277話 大地を裂いて
……まぁ、ある程度は俺だって察する事はできる。
言葉の綾というか、こんな光景を見せられて流石のスイも思考が停止してしまったのだろう。
「あーっ……スイ。ここだけじゃなくて、向こう側もやらないと」
「えっ? あっ、えっと……そうですね……はい……はは……」
魔術師協会の人間達がルドフォア湖の周囲を渡ってくるのであれば、片方だけを通行止めにしても意味が無い。
そんな当たり前の事すら失念していたのだろう。スイは少し恥ずかしそうに苦笑いを浮かべている。
「で、でもこれならジャークロットの森の近くで使った方がいいんじゃない? そうすればこちらも三手にわかれる必要ないじゃん」
――そういえば。
トワの指摘によって、そんな当たり前の事すら頭に思いつかなかったことに気づかされてしまう。これは恥ずかしい。
彼女の言う通り、なにもルドフォア湖の周辺で魔法を使わずとも、ジャークロット森林とルドフォア湖の間の大地を裂いてしまえば根本的に解決できたはずだ。
「ううん。だめ……」
しかし、その方法を真っ先にユミフィが否定する。
「森、育つ、大地のマナ、必要。こんな地割れ、森の近く、起こす……近くの木、死んじゃう」
「そ、そうか……」
ユミフィの真面目な表情を見るに、俺のことをフォローするつもりで言ったわけではなさそうだ。
ほっとしたような、残念なような複雑な感情がこみ上げてくる。
すると、トワがパチンと手を叩いて明るく声をあげてきた。
「えっと、じゃあ向こう側に移動しようか! ほらほら!!」
†
ルドフォア湖畔の反対側に移動した俺達は、もう一度エンペラークエイクを使って地割れを発生させる。
これでルベルーンからジャークロット森林まで移動するためにはルドフォア湖の近くを通らないといけなくなるだろう。
「よしっ、後は湖からくるクレスをどうするかだな……」
湖に向かってエンペラークエイクを使ってもいいのだが、綺麗に通行止めになるものなのだろうか。
それにリヴァイアサンのこともある。下手に刺激はしたくない。
となれば、湖のルートを物理的に制限することはできないということになるが――
「アハハッ、大地をこんなふうにした後にさらって言うんだもん。なんかリーダー君ってホントビビリだよねーっ」
「はは……まぁ、トワちゃんの言うことも分かるんすけどね……」
そう思考する俺の横側でアイネが乾いた笑い声をあげている。
……トワから見れば、これほど派手に大地を破壊した俺が慎重になっているのが少々滑稽なのだろう。
「でも、リーダー。その点については考えなくてもいいかもしれませんよ。ルドフォア湖は、ルベルーンとジャークロットの間で縦長になっているので……ほら、この地図のとおり」
と、スイが地図をかざしながら俺に話しかけてきた。
この世界の文字が読めない俺でも、図形なら意味が理解できる。
その地図によれば、たしかにスイの言う通りルドフォア湖の形が縦長になっているのが確認できた。
「だいたいこの地点に立っていれば湖から来る人を発見できると思います。ちょっと高度な気配察知能力が必要ですが……アイネなら任せられると思いますよ」
「んふふ。気配察知能力は獣人族が高いっすからね。ここだけは先輩にも引けをとらないっすよ」
そう言いながら自慢げに胸を張るアイネ。
「そうか……なら、そこはアイネ達に任せるよ」
気配察知能力、というステータスはゲームキャラクターには存在していない。
敵を察知するのはゲームのキャラクターではなく、それを動かすプレイヤーの役割だからだ。
しかし、別に俺はスタープレイヤーなんかじゃない。
時間をただかけまくっただけの廃人プレイヤーだ。
この世界に来てから敵に気づくのが彼女達より遅れているのは、つまりそういうことなのだろう。
「なるほどっ。じゃあこれで明日の準備は完了かな?」
「そうみたいだな。さて、これからどうしようか……」
カミーラは明日、ジャークロット森林を焼き払うと宣言していた。
カミーラの目的がユミフィである以上、その日にちを変えてくるとは考え難い。
日が落ちたとはいえ、日にちが変わるにはまだ時間がある。
「よ、よしっ、じゃあ今日どこで寝るか決めましょっかっ!」
軽く頬を叩きながら、そうアイネが提案してくる。
「選択肢としてはここら辺で野宿ですけど……」
「さすがに何も無いままここで寝るのはきついっすね……」
そう苦笑いを浮かべるスイとアイネを見て胸が痛む。
俺が馬車ごと戻ることができれば、せめて野宿に使う道具だけでも持ってくることができればよかったのだが……
だがトワは気にし過ぎだと言わんばかりにあっけらかんと声をあげる。
「ならシャルル亭か、もしくはトーラに戻る?」
「んー、ミハさんにこれ以上お世話になるのは気がひけますし……」
「ならトーラに戻らないっすか。久々に父ちゃんに会いたくなってきた気もするし」
後頭部の後ろで手を組みながらそういうアイネ。
「たしかに……今までの事を相談できる人が欲しいですよね……ですが……」
そこで言葉を切って、スイが俺の事をじっと見つめてきた。
俺に判断を委ねるということだろうか。
それにしても、トーラを出てからまだ一週間ちょっとしか経っていないはずなのだが、アイネの言う通り随分と長く旅をしていた気がする。
しかし、それならばユミフィに一つ確認しておかなければならないだろう。
「……ユミフィ、アイネの事は信じられるよな?」
「え? なんで?」
俺のといかけに、ユミフィがきょとんと首を傾げてきた。
「トーラにはギルドがある。アイネのお父さんがマスターのギルドが」
「っ……」
俺の言葉を受けたユミフィの顔が強張っていく。
ユミフィはギルドというものに対して強い警戒心を抱いている。
その反応は予想通りだった。
「でも、そのギルドは行く場が無かった俺も受け入れてくれたところだ。決してユミフィを引き渡すようなことはしない。っていうか、誰が相手でも俺がさせない」
ユミフィの肩に手を置き、目線を合わせる。
気のせいだろうか。ユミフィの顔が少し緩んだように見えた。
「だからユミフィ。トーラについてきてくれないか」
「……うん。でも」
ふと、ユミフィは一度俺から視線をそらす。
「森、心配。離れるなら、声聞けるように、したい……」
「ん? それ、どういうこと?」
怪訝な表情で話しかけるトワ。
「森の欠片……例えば、木の枝とか、葉っぱとか。なんでもいいから、持ち帰りたい。念のため……」
「それがあると、離れた場所でも森の声がきこえるのか?」
無言で頷くユミフィ。
ならば、俺達の方に断る理由などあるはずがない。
「決まりだねっ! じゃあ移動はボクにまっかせてー!」