276話 天災級
「よし。ここは誰もいなさそうだな……」
ルドフォア湖の外周をある程度移動したところで、俺は無影縮地を使い、周囲に人がいないことを確認した。
ここでなら自分の考えが実行できる――そう考えながら何気なく肩を回していると、背後からアイネが俺に声をかけてきた。
「えっと……ここで、何かやるんすか?」
「あぁ。魔法を使ってみようと思う」
「魔法? まさか、その魔法で道を通れなくするってことですか?」
おそるおそるといった感じで問いかけてくるスイ。
「さすがスイ。察しがいいな」
「いえ、ですがそんな規模の魔法があるなんて……」
スイは半信半疑といった目つきで俺の事を見つめている。
もちろん、俺にもできるかどうかは分からないが――心当たりはある。
魔術師が扱う魔法の中でも最高位とされる究極の魔法。
その一つ、土属性のこの魔法こそ、今回の場面にふさわしいだろう。
「でもリーダー、スキルによって生み出されたエネルギーはしばらく時間がたつと消えちゃうっすよ? 本当にそんなことできるんすか?」
「あぁ。でも生み出されたエネルギーが作用したところまで元に戻るわけじゃないよな」
魔法に限らず、スキルによって生み出されたエネルギー、例えばスイのブレイズラッシュによる炎なんかも一定時間が経過すると消えてしまう。
だが、その炎によって地面が焦げた跡や地形のへこみまで完全に元に戻る訳ではない。
――それなら。
「エンペラークエイクッ!!」
「っ――!?」
その魔法名を口に出したとたん、いまだかつて感じた事の無い巨大な魔力が右腕に集約されていくのを感じた。
激しく、金色に輝くオーラが俺の腕の周りを小さな竜巻のように渦巻いている。
その魔力は今まで俺が使ってきたどの魔法よりも強力なものだった。
「うっ――うぅ!?」
「な、なにこのマナ!! こ、これ――そんなっ!」
「え? え? 何、何が起こって――」
その魔力の量が尋常でないことに、皆もすぐに気づいたのだろう。
俺自身も感じたことのない巨大な力の感覚に、期待と恐怖の混じった複雑な感情がこみあげてくる。
「いくぞっ!」
しかし、いつまでも意味なく立っている訳にはいかない。
俺は皆を背にし、ある程度の距離をとると、眼前に広がる大地に向かって腕を突き立てた。
「いっ――!?」
次の瞬間。
俺の周囲を渦巻いていた魔力の渦が、地面の中に吸い込まれていき……巨大な轟音が地中から放たれた。
そして、その音に弾かれたかのように、大地が波の如く激しく揺れ、俺の手を突きだした場所から一直線に大地が裂けていく。
その割れた横では、巨大な石の槍が地面から数えきれない程に空に向かって出現しはじめていた。
「うそ…………」
あまりに一瞬の間に、あまりに壮大な景色の変化をもたらせた俺の魔法。
こうなるだろうと予想していた俺自身も驚愕を隠すことはできなかった。
ゲームとは明らかに規模が違いすぎる。
――誰か、巻き込んでないよな?
一応、かなり遠くまで無影縮地を使って人がいないことを確認したので大丈夫だとは思うが……それでも、地平線まで伸びた巨大な地割れと、大地を埋め尽くすような岩の槍を見ていると胸がざわつく。
「な、なにこれ……えっ、リーダーの魔法……?」
「ア、アハハ……」
大地の震動が収まり、出現した岩の槍が消滅しはじめた頃。
アイネとトワが引き笑いをあげはじめた。
「今までも……今までも、何度も驚かされましたが……この破壊力……もはや天災じゃないですか……」
「っ……」
スイとユミフィも唖然と前方を見つめている。
天を穿つように地中から現れた岩の槍は、既に視界から消えているが――スイの言う通り、まるで天災に襲われた大地を見ているかのようだ。
もはや人が通るとか、通れないとかそういうレベルではない程に荒らされている。
「……これなら通れないだろ。多分」
若干気まずい沈黙。
それに耐えられなくなって、俺は敢えて皆の反応をスルーしてそう声をかけてみた。
「そっ……そっすね……えっと……」
「こんな魔法が存在するなんて……これが……これが……リーダーの力……」
しかし、こと今回に限っては皆もそう簡単に気を持ち直すことはできなかったようだ。
土属性の中で最強を誇る究極魔法だ。こういう反応は予想はしていたのだが。
「私、全然貴方の力を知らなかったのですね……貴方は、その気になれば国なんて一瞬で滅ぼすことができる力を持っている……」
そう言いながらスイがおどおどと俺に視線を移してきた。
そんなスイに、トワが冗談っぽく笑いながら声をかける。
「ちょっとちょっと、リーダー君がそんなことするわけないじゃん」
「え? あ、そ、そうですね。それは分かっています。私が言いたいのはそういうことじゃなくて……えっと……」