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271話 潜入開始

 視界から白い光が消えていく。

 目の前に広がるのは壮大な湖。ルベルーンに来た途中でケルピー達と戦った場所だ。


「……よし、皆無事だな。ありがとう、トワ」


 トワを信用していない訳ではないのだが、全員が転移している事を確認し、ほっと胸をなでおろす。

 どうやら無事に逃げ切ることができたようだ。

 

「いや、こんなんでお礼なんていらないけどさ。大丈夫なの?」

「よくないっ! 森、焼き払う……カミーラ、言ってた!!」


 トワの言葉に、張りつめた表情でユミフィが反応する。


「ジャークロットの森……私、護ってくれた。なのに、焼き払うなんて、だめっ! だめっ!!」



 そう必死に訴えるユミフィ。

 その迫力に俺達はいくら気圧されていた。



『本来、貴様をあぶりだすためにやるつもりだったが――ククッ、エルフは森と調和する種族だったな? 森に対しての思い入れ……アタシには理解できんが、相当なものだろう?』



 涙声で叫び続けるユミフィを見て、先に聞いたカミーラの言葉が頭の中で蘇ってきた。

 声が聞こえるというくらいだ。ユミフィと俺達では、森という存在に対して浮かぶ感情が根本的に違うのだろう。

 だが、それならそれでユミフィの気持ちを尊重してあげることが、まがいなりにもリーダーの役目だろう。


「なら戻るか? カミーラを倒せばなんとかなると思うし」


 そう皆に向かって話しかけると、スイが真っ先に首を横に振ってきた。


「私は反対です。カミーラに話しが通じるとは思えません。あの様子だと既に森を焼き払うことを決定していたのでは? そもそも、あの森を焼き払うなんてカミーラ一人で計画しているとは考えられないです。彼女を倒して本当に解決するのでしょうか」

「馬車はどうする? 一応、ボクの転移魔法があるけど……」

「どこに連れていかれたか分かりませんし……戻るのはリスクしかないかと」

「でもそれじゃ……」


 アイネが心配そうにユミフィの方を振り返る。


「シルヴィ――いえ、もうシルヴィと呼ぶ必要もないですね……バレバレですし」


 あそこまで確信を持たれてしまっては偽名を使う意味もない。

 スイは一度ため息をつくと、ユミフィに視線を合わせる。


「ユミフィ。貴方は何故、そこまで森を守りたいのですか?」

「決まってる。私、森、好きだから。スイ、お兄ちゃんのこと、守りたくない?」

「え……?」


 自分が質問されるとは思わなかったせいだろう。

 スイはきょとんと首を傾げて言葉を詰まらせる。


「守りたい、でしょ。お兄ちゃんのこと、好きだから」

「はいっ!?」


 ――ん?


 あまりに予想外な言葉に、スイは何か攻撃を受けたかのように後ろにのけ反る。


「それは……その……えっと……え? 好きって……えっと、そういう……いや、でも……」


 顔を赤くしながらちらちらと俺の事を見つめてくるスイ。

 ……正直、かなり照れ臭い。

 とりあえず気づかないふりをしながらユミフィに視線を集中させておく。


「私、ジャークロットの森、守らないとダメ。私、森、行くっ!」


 だが、そんな桃色な雰囲気もユミフィの声で一瞬の間に失われた。

 鬼気迫った表情で森の方向に向かって走り出そうとするユミフィ。


「って――ちょっと!」

「離して! 私、森と一緒に生きてきた! 森、守らないと!」


 スイがユミフィの腕を掴んでそれを制止するが、彼女は泣きそうな顔のまま叫び続けている。


 ――とにかく、ユミフィを落ち着かせてやらないと……


「大丈夫だよ、ユミフィ」


 なるべく優しくきこえるように声を若干つくりながらユミフィの頭に手を置く。

 すると、ユミフィはやや息を荒くしているものの、立ち止まって俺のことをじっと見上げてきた。


「俺の言葉、きいてなかったか? 俺はあいつに『させない』って言っただろ」

「え?」

「あいつの思う通りには絶対させない。皆も、いいよな?」


 もはや聞くまでもないとは思うが。

 こうやって言葉に出す事でユミフィが安心できるならそれに意味がある。

 それを察してくれたのか、皆はすぐに首を縦に振ってきた。


「……分かりました。ここはユミフィの気持ちを尊重しましょう。ただ……」

「ん、どうしたの?」


 微妙な顔を浮かべてきたスイに、トワが問いかける。


「焼き払うといってもカミーラは具体的にどんなことをするつもりなのでしょうか。いくらなんでも手がかりがなさすぎでは……」

「うーん……まぁ、たしかに……」


 そう言われたら返す言葉もない。

 ただ森の前に立っているだけで防げるようなものでもないし――


「……トワ。なら俺達でちょっと様子を見に行こう」


 と、あるスキルの存在を思い出し、俺はトワに声をかけた。


「へ?」

「インビジブルボディ」


 そのスキル名を詠唱すると、俺の体が服も含めて完全に透明色に変化した。


「えっ!? リーダーッ!?」

「消えた……? お兄ちゃん、どこ?」


 皆から見れば、俺が唐突に消えたように見えただろう。

 その慌ただしい反応に吹き出しそうになるのをこらえ、このままの状態で声をかけてみる。


「悪い悪い。ちゃんといるって。これは盗賊のスキルだよ。一時的に、自分の姿を見えなくさせるんだ」

「あっ、リーダーの声……」


 俺の目とは全然あってはいないものの、声からなんとなくの位置は把握できるのだろう。

 俺の方向を見ながら少し安心した表情を皆、見せている。


「これで魔術師協会に戻れば情報を探れるかもしれない。トワ、やってみないか」

「へぇ。面白そうじゃんっ」


 ……気のせいだろうか? 

 トワだけははっきりと俺の目を見つめてきている気がする。


「でもトワは大丈夫なんすか? リーダーと違って姿が見えてるんすけど……」

「ん? あぁ、ボクは妖精だからね。こうやって……ほらっ!」


 と、そんな疑問を感じたのも束の間。

 トワの羽から金色の鱗粉がばらまかれたと思ったらその姿が透明なものへと変化してしまった。


「あ! 消えたっ!」

「ううん、見えてる。アイネ、よくみて」


 驚くアイネの肘の辺りを引っ張りながらユミフィが一点を指さす。


「ん、んー……? あっ!」

「ギリギリ見えてますね……」


 ユミフィが指さしたその場所を、スイとアイネが目を細めて見つめている。

 俺の場合、弓士のスキル、イーグルアイが発動しているせいで、透明なトワがはっきりと見えるという奇妙な感覚に陥っているが――

 どうやら、トワの透明化は完全なものではないらしい。


「妖精の羽はね、特殊な鱗粉を出せるんだよ。そうしたらこの通り。じっと見ないと分からないでしょ?」


 ――それで俺達を覗いてたのか……


 あまり思い出したくないことなのだが、トワは俺達のトーラでの動きを殆ど把握していた。

 ……それこそ、人に話すのが憚られるような事まで、全て。


「とにかく、これならなんとかなりそうだな。トワ」

「うんうん。オッケー」


 だが、その事を蒸し返すのは今更だろう。

 カミーラは明日に森を焼き払うと宣言していた。

 殆ど時間的猶予は無いと考えていい。


「気を付けてください。何かあったらすぐにここへ」

「あぁ。行ってくる」

「行ってきまーす!」


 三人の心配そうな表情に後ろ髪をひかれつつも。

 俺とトワは再びカミーラのもとへと戻った。


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