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278話 久しぶりのトーラ

 トワの転移魔法により、俺達はトーラに戻ってきた。

 目の前にあるのは、俺がこの世界に来てから色々とお世話になったトーラギルドの建物だ。

 木造でできた質素なそれは、トーラを出てから見てきたギルドの中でも断トツで小さい。

 特に今日はルベルーンに来た後なのだ。余計に地味に見えてくる。


「な、なんか緊張するっすね……」


 その扉の前まで歩き、手をかけようとしたところでアイネがやや震えた声を漏らした。

 そんな彼女に、トワがからかうように話しかける。


「えーっ、トーラギルドってアイネちゃんの家みたいなものでしょう?」

「そ、そうなんすけどっ! でも、なんか……」


 軽く頬をかきながら扉から視線を外すアイネ。


「まぁ気持ちは分かるよ。私もトーラに帰ってきた時はちょっと緊張したからね」

「あの時はびっくりしたっすよぉ。何の連絡もなくいきなり帰ってくるんすもん。しかも、そん時はリーダーが彼氏かと思っちゃったし」

「んぐっ……」


 と、ため息交じりのアイネの言葉にスイが身を震わせる。

 するとユミフィがきょとんと首を傾げながら話しかけてきた。


「彼氏? なに、それ?」

「ち、違いますっ! まだ私、リーダーに告白もしてないしっ!」

「告白?」

「えっと……えっと、だからっ!」


 どうもスイとユミフィの話しがかみ合っていないようだ。

 それが余計にスイを慌てさせているのだろう。

 目をぐるぐるとさせながら必死に言葉を探している。


「……まだ?」

「っ!? んっ……っと……」


 そこに追い打ちをかけるように、アイネがニヤリと笑う。

 顔を真っ赤にして言葉を詰まらせるスイ。

 ……正直、その姿を直視することはできなかった。


 ――これ、恥ずかしすぎるっ!!


