266話 価値序列
そう言いながらカミーラは闘技場の中心部分に向かって歩き出す。
……嫌な予感がする。いや、それはもはや予感といえるレベルのものじゃない。
そしてそれは俺だけじゃなく、この場にいる全員が感じている事なのだろう。
既にスイは、自分の剣の柄にさりげなく手を置いていた。
それにカミーラは気付いているのだろうが――余裕を見せつけるためなのだろうか。彼女は俺達に背を向けたまま話しを続ける。
「アタシから見ればまだまだガキだが……スイ、アンタも成人はしてるんだろう? なら嫌という程分かっているはずだ。人の価値には序列があるということを」
「えっ……?」
予想外の言葉をかけられた事による困惑。スイの声にはそんな感情があふれている。
中心部分まで移動したカミーラは、ゆっくりとこちらにふり返った。
「分かりやすいのが魔力だ。人々の生活に魔法はもはや欠く事ができない。文化的な生活を送るためには魔道具が必要不可欠だからね。それを生み出す事ができる者と、その効用を享受する事しかできない者――両者の価値が違うのは明らかだろう?」
両手をあげて天秤のように動かすカミーラ。
それにいち早く反論したのはアイネだった。
「だからウチら獣人族は奴隷って訳っすか。獣人力は魔力が低いから?」
「あぁそうだ。多くはな」
わざとらしく大きく頷くカミーラにアイネが顔をしかめる。
「アタシは弱い者が嫌いでね。自分に価値が無いと分かると開き直って権利ばかりを主張する。……まったく吐き気がする」
仰々しく頭に手をあてて唾をはくような仕草をするカミーラ。
だが、すぐにアイネに視線を移すと余裕綽々といった様子で笑みを浮かべる。
「しかし、中には弱者でありながらも反骨心のあるヤツもいる。そういうのはどうも嫌いになれなくてね。さっきの様子を見てみるに、アンタはどうもそういうタイプらしいね」
「……どうも」
そっけなく返事をするアイネ。
そんな彼女を煽るようにカミーラは鼻で軽く笑ってみせ、手を一回叩いた。
「さて、話しを戻すか。ハナエからだいたいの連絡は受けている。妙なゴーレムとレシルという女についてはね。ただ――」
そこで一度言葉を切り、カミーラの表情が真剣なものへ変わった。
「レシルという女についてはひとまずおいておくとして……実は、生息した魔物が強化されたような現象の報告を受けたのは今回が初めてではないのさ。ここ最近、魔物の動きにきな臭い所があってな。カーデリーに限らず類似した事件は既に何度か起こっている。……もしかしたら、人間の住める場所が今より減ってしまうかもしれないな」
「えっ――」
「無論、そうならないのが一番だが……万が一そうなってしまったら、ある程度の切り捨ては当然必要になってくるだろう」
「切り捨てって……」
若干顔を青ざめさせながら、トワがそう呟いた。
数秒の沈黙の後、スイが声を低くしながら言葉を返す。
「……話しが見えません。それがどう、貴方に従う話しに繋がるのですか?」
「おや、思ったより察しが悪いな。やはり剣士は頭が悪いのか?」
「…………」
スイの目が一気に鋭くなる。
だがカミーラにその威圧は通用しないようだった。
「ふふっ、やはり若い者はそういう目をしてなければな」
「話しを続けてください」
カミーラの言葉を殆ど遮るような早さでスイが言葉を返す。
そんなスイの態度に満足げに笑うと、カミーラは言葉を続けた。
「最初に言ったろう。特権を得るためさ。強き者の特権をね」
「…………」
カミーラの言葉に、誰も言葉を返さない。
肌がピリピリとするような沈黙。それを受けてもカミーラの態度は崩れない。
「強い者には特権がある。例えどんなに弱者を犠牲にしようと生き残り、そして裕福に暮らす権利が。なぜなら――価値があるから」
「価値……?」
――なんて、価値の無い奴なんだ。
かつて、元居た世界で俺にかけられた言葉が頭の中に蘇る。
人間の価値序列。その言葉に抵抗はあれど、違和感はない。彼女の言うことは正しいのだろう。
でも――
「とはいえ、いかなる強者であっても数の有利は覆せない。だからこそ、組織に属する必要性がある。組織に属してこそ強者の価値は引き出される。もしアタシの組織に属するのであればお前に強者の特権をくれてやる。もっとも、対価としてその力を存分に発揮してもらうがね」
正直、カミーラの言葉はぼんやりとしか理解できなかった。
日本語として言っている意味は分かる。だが、すんなりと頭に入ってこない。
そんな俺の内心などつゆ知らず、カミーラがニヤリと笑いながら手を差し出す仕草をした。
「さて――どうだ?」
「お断りします」
と、即答するスイの言葉で我に返る。
「私はどこに属するつもりもありません。価値序列とかそんなの関係ない。ただ、自由でありたいので」
目に映るのは凛と背を伸ばして声を放つスイの姿。
そんな彼女の姿を見ていると、何故か俺も自信が湧いてきた。
「……俺も遠慮しておきます。そういう事に興味が無いので」
「ウチも同じっす」
「そうそう、ボク達、こうみえて忙しいからさっ。ゴメンね!」
俺に続くようにアイネやトワも声をあげる。
するとカミーラは口元に手を当ててこらえるように肩を震わせた。
「ハッハッハ、無垢なことだ。いいじゃないか」
それも束の間、カミーラは大声で笑いだす。
そして腰の後ろから杖を取り出し――
「でもねボウヤ達、勘違いしちゃいけない。これはお願いじゃなく――命令なんだよっ! ファイアボルトッ!!」