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269話 怒りの矢

 先にスイがやったように、カミーラは杖の先をスイに向ける。

 それに対し、体の緊張を解かぬまま、スイはゆっくりと答え始めた。


「そんなの、当たり前じゃないですか……なんでそんなこと――」

「クククッ……だ、か、ら、貴様はガキなのさ!」


 スイの声を遮って、カミーラが高笑いをしはじめる。

 と思いきや、カミーラの表情は、瞬時に恐ろしく冷ややかなものへと変化した。


「だとしたらっ! 何故、強いというだけで弱い者の尻拭いをしなければならないのだ? 強さを手に入れた過程で乗り越えた痛みや苦しみ――それは誰のためのものだ? 自分のためのものだろう!」


 カミーラの眉にしわが寄る。

 まるで憎しみを押し殺しているかのように震える唇。

 杖の頭を自分の胸に軽く突きつけて、話しを続けるカミーラ。


「誰もが幸福になれる権利があるというのなら……力を自分のために使って何が悪いっ! その力を他人のために行使した対価を得て何が悪いっ! 強いというだけで弱い者の『奴隷』になるなんて、おかしいと思わないかっ!」

「そんな、奴隷なんて――」

「奴隷さっ! 本気で弱者のために戦おうということは、それは弱者の奴隷になることと同義!」

「そんな……」



 弱者を守るということは、弱者の奴隷になるということ。



 その理論、理屈は正直、俺の理解を超えていた。

 多分、それは皆にとってもそうだっただろう。

 この人は一体何を言っているんだ――と言いたげな表情を皆が浮かべている。


 だが、誰一人として彼女に反論する言葉を出さない。――否、出せない。


 カミーラの瞳が、声が、表情が。

 誰かを本気で守るという事の辛さと難しさを知っていなければできないようなものだったから。


「世の中は平等ではない。価値ある者が特権を手にし、価値無き者は虐げられる。だからアタシはこう考える。人は誰しも――『その価値に見合った生き方』を得る権利があるにすぎないと。だからこそ、強者には特権がある。……そう、弱者は守るべきではない。粗末に、過激に、くらうものなのさっ!! それが弱者の価値を見出すということなのさ!!」


 そう高らかに宣言するカミーラの表情は、寒気がするほどに邪悪なものだった。

 美しく、若々しいはずのカミーラの顔なのに、生理的な嫌悪感を覚えてしまうほどに。


「スイ。アンタはさっき、自由でいたいと言ったな。この際だから教えてやる。近いうち、王はアンタに徴兵令を出す予定さ」

「えっ……?」


 カミーラの言葉に、皆が目を見開く。


「戦力の確保と把握は権力のある者の義務でもある。アタシ以外にもアンタ達を引き抜こうとした奴はいるはずだ。ロイヤルガードの誘いだって受けたことはあるだろう?」


 ふと、シュルージュギルドのマスターであるポルタンの事を思いだす。

 たしかに、俺もサラマンダーを召喚した後、ポルタンからの誘いがあった。

 俺達の無言を肯定と同視したのだろう。カミーラはふっと小さく鼻で笑う。


「アタシには見える。いざ、魔物の動きが本格化した時に、今まで人によりかかる事しかしてこなかった愚か者が、こぞって集まり権利を主張する姿がね。全く吐き気がするよ。アンタも少しは心当たりがあるだろう?」

「それはっ――」


 スイが胸の前で、ぎゅっと手を握りしめた。


「先輩……」


 心配そうにスイを見つめるアイネ。


 スイが何を思っているのか言わずとも分かる。

 カミーラの言葉をきいて俺も思い出したのだ。

 サラマンダーが近くに出現したと情報が出た時、その討伐に失敗したスイを袋叩きに攻め続けた人達のことを。



 スイはシュルージュの人々を護ろうとした。

 だが、実際に受けたスイの扱いは――奴隷そのものだったじゃないか。



「クククッ、それみたことか。アタシの組織に属すれば、そんな理不尽を受けなくて済むぞ?」


 シュルージュの嫌な記憶を思い出したことが顔に出ていたのだろうか。

 カミーラは、杖を軽く肩に当てながらいやらしく笑い、言葉を続ける。


「アタシはね、こうみえてアンタらの事を尊敬しているんだ。強く――そして若い未来ある者は、それに見合う待遇を受けるべきだ。アンタらはそれを享受し、アタシは強力な駒を手に入れる。お互いウィンウィンになるとは思わないかい?」

