268話 剣と杖
僅かに腰を低くして、地面を蹴るスイ。
前に突進しながら横に剣を斬り、そのまま体を回転させて縦に斬る。
その軌道が黒い光によって浮かび上がり、スイに押されるような形でカミーラに向かって襲い掛かる。
「コールドリストレインッ!」
青く輝くカミーラの杖。それに呼応しスイの足元に青い魔法陣が展開される。
スイの突進のスピードにも負けず、彼女を追尾する青い魔法陣。
それは、スイのクロスプレッシャーがカミーラに届く前に、強い輝きを放ちながら氷の柱を発生させた。
「ぐっ――!?」
カミーラに向かう黒の十字架は氷の柱によって阻まれ、そして地面から唐突に飛び出してきた氷の柱は、スイの左腕をかする。
自分に直撃する寸前、うまく体勢を変えてそれを避けたのだ。
かすっただけ――最初は、スイもそう思ったのだろう。
氷の柱の横に回りカミーラに向かって突進をしかけようとするスイ。
だが、すぐに自分の腕の異変に気付いたのだろう。スイは足を止めると、自分の左腕を握りしめた。
「これは……」
コールドリストレインは威力こそ低いものの、命中した相手を凍結状態にさせる事がある魔法だ。
かすっただけにすぎないスイの左腕は、数秒も経たずにその殆どが氷漬けにされてしまう。
そんなスイを見て、カミーラが高らかに笑いはじめる。
「はははははっ! 人々のために力を行使したならば、対価を得るのは当然だろうっ! まさかアンタも強者は弱者を守るためにある――なんて矛盾を唱えるんじゃないだろうね? エナジーブレイク!」
カミーラの杖が黒い強い光を放ち、その光がメイスのような形状となって杖を包み込む。
それを振り上げ、スイに向かって突進するカミーラ。
エナジーブレイクは自分の魔力を物理攻撃に変換させて直接攻撃する魔法だ。
魔術師は近接戦闘を得意としないため、このスキルは一種のネタスキルとして扱われていたが――その迫力を見ればゲームでの知識が通用するものではない事が分かる。
「ペインインデュアッ! ヒートストライクッ!!」
自分の左腕に向かって剣を叩きつけ、強引に氷を割るスイ。
そしてすぐに両手で剣を持ち、自分に向かってくるカミーラに向かって赤く輝く剣を向ける。
「うっ――!」
カミーラの杖とスイの剣。
それがぶつかった瞬間、二人を中心に強烈な風が吹き荒れた。
不意に風が目に入ったのを嫌がったのだろうか。
アイネが目を抑えて小さなうめき声をあげている。
「……矛盾? 強い者が弱い者を守るのは当然では?」
次に聞こえてきたのは、そんな激戦をくりひろげている当事者のものとは思えない程に落ち着いたスイの声。
「ハハハハハッ! こりゃ傑作だ。英雄と呼ばれはしたものの所詮ガキか」
「どういうことですか?」
鍔迫り合いのような形で剣と杖を押しあう二人。
そんな緊迫した状況でもカミーラの不敵な笑みは崩れない。
「アンタ――誰かを本気で守った事がないだろう?」
「えっ……?」
カミーラの言葉に、一瞬だけスイの瞳が揺らぐ。
「フロストスピアッ!」
「うっ――!?」
その瞬間、カミーラの右腕から氷の槍がスイの体に向けられる。
咄嗟に腕を使って防御するスイ。
貫通こそしないものの、相当の衝撃があったのだろう。
氷の槍は自身が砕けながらもスイの体を後方へと押し下げる。
「人を守るという事の意味――それを理解しているならばアタシの言葉に納得するはずさっ!」
「づっ……」
杖を振り上げながらスイに近づくカミーラ。
それを追い払うように剣を振るスイ。しかし、そのスピードは先のものより落ちていた。
それもそのはず――カミーラのフロストスピアはコールドリストレインが命中したのと同じ、左腕に命中している。
そのダメージがスイの動きを鈍らせていることは明らかだ。
カミーラは悠々とした様子でスイの剣を杖で受け流す。
「いいかっ! 誰かを守るという事は、その者の代わりに自分が危険に身を晒すということだっ! 本来なら負わなくていい危険を、恐怖をっ! 自分が肩代わりするということなのさっ!」
「うっ、ぐっ――」
半ばカウンター気味に放たれるカミーラの蹴り。
魔術師とは思えない程に洗練された体術がスイを追い詰めていく。
「スイッ!」
これ以上は見ていられない。
気が付けば俺はスイにヒールをかけていた。
「あ、ありがとうございますっ! やあああああっ!!」
「むっ……」
体力を取り戻したスイの体術が魔術師のそれに劣るはずがない。
スイは剣の柄をつかってカミーラの杖を受け止めると、素早く刃を横に薙いで刀身をカミーラに叩きつけた。
容赦なく、そのままスイは膝蹴りをカミーラの顔に向けていく。
しかし流石にカミーラも甘くはない。
「フンッ」
メイスを顔の前に持ち上げ衝撃を緩和。
そのままバック転をしながらスイから距離をとった。
そして特にずれてもいないのに三角帽子をかぶりなおすとカミーラはじっとスイを見つめる。
「……なぁアンタ。人は誰しもが幸福になれる権利がある。そう思うかい?」
「は……?」
唐突な質問にスイが怪訝な顔を見せる。
今までの挑発的な笑みとは違い、カミーラの表情は神妙なものに変わっている。
「答えろ。スイ・フレイナ。お前はどう思っているのか」