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272話 懐かしい夢

 滝のように降り注ぐ大雨。

 その中で、五歳にも満たないであろう少女が、泥まみれになりながら必死に走っている。

 その少女を追いかけるのは数人の兵士だ。

 瞬く間に追いつかれた少女は、兵士たちに肩を抑えられ、無理矢理地面から足を離させられる。


「離してっ! まだっ――まだお母さんが、お父さんがっ!!」

「大人しくしなさいっ! ほら、暴れないっ!!」

「やだっ! やだっ!! あたしだけ助かるなんて、やだっ!!」

「いいからっ! こっちにっ!!」


 少女が必死に暴れるものの、大人の――しかも複数人の男性の力にかなうはずもない。

 少女の視線の遥か先にあるのは巨大な青紫の竜。

 水色のヒレを動かしながらゆらゆらと浮遊する禍々しい竜。

その口から放たれる水のブレスで、眼前の兵士達を、村の家屋を、塵の如く吹き飛ばしていく。


「やぁ……やだあああああああっ!!」



 †



「なんで、なんで助けてくれなかったの! あんなにたくさん、助けに来た人いたのにっ!!」


 豪華なフルプレートで顔も覆われた大男に、その少女が大粒の涙を流しながら殴り掛かる。

 しかし当然、それを受けてもその大男は微動だにしない。


「こらっ! 団長に失礼だぞっ!」

「礼儀知らずめっ!!」


 慌てた様子でやってきた兵士達。

 彼らが少女に向かって手を伸ばそうとした瞬間、大男は素早く腕を前に出して兵士達の動きを制止させた。


「いい。この子の気持ちも察してやりなさい」


 金属の向こう側から放たれるその声は、もともとの低さもあって威圧感に満ちていた。

 兵士も怯むような彼の声。

 そんな声をきいても、少女は真正面から大男の兜に包まれた顔を睨む。


「君が私達を憎むならそれでいい。だがね、よく覚えておくんだ」


 その視線を真っ向から受け止め、彼は膝をついて少女と顔の位置を合わせた。

 少女の方からも鎧の向こう側にある目が見えたのだろう。

 少女の表情が、やや緊張したものへと変化する。

 そんな少女の肩に、大人の男でさえ持ち上げるのに一苦労しそうな巨大な手甲を優しくかけ、彼は言葉を続けていく。


「人の価値は平等ではない。君の命は私達の命より重く、君の両親の命は私達の命より軽かった。君だけが助けられたのは、そういうことなんだよ」

「え……?」


 不自然な程に優しい彼の声色。

 それを聞いて、少女の顔が強張っていく。


「私達は国民を守らなければならない。だがらこそ、勝ち目のない状況では引き際を見極める必要がある」

「でも……でもっ! お母さんが……お父さんがっ……!」

「もう一度言おう。人の価値は平等ではない。君の持つその膨大な魔力が、君に生きる権利を与えた。しかし、君の両親はその無能さ故、生きる選択肢を得られなかった。それだけだ」

「そんな、そんなっ!! そんなのやだっ! やだっ!!!」


 少女は、自分の手にかけられた彼の手を払いのけようと手甲を殴る。

 その様子を大男はじっと見ていたが、やがて一つため息をつくと、ゆっくりと立ち上がり少女に向けて一言言い放った。


「君はいつか、英雄と呼ばれる存在になるだろう。その時まで私の言葉を覚えていてくれたら――必ず分かるさ。私の言葉の意味が」



 †



「……様、カミーラ様っ!」

「む……?」


 彼らが姿を消した後のセンタータワーの頂上。

 その場所で、カミーラは再び意識を取り戻した。


「っ! 大丈夫ですかっ!」

「ん……気絶していたのか。アタシは……」


 やや虚ろな目つきで、カミーラは自分の手のひらを開け閉めし、自分のかぶっている三角帽子に手を触れた。

 それをかぶりなおすような仕草をしながら、自身の着ているドレスを叩き、立ち上がる。

 その一連の仕草を、カミーラの目の前にいる少年が心配そうに見つめていた。

 すらりとした体型に、深い紫色の髪。端が赤く染まった白の道着に黒帯をつけ、腕には金の装飾が施された巨大な黒の手甲をつけている。

 


「そんな心配そうな顔をするな。たいしたことじゃない。懐かしい夢を見ただけだ」

「…………」


 ――そんなわけない。


 少年は何も言わないものの、顔はそう言外に告げていた。

 カミーラの方も、それははっきりと分かっている。

 そもそも、カミーラのテリトリーであるこの場所で彼女が気絶している事自体が異常事態なのだから。


「クレス、任務の方はどうだ」


 だが、カミーラは、まるでその事など無かったことのように淡々と声をかける。

 そしてクレスと呼ばれた少年も、それを察せない程愚かではなかった。


「問題ありません。封印維持の妨害になりそうな魔物は掃討済みです。それでカミーラ様。お預かりしたケルピーの召喚クリスタルとスクロールをお返ししようかと。手続きは既に済ませています。」


 彼もまた、何事もなかったかのようにカミーラの前で淡々と事務連絡を始める。

 だが、カミーラの表情は曇ったままだった。


「……いや、それは持っておけ。どうせ明日使ってもらう」

「と、いいますと?」

「それはだな……」


 クレスの問いかけに、カミーラは一度言葉を切る。

 顎に手を当て十秒弱黙り込んだ後、カミーラはクレスの顔を睨むような目つきで見つめる。


「クレス。お前、アタシが明日、何をするか知っているな?」

「……? えぇ。ジャークロット森林を焼き払うと共に、あるエルフの少女を捜索するとか……?」


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