26話 あぶないっ!!
トーラ……本当に何もないところだったな……
そんなことを思いながら俺はギルド寮の廊下を歩く。
スイ、アイネと過ごした休日は殆ど歩きながらのおしゃべりだった。
遊ぶところなんて微塵もない。飲食店も何もない。見渡す限り田んぼか木造の汚れた家。
結局、昨日はずっと歩きながらしゃべってばかりだった。我ながらよく話題が尽きなかったと思う。
何時間も歩いたせいで相当疲れたのだが一日寝ただけで疲労は全く感じない。
日本にいたときとは別次元の健康的な体なおかげで休日明けの労働に対しても全く憂鬱さを感じなかった。
昨日、変なやつにからまれはしたが……まぁ、職場で会うことはないだろうと楽観的に考えられている。
「おぉ、おはようさん。今日は薬草採取にいってくれんか」
ギルドの受付まで移動するとアインベルが早速声をかけてきた。
その傍らにはスイとアイネの姿がある。二人は俺に気づくと笑顔で手をふってくれた。
俺は了解です、と返事をしてカウンターの奥にある袋を手に取る。
薬草採取の仕事はまだ一回しかしてないがちゃんとノートで復習はしている。やり方はちゃんと覚えていた。あのフィールドの環境は好きなので少し嬉しい。
と、アイネが俺の方へと近寄ってきた。
「おはよーっす! 今回はウチがお供するっす」
「え? アイネさんが?」
意外だ、とスイへ視線をうつす。
「私は師匠と少しお話がありますので。午前中はクエストにいけないんです」
「せっかくだから午前中は新入りさんとお仕事するっすよ。薬草採取はウチにもできるんで」
そう言いながらアイネが手を差し伸べてきた。
そういうことなら、と俺は手に持っていた袋をアイネに手渡し、新たにもう一つ袋をとる。
「頼むぞ。この頃ファルルドの森の魔物の数が増えておるからな。薬草の用意は多いに越したことはない」
──そういえば、ムカデの数が増えているなんてアイネが言っていたきがするな。
やっぱりあまり想像したくはない。
「ってわけで今日はよろしくっす!」
とんとん、と肩を叩いてくるアイネ。
思えば彼女と仕事をするのは今日が初めてかもしれない。それはそれで楽しそうだ。
「分かりました。よろしくお願いします」
こくりと頷くアイネ。ぴくりと動く猫耳が可愛らしい。
なでたくなる衝動を抑え、俺はアイネの横に移動すると出口の方へ二人で歩き出した。
と、背後から笑い声がきこえてくる。
「ナッハハハ! これではまるで──」
「あ、デートとかからかったら父ちゃんでもぶっとばすからねっ!」
「ぬっ! だから父ちゃんじゃなく師匠と呼べと言っておるだろうが、おいっ!」
──このやりとりも慣れてきたもんだなぁ。
威嚇のポーズをするアイネを見て、どこか気持ちがなごんでいくのを感じた。
†
「おー……新入りさん、なかなかうまいっすねぇ。ウチなんか結構ここ傷つけちゃうんすけど」
背後から聞こえてくるアイネの声で俺は手を止めた。
袋には結構な数の薬草が詰められている。
──そろそろ休憩にするか。
そういう意味もこめて俺はぐぐっと背伸びをしながら立ち上がる。
「アーロンさんの教え方はうまいですからね。だいぶ慣れました」
「あははっ、あの人は『教え方』はうまいっすからねぇ」
そう、教え方はうまいのだ。
丁寧に手を添えながら教えてくれたし割とコツはつかめている。
今日の作業でそれが実感できた感じがした。
「ところで、新入りさん?」
ふと、アイネが俺に対して距離をつめ顔を見上げてくる。
「えっ、なんですか?」
急に近づかれてなんだか照れ臭い。俺は反射的にアイネから顔をそらした。
そんな俺の態度が気に食わなかったのか、アイネは口をとがらせる。
「『なんですか?』じゃないっす。やっぱり堅苦しい口調のままじゃないっすか」
昨日の話しを思い出す。
──そういえば、くだけた口調で話すように言われたんだっけ。
しかし、そうは言われても恐縮はしてしまうし昨日も話すのに気がひけてしまった部分がある。
俺としては丁寧語で話すのが楽なので、なんとか言い訳を考えて口にしてみることにした。
「えっ……あ、でもお仕事中は……」
「う~……なんかこういうところだけよそよそしいっす。ウチは悲しいっす……よよよ……」
いかにもわざとらしく目じりを触るアイネ。
──それで嘘泣きをしているつもりなのか……?
しかし、寂しそうなのは確かに伝わってくるのでなんとかしてやりたいとも思ってしまう。
案外俺は騙されやすいタイプなのかもしれない。
「わ、わかった、わかったよ……こ、これでいい……かな?」
「そうそう、早いとこ慣れるとくっす。先輩からの命令っすよ!」
俺の言葉に満足したようにニカッと笑うアイネ。
後ろの尻尾が左右に振れているのが分かる。
嬉しい時に尾をふるのは犬のような気がしたが猫もそうなのだろうか。
「分かりまし……わかったよ。気を付け、る……」
出てきそうな丁寧語を必死で抑える。
こういう話し方をするとアイネが可愛らしい後輩のように思えてきた。
アイネはまだ十四歳だし、見た目もそれなりに幼さが残っている。スイもやや童顔なところがあるがアイネはさらに子供っぽい。
いわゆるロリ属性というものを強烈に感じさせる程ではない。しかし日本で俺がアイネのような少女と話していたら援助交際でもしているのかと疑われることは間違いないだろう。
とはいえ、アイネは俺の言葉づかいに少しだけ機嫌を良くしたようだった。
満足そうに微笑むと袋をばっと広げて俺の方に手渡してくる。
「うんうん、じゃあここに薬草をまとめ……えっ……?」
と、そうアイネが言いかけた時だった。
彼女の表情が一変する。何か、信じられないようなものを見たかのように目を見開いて――
「あ──あぶないっ!!」
次の瞬間。俺は彼女に肩をつかまれ、思いっきり横につき飛ばされた。