275話 作戦会議 後編
そう話すスイの言葉を裏付けるシーンに俺は覚えがある。
たしかに、ライルもサラマンダーが居た場所の近くにいた。
もし召喚獣の活動範囲に制限が無ければ、あんな場所にライル自身がわざわざ出向く必要はない。
思えば、ゲームでも召喚獣が行動できる範囲は術者のレベルに関係なく一律にきまっていた。
厳密には召喚獣ごとにそれらに違いはあるため検証次第ではなんとかなるかもしれないが――
「それならやっぱり三つに分かれた方がいいっすよ。トワがいるなら、すぐに合流もできそうだし、リスクは殆ど無いじゃないっすか」
考え込む俺達にアイネがそう声をかけてきた。
両手をぐっと握りしめ、力強くこちらを見つめている。
「そうだな……じゃあそれを前提に検討してみるか。どう分かれる?」
トワの転移魔法は前に使えなくなったことがあるし、トワの力に頼り切りになるのは危険だろう。
とはいえ、アイネの力を信じ過ぎないのもリーダーとしていかがなものか。
そう考えて皆に提案を促すと、アイネは少し嬉しそうに手をあげてきた。
「ユミフィはリーダーと一緒がいいっすね。相手の狙いそのものなんすから絶対に阻止できるようにしておかないと」
「ん……」
ユミフィが俺のコートのすそを掴み、やや潤んだ目で俺を見上げてくる。
そんなあざとい態度をされなくてもそのつもりだったのだが……とりあえず、安心させてやるためにユミフィの頭を撫でてあげた。
目を細めて俺に抱き着いてくるユミフィ。
それを見て、スイが気まずそうに咳払いをする。
「こほんっ。リヴァイアサンの封印を解くというのがどういうことを指すのか具体的には分かりませんが、カミーラに対峙できるのはリーダー以外では無理でしょう。ユミフィを守ることを考えれば同行させたくは無いですが……それでも、私達といるより遥かに安全でしょうからね。私もアイネに賛成です。トワは……そうですね、アイネと行動してくれますか」
「……そっすね。いざとなったら逃げられるようにしないといけないっす」
奥歯をかむような顔をして、アイネも首を縦に振った。
そんな彼女を前に、トワは申し訳なさそうにややうつむき気味で声をあげる。
「えっと、頼りにしてくれるのは嬉しいんだけど……そこまでボクを過信しないでね? 一回、二回なら連続で転移できるけど、何十回も連続で使うのはボクの魔力じゃ無理だから……ボクがずーっと転移しまくって皆の様子を見るのは無理だからね?」
「まぁ、それはそうですよね……トワは緊急時にアイネを逃がしてくれればいいです。いざとなったらリーダーの方に」
「オッケー、分かったよ。後は誰が誰を迎え撃つかっていう問題と……あとは、そもそもそんなにうまく鉢合わせするかな? こんなに広いのに」
――そういえば。
何故、その問題を考え突かなかったのだろう。
相手が三つの隊に分けるということは分かっても、具体的にルートがどこかを確定しておかないと森を守ることができない。
「とりあえず前者の問題から片付けましょうか。その……クレス、でしたっけ。私達が出会ったあの人」
こちらに視線を投げかけるスイに対し、俺は無言で首肯する。
スイも僅かに首を縦に振って話しを続けた。
「あの人は多分、私なら勝てると思います。ケルピーを使って湖を渡ってくるのが彼なら、私が迎え撃ちましょう」
剣の柄に手を置き、鋭い目つきになりながらそう言うスイ。
頼もしい事この上ないが――それに異議を唱える者がいた。
「……いや、ウチが迎え撃つっすよ」
「え?」
アイネがそう言うことは本当に心外だったのだろう。
スイは少し拍子抜けといった顔をしている。
「もう一つの隊は、複数人来るって言ってたんすよね? 強さが未知数ってこともあるし……そっちは先輩が相手した方がいいと思うっす」
「ん、それもそうだけど……でも」
アイネの言葉を受け、スイは表情を曇らせた。
それを見て、アイネはぐっと拳を握りしめる。
「分かってるっす。ちょっと戦ってる様子を見ただけでも分かる……あの人、多分ウチより格上っすよね……でもっ」
一歩、スイに詰め寄り、声を強くするアイネ。
「絶対勝てないって程でもなかったと思うっす。先輩があの人を相手にするなら、どのみちウチが複数人を相手にしないといけない……どのみち無茶が避けられないならっ……!」
「…………」
アイネの言葉に、スイは言葉を詰まらせてしまった。
拳闘士は範囲攻撃に乏しく、複数の敵を相手にすることが苦手なクラスだ。
どのみち、アイネが戦う相手としては不安が残る。
それならばせめて、少しでも戦い方を見ている相手の方を選ぶのが得策か……
「……アイネ、ごめん。私、アイネ、負担させてる」
そんなふうに俺達が考え込んでいたせいだろう。
ユミフィが申し訳なさそうな顔を浮かべている。
「私……なんか、迷惑ばっ――」
「そう思うならっ! せめてウチのこと、信じてほしいっす。ね!」
ユミフィの言葉を遮って、アイネが彼女の肩を軽く叩いた。
「ん……分かった……」
それを見て、僅かに口角を上げるユミフィ。
……最初はどうなることかと思ったが、ユミフィも俺達の仲間としてなじみつつあるようだ。
「分かった。なら、俺とユミフィ、スイ、アイネとトワで分かれよう。後はどうやって相手を見つけるかだけど……」
「それが問題ですよね……どうしましょうか……」
森を燃え上がらせ、その炎を鎮静化させることを取引材料として俺達にユミフィを引き渡す事を要求する。
それが彼女達の狙いである以上、どこかの段階でカミーラ達は俺達が居場所を察知できるような目立つ場所に来るはずだ。
俺達がセンタータワーから逃げる時、カミーラが、明日に森を焼き払うと宣言したのも、俺達がカミーラと接触できるようにするためだろう。だから、敵と接触すること自体は難しくないはずだ。
問題は、敵が森に火を点ける前に遭遇できるかという点なのだが――
「うーん、難しいっすね……最短距離以外にもルートなんていくらでもあるし……」
「だねぇ。せめてどこか通行止めになっちゃえばいいのにー」
「あはは……そう都合よく通れなくなるなんてことはないですよね」
やや自虐的な笑みを浮かべながら、三人は考え込んでいる。
だが――
「……通れない、か。それ、いけるかも……」
ふと、ある事が俺の頭に浮かび上がった。
確かにルベルーンからジャークロット森林まで移動するためのルートはいくらでもある。
……そう、現時点では。
「決めた。このルドフォア湖畔の周囲を通れなくしてやろう」