「そんなことないですよ」


 ――と。

 気がつけば、俺は彼女の言葉を否定していた。


「あん……?」


 カミーラが怪訝な表情で俺を見つめる。


 ……たしかに、彼女の言うことにも理を感じる部分はある。

 だが、少なくともスイが彼女に従う事がスイにとって良い結果になるとは思えなかった。


「一応きこう。根拠は?」

「スイの顔」

「……はぁ?」


 カミーラが呆れた声を返してくる。

 だが、俺は自分の言葉に自信を持っていた。


 なぜなら、カミーラの言葉を受けたスイは、辛そうな顔をしていたからだ。

 嫌なことを思い出させられ、言いくるめられ、格下にみられ。

 そんな事をされていい気持ちになる人間なんかいるはずがない。

 そんな事をしておいて、ウィンウィンなんて言う人間の言う言葉なんて信用できない。


「少なくとも貴方はスイの事を下に見ている。貴方にどんな過去があってどんな努力を積み重ねてきたのかは知らないが――」


 シルヴィの頭を軽く撫でる。

 アイネにアイコンタクトを送り、カミーラの方に視線を移す。


 俺の意思を察したのだろう。

 アイネは黙ってシルヴィの肩に手を置き、シルヴィもこくりと頷く。

 やってやれ、と言わんばかりにニッと笑うトワ。


 俺はカミーラと違って経験も自信もない。

 だが、そんな皆の表情を見ていると、カミーラの威圧感なんて小さなものに見えてくる。


「俺達を――いや、スイを『駒』と呼ぶお前に、従うつもりはない」


 感覚が研ぎ澄まされていく。

 手をかざすと、そこに自分の魔力が集約していく感覚がはしった。

 

「リーダー……」


 俺を見て、スイがどこか心配そうに見つめてくる。

 大丈夫だ――俺は無理なんてしていない。

 そう言葉で発する代わりに、俺は牽制のファイアボルトを放った。


「なっ――」


 カミーラが目を丸くする。

 牽制とはいえ、先のアクアボルトよりは威力を強めている。

 ――そう、普通の人間なら、間違いなく即死する程度には。


「ほぅ……久しぶりだよ、こんなに面白そうなヤツと会えたのはねぇ!! 丁度いい、あの森を焼き払うのに肩慣らししたかったところさ!」


 俺が戦う意思を見せたせいだろうか。

 カミーラはさらに声を荒立たせ、杖を天に掲げようと――



「ちょっと待って!!」



 ……まさに、今。カミーラが戦闘を魔法を放とうとした、その瞬間。

 張り裂けるような声が周囲に響く。


「焼き払うっ……それ、どういうことっ!」


 その声の主はシルヴィだった。

 ついさっきまで俺の後ろに隠れ、怯えていた少女のものとは思えない迫力のある声色。

 それに気圧されたという程ではないだろうが、カミーラがぴたりと動きを止める。


「あん? なにさお嬢ちゃん、アンタには関係ないことだよ」

「関係あるっ! 森、焼き払うっ――なんで!?」

「うるさいお嬢ちゃんだ。今そんな話しをしている場合じゃないんだよっ」


 やや苛立った様子で再び杖を掲げるカミーラ。


「ファイアボルトッ!」


 その声と共に展開される赤い魔法陣。

 周囲から放たれるのは七つの赤い光の矢。

 それらがシルヴィに向かって襲い掛かる。


「っ――!」


 だが、当然それを通すはずがない。

 俺はシルヴィ達のいる方向に駆け戻り、その光の矢を体で受け止める。


「リーダーッ!?」


 背後から聞こえるアイネの悲痛な声。

 しかし、毎度の如く、ダメージらしいダメージはまるで感知していない。

 俺の体に触れた光の矢が爆発する時の風がちょっと気持ち悪く感じるぐらいだ。


「……おや?」


 ふと、カミーラが怪訝な声をあげる。

 少し気の抜けたその表情が向かう先にふり返ってみると――


「なんだ……アンタ、エルフだったのか……?」


 地に落ちた耳当てを拾うシルヴィが目に入った。先の爆風で耳当てが落ちてしまったのだろう。

 エルフ特有の長い耳は、左右にまとめられたツーサイドアップの髪型でも隠しきれていない。


「……させない」


 吐息を漏らすようにシルヴィが囁く。

 そして背中にかけていた小さな弓に手をかけると――


「森に、そんなこと、させないっ!」

「シルヴィ――?」

「フォースショットッ!」


 普段のシルヴィからは信じられない程に強い怒気のこもった声。

 それと共に、青白く輝く矢がシルヴィの弓から放たれる。


「むっ――!?」


 シルヴィの反撃は、カミーラにとって予想外だったのだろう。

 その矢はカミーラの腹部に命中し、彼女を後方へ弾き飛ばした。


「これは……」


 次にカミーラの口から漏れた声の色は苦痛というより、驚愕に満ちたものだった。

 おそらく、さほどダメージは入っていないのだろう。カミーラは後ろに弾かれてはいるものの殆ど体勢は崩していない。

 しかし、まさに信じられないものを見たと言いたげなその表情は、彼女の受けた衝撃の大きさを物語っている。


「驚いた……こいつは驚いたぞ。いや、本当に驚いた。まさかこんな所にいたとは――ユミフィ・ユグドラシア!」


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