273話 敵の切札
カミーラの意図を探りかねているのだろう。
クレスは、眉を若干ひそめながらゆっくりと言葉を返す。
「理由は言えないが、これは重要なミッションだ。失敗は許されない」
「はい」
「……だが、どうも成功の目が薄くなってきた。相手はアタシが思っている以上に厄介な相手でね」
「はい?」
カミーラの言葉に、クレスが頓狂な声を出す。
「厄介……? カミーラ様が?」
「あぁ。おそらく――いや、間違いなく、そいつはアタシより強い」
「っ!?」
口を半開きにしたまま絶句するクレス。
言葉も内容もそうだが――なにより、それだけカミーラの表情は深刻なものだった。
「ちょっ、ちょっと待ってください。カミーラ様より強い者なんて、そんなの――」
「そこでクレス。アタシの任務に加われ」
「…………」
クレスの言葉を遮り、カミーラが強い口調でそう言い放つ。
それだけで、クレスに質問を続行する権利は無くなったも同然だった。
「どうした。不服か?」
「いえ、しかし……」
苦虫を噛み潰したかのような表情をしたまま、クレスが言いにくそうに口を開く。
「正直に申し上げまして疑問です。森を焼く事自体はそこまで難しいことでもないですよね。カミーラ様がそこまで警戒しなければならないような任務なのですか?」
「森を焼くという行為は手段にすぎん。目的はあのエルフの少女を捕まえることだ」
「たしか、件のエルフがジャークロット森林にいるという目撃情報があったのですよね? ですが、それで森を焼き払うというのは……」
「そのエルフは少々厄介なヤツでね。森の中だと異様に強くなるのさ。捜索隊じゃ間違いなく返り討ちにあう」
「しかし、森ごと焼き払うというのは……殺してしまいませんか?」
「それで死ぬようならば、もともと捕まえる価値はなかったということになる」
「……理解できません。なぜそこまで?」
「悪いがそこは答えられない。すまないな」
淡々と告げるカミーラを前に、クレスは頭を下げることで答える。
自分の役割はカミーラに質問する事ではなく、従うことだと自分に言い聞かせるように。
「そもそも、目的のエルフは既に森を出て仲間を作っていてね……そうそう、見事アタシと敵対することになったよ。そのうちの一人はアタシと同じ大陸の英雄だ」
「森を出た……? いえ、大陸の英雄がカミーラ様の敵ですって!? どういうことですか!」
だが、それも数秒ももたなかった。
眉を吊り上げ、カミーラに向かって叫ぶように問いかける。
「スイ・フレイナ。名前ぐらいきいたことがあるだろう。青い髪の剣士だ」
「はぁ……たしかに噂ぐらいはきいたことがありますね。隣国の闘技場で無敗を誇った天才だとか、キマイラを一人で倒したとか……」
口元に手を添えながら、クレスは視線を泳がせる。
ぼんやりと呟くような言葉が続き、少しの間をおくとクレスは改めてカミーラを見つめた。
「しかしカミーラ様に敵対など……大陸の英雄と呼ばれる程の者が何故?」
「さぁな。若い奴の考えはアタシには良く分からん。ただ――それよりも遥かに厄介だと思われるヤツが一人いる。おそらく、アタシが今まで生きてきて会ったことが無いほどに強いヤツが」
「っ!?」
その表情を表現するならば、驚きというより恐怖と言った方がいいだろう。
引きつった顔のままクレスは言葉を発しない。
「何度も言うが目的はあくまで件のエルフを捕まえることだ。そこで、もともと焼き払う予定だったあの森を半壊させる程度に焼き払い、リヴァイアサンの封印を解いて火を止める事を取引材料にする。あの森は、彼女が固執しているようだからね」
「ちょっ――リヴァイアサンの封印を解くのですかっ!? 本気ですか!!」
悲鳴のような声をあげるクレス。
「無茶ですっ! いくらカミーラ様でも、今のリヴァイアサンを従わせる事ができるかどうか……まだ召喚獣として呼び出す実験も不完全なのでしょう!?」
「今回の任務はリスクなくして達成できるようなものではない。……そういうことだ。それに、エルフの引渡しさえ受けられれば、律儀に火を消してやることもない。要するに、交渉ができればいいのだから」
「し、しかし……それならば何も明日にしなくてもっ! 研究が進むのを待てばいいですはないですかっ!」
「悪いが色々な意味で期限が迫っていてな。そんな余裕は無い。あれもいつ完成するか分からないしな……」
「そ、それは……そうですが……」
唇を噛みながら、クレスが言葉を詰まらせる。
そんな彼を諭すように、カミーラは彼の肩に手をかけた。
「とにかく、あの森を焼き払えば件のエルフをおびき出すことができるはずだ。そこで、ルベルーンからジャークロット森林へ三つの部隊に分けて移動を行おうと思う。ルドフォア湖畔の両脇を二つの隊が進み、一つの隊がルドフォア湖畔を直に渡ってジャークロット森林まで移動……もっとも、うち二つの隊はアタシとお前、一人ずつになるだろう。あと一つは……まぁ、暴れるのが好きで頭の悪い奴等を組ませるか……」
「……なるほど。おびき寄せるのが目的なら目立った方が好都合ですからね……」
クレスの言葉に、カミーラがこくりと頷く。
「ジャークロット森林までたどり着いた隊は速やかに火をつけ、手がつけられない状態になるまで炎を広げる。奴等は必ず邪魔をしに現れるだろうから――後はアタシの交渉次第だな」
「…………」
眉をひそめながらカミーラの言葉を聞き続けるクレス。
と、そんな彼の表情に気づいたカミーラは、思い出したように不敵な笑みを浮かべた。
「クレス。お前は召喚獣ケルピーを使い、ルドフォア湖畔を渡りジャークロット森林に向かえ。そして、あの森にたどり着いた暁には火を放つのだ。……盛大にな」
その表情を見て、クレスは目つきを鋭く変える。
そしてカミーラの前で膝を折ると、叫ぶように言い放った。
「かしこまりました。クレス・ヴェランディオ。カミーラ様への恩義に誓って――その任務、成功させてみせます!」