所では何人かの兵士が血を流し倒れ、ギルドの常連である二十人弱の冒険者が怒り、恐怖し、雄叫びをあげている。

 生えていたはずの雑草がごうごうと音を立てながら燃え上がっており、もはや別世界のような景色になっていた。


「ゴールデンセンチピードッ!? しかも二匹もっ……!」


 スイはきゅっと唇を一文字にむすぶと剣を抜く。

 睨んだ先には黄金の鎧を纏い、火を吹きながら荒れ狂うムカデが二匹。

 その大きさはアーマーセンチピードのそれとは比較にならないほど巨大であった。全長10メートルは間違いなくある。

 頭の部分を持ち上げ威嚇しているその姿の高さだけみてもスイよりも目線は遥かに上。


「師匠っ! きてくれましたかっ!」


 と、狐耳の獣人族の男がアインベルに声をかけてきた。

 その傍らには腹部から血を流し、肩を借りて必死にあるく男の姿があった。


「どういうことだ。状況を説明しろ」


 アインベルは手に持った斧をぐっと握りしめ、魔物から視線を離さない。

 そんな彼の意を察して、獣人族の男は言葉を続けていく。


「魔物が、あいつが北門から……いきなりっ! しかも、まだ……」


 ゴールデンセンチピードの周りでは十匹ほどのアーマーセンチピードが暴れまわっていた。

 対峙する冒険者が必死に応戦しているも、かなりの劣勢を強いられている。

 それを確認するとスイは一気に走り出そうとした。


「すぐに助けますっ!」

「待てっ、スイ! ――アーロン!」


 スイを制止し、アインベルはアーロンに視線を送る。

 アーロンはそれを見て、こくりと頷くと豪快に走り出した。


「おまかせあれっ!」


 ムカデの群れに突進していくその背中を確認すると、アインベルは獣人族の男へと視線を移した。


「どういうことだ。何を言いかけた」

「は、はいっ……あれと同じヤツが……もう一匹……」

「三匹目の……アレがいると……?」


 頷く獣人族の男。

 これにはさすがのアインベルも青ざめる。それはスイも同じだった。

 しかし、すぐにアインベルは表情を戻すとその男に問いかける。


「どこにいる。報告せよ」

「ここにはいません……われらが反撃し、少々傷を負わせたのですが逃げられて……薬草採取場の方へと……」

「なんですって!?」


 スイが悲痛にそう叫んだ。

 薬草採取場──そう呼ばれる場所に向かっていった者が二人いることを彼女は知っている。


「アイネがっ……それに、彼もっ……師匠っ!」


 悲鳴のような声色でアインベルに話しかけるスイ。


「うむ。奴らはワシらにまかせろ。早急にアイネらの所へむかえ」


 対してアインベルは冷静だった。少なくとも態度だけは。


 ──アイネだけでは圧倒的に分が悪い。


 そのことを二人は目を交わすことで確認する。


「はいっ!」


 アインベルの態度は、確かにスイの表情を戦士のそれへと変えた。

 スイは素早く剣を鞘に納めるとその場から走り去っていく。


「んもぅ、ちょっとアインベルッ! 早く加勢してちょうだいっ。私一人じゃきつすぎるわっ!」


 と、ムカデの群れの方向からアーロンの声が響いてきた。

 それを聞いてアインベルはふっと笑うと獣人族の男の方を一度だけみる。


 ──お前は、村へ逃げろ。


 師匠のその合図に無言で彼は頷くと、肩を貸した男と共にその場を立ち去って行った。


「すまんすまん……ぬぅっ! 練気・脚!」


 アインベルがそう叫ぶと、彼の足を青白い光が包み込んだ。

 そのままその光は彼の足に纏い続ける。


「聞け! ワシとアーロンが金を叩く! その他のモノは奴が召喚した魔物の露払いをせよっ!」

「はっ!」


 アインベルの一声でその場の士気が高まっていく。

 それを感じたのか、アインベルは勇ましく微笑むと斧を構えた。


「ゆくぞっ、アックスアサルト!」


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