「おーい、漫才もいいけどさ、開けないの? 扉」

「あ、あぁ……開けるか。いくぞ……」


 トワの声に促され、俺はアイネの代わりに前に立ちギルドの扉を開ける。

 聞こえてくるのは懐かしい、おっさん達の騒ぎ声。


「おっ、なんだ。まだ帰ってないやついたのか? どんだけ頑張って……おおお!?」


 と、一人の男がこちらの方を振り返るや否や、大声をあげてきた。

 それにつられてギルドの中にいる男達が一斉にこちらの方にふり返る。


「スイ、アイネ! それに新入りじゃねえかっ。どうした!!」


 真っ先に近づいて肩を叩いてくる男達。


 ――やっべ! この人達、名前なんだっけ……


 俺がトーラで働いていた頃は、俺は戦闘に出ることが無かった。

 そのため、俺が関わる人達といえば食堂やカウンターにいるおばさんか、アーロンぐらいだったのだが……


「お世話になっております。一応、トーラを出た目的も達成できたということで……戻ってきました」


 そんな俺に助け舟を出すかのように、スイが俺の前に立ってぺこりとお辞儀をする。

 さっきまであたふたしていた女の子とは思えない落ち着きっぷりだ。


「そうかそうかっ! 待ってろ、今アインベルを呼んでくるからなっ!」


 その仕草を見て、男は豪快に笑うとギルドの奥の方へ走っていく。

 と、その方向からすれ違うようにメイド服を着た獣人族の大男がやってきた。


「なによ騒がしいわねぇ……ん!?あらぁ!?」


 そんな男といえば一人しか思い当たる節がない。

 彼――いや、彼女は俺達を見るや、顔を明らめてこちらの方に駆けてきた。


「ごぶざたじゃなぁああいっ! 戻ってきたの!?」

「お久しぶりっす。アーロンさんっ」

「そうねぇ。貴方達からシュルージュに向かってから、まだちょっとしか経ってないはずなのに……若い子がいないとこんなに寂しくなるのかってしみじみしてたのよぉ」

「んぐっ!? アーロ……くる……」

「ふふ、お元気そうでなによりです」


 スイとアイネの肩を抱きかかえながらその頭を胸にうずめるアーロン。

 なぜかスイだけ冷静なままだったが――メイド服からあふれる胸毛に頭を包まれているその絵面がやけにシュールに感じる。


「…………」

「あら、新しいお仲間? それに、よくみたら妖精さんも……」


 と、アーロンは俺達のメンバーが増えたことに気づいたのか、視線をこちらの方に向けてくる。

 それを受けて、待ってましたと言わんばかりにトワがアーロンの頭の前に飛んで行った。


「こんにちは。ボクはトワ。彼らがトーラを出た後にお友達になったんだー」

「あら、可愛いじゃないっ! もう、ナイスファンシーッ!!」

「アハハッ、ありがとー!」


 アーロンは、猛スピードで、両手でトワの体を握りしめようとするが、トワがそれを上回るスピードでそれを回避する。

 まるで蚊を潰すために必死になっているような光景なのだが――二人は無邪気に笑っているので、これはこれで一つのコミュニケーションなのだろう。きっと。

 ふと、そんなアーロンをおそるおそるといった感じで指さしながら、ユミフィが俺のコートを引っ張ってきた。


「……ねぇ、このお姉さんは?」

「んなっ!?」

「っ!?」


 ユミフィが小さくあげた声に、アーロンがただならぬ表情で反応した。

 そして、まるでスキルを使ったかのようなスピードでユミフィの目の前に移動ししゃがみこむと、アーロンはユミフィに向かって鬼気迫った表情で話しかける。


「貴方っ! 今、私のことお姉さんって言った!?」

「えっ……ち、違う? だって、恰好が、女の人……」


 びくびくしながらユミフィはアーロンが来ているメイド服を指さす。

 するとアーロンは、一瞬口が裂けたのかと錯覚するほどに口角を上げ、ユミフィの手を握りしめた。


「違くないっ! 違くないわっ! そうっ、私は乙女っ! 恋する乙女なのよおおおおっ!!」

「んいっ!?」


 その濃すぎるキャラクターについていけなかったのだろう。

 ユミフィは慌ててアーロンから手を離し、俺の後ろに隠れてしまう。


「アイネ! スイッ! 帰ったかっ!!」

「あ、父ちゃんっ!」


 そんな時だった。

 バタバタとした大きな足音と共に、男の声が聞こえてくる。

 ……敢えて姿を見るまでも無い。アインベルの声だ。


「無事に戻ってきたということは……成功したのか?」


 その方向を見ると、アインベルがスイに向かって緊張した顔つきで話しかけている姿が目に入ってきた。

 そんなアインベルに対し、アイネは嬉しそうに耳を跳ねさせながらブイサインを作る。


「えっへへ。父ちゃんにも見せてやりたかっすよ。先輩がサラマンダーを倒す姿」

「おぉっ!?」


 アイネの言葉に、アインベルだけでなく、周囲が歓声でざわつき始めた。

 中年の男達が、自分の半分にも満たないような少女に向けて本気で尊敬の念を向けている。


 そんな彼らの姿を見て、俺はどこか安堵していた。

 シュルージュでは、スイはあまりに理不尽な扱いをされていた。

 だがトーラの皆は違う。年齢なんて関係なく、純粋にスイを尊敬し、褒め称えている。

 そう――これが、本来スイが受けなければいけない評価なのだ。


「いやぁ良かった。シュルージュのギルドマスターはスイの事について連絡をよこさなかったからな。どうなったものかと心配していたのだ」

「あー……まぁ、そうかもしれないっすね。はは……」


 アイネが少し気まずそうに苦笑いを浮かべている。

 シュルージュのギルドマスターであるポルタン・ジェフレッドは、スイに出されていた討伐依頼がライルの企みであることを知っていた。

 そういう後ろめたさもあって、アインベルに連絡が届いていなかったのかもしれない。


「しかし本当に驚いたぞ。お前らはもう少し旅を続けるもんだと思っていたからな」

「もちろん、そのつもりっすよ。でもちょっと休憩が必要かなって」

「ナッハハハ、違いない。どれ、少しは成長したか」

「もちろんっ。ウチだって、ドン・コボルトに勝ったんすよっ!!」

「おおおっ!! やるではないか。一人でかっ!」

「えぇ。かっこよかったですよ」


 頷くスイを見て、アインベルだけでなく周囲の男達が再び歓声を上げる。

 そんな皆の様子を見て、俺もどこか誇らしげな気分に浸っていると――


「…………」


 ユミフィが俺のコートの袖を引っ張ってきた。

 少し不安げな表情を浮かべて俺のことを見上げている。


「大丈夫だよ、ユミフィ。この人たちは皆優しいから」

「うん……」


 言葉ではそう言うものの、ユミフィの表情は緊張したままだ。

 まぁ、無駄に筋肉質な男が多いし、ギルドへの警戒心というのを抜きにしても仕方ないのかもしれない。


「それでスイ、今度も新しい仲間を連れてきたのか?」

「あ、はい。この子は……」


 と、アインベルの視線が自分に移ったことに気づいたのだろう。

 ユミフィは俺の後ろ側から体を出して、ぺこりとお辞儀をする。


「私、シルヴィ。シルヴィ・ゴルバチョモ」


 ごく自然に自己紹介をするユミフィ。

 カミーラには思いっきりバレてしまっているが、それでも外見がガラリと変わっているのだ。偽名を使う意味は無くは無いだろう。


「ゴルバチョモ? 随分変わった名前だな。それもエルフとは……この辺りでは珍しい」

「えぇ。そのことについてですが……師匠」

「む?」


 さりげなく、スイがアインベルに向かって何かを囁いた。

 一瞬、アインベルが、深刻な表情を浮かべる。

 だが、すぐにアインベルは表情をいつもの笑顔に変え、アイネとスイの肩を軽く叩いた。


「……そうか。分かった。どれ、せっかく帰ったんだ。ワシの部屋で、色々話しをきこうじゃないか」

「そうですね。あ、アーロンさんともお話ししたいです」


 にこりと笑いながらスイがアーロンに向かって振り返る。


「そう? なら私もお邪魔するわ。どんなお話しになるか楽しみねっ!」


 そのスイのほほ笑みの意味を察したのだろう。

 アーロンの浮かべた笑顔は、どこかピリピリとしたものだった。


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