264話 血気盛ん
「…………」
なんというか……ドン引きである。
この美しき景色には全く似合わない下品な行動をする人。そしてそれを当然のようにスルーしている周囲の人々。
シュルージュの時のように大勢が一人を攻撃してはいないものの、見ていて吐き気のような嫌悪感がこみあげてくる。
「そこの姉ちゃんもさぁ、どうせなら俺達について来いよ。この奴隷と一緒に遊んでやるから」
「三人の魔術師と遊べる機会なんて滅多にねえぞ? よかったなぁ!!」
そう言いながらスイに向かって手を伸ばす男。
スイを助けようと前に立とうとしたが――すぐに止めた。
「お断りします。というか、本当に通らないといけないので、どいてもらえますか?」
「んあぁあああああっ!?」
俺が何かをしようと思う前に、スイはその男の手首を素早くつかみ、頭の上へとあげていた。
……一体どれだけの力をこめているのだろう。
男の表情はみるみるうちに歪んでいき、スイの手をふりほどこうと必死に暴れはじめる。
だが、スイの体はびくともしない。
「いいですよね? 通っても」
――怖っ……
なんというか……ドン引き……は、言いすぎか……
だが、この状況だけ見れば圧倒的にこちらが悪者にみえてしまうだろう。
全く表情を変えず、淡々とした声色で自分より大きな体を持つ相手を威圧するスイ。
俺が止めに入った方があの男に苦痛を与えなかったのではないか。
「何お前。ちょっとかわいいからって調子にのってない?」
「これだから脳筋剣士様は困るよ。たいした魔力もないくせにさぁっ!」
と、他の二人が慌てた様子でローブの中から小さな杖を取り出した。
そしてそれを前方に構えると何やら意味不明の言語を呟き始める。
「■■■、■■■■……」
――ん、何言ってんだ……?
どこかできいたことがあるような、ないような……
奇妙な言語を唱えている彼らの周辺で小さな風が吹いている。
「えっ――詠唱!? 先輩っ!」
次の瞬間、聞こえてきたのはアイネの張り付いた声だった。
その声に混じった焦りに満足したのか、男がニヤリと笑いながら杖を上空にかざす。
「おしおきしてやるよっ! ファイアボルトッ!!」
彼がそう叫んだ瞬間、その前方に赤い魔法陣が出現する。
そしてその魔法陣の周辺から三本の赤い光の矢がスイの方向に放たれた。
「やあぁっ!」
だが。その光の矢がスイの体を穿つことは無かった。
スイは自分がターゲットにされていると察するや否や、素早く男の手を解放し剣を抜く。
そして自分に向かってきた赤い光の矢を舞うように剣で弾く。
軌道をかえられ、あさっての方向でその光の矢が爆発した。
「なっ、なんだとっ!?」
「何やってんだよっ! くらいなっ、アースボルトッ!」
もう一人の男が杖をかかげると、スイの足元に黄色の魔法陣が展開された。
そしてその中心から一気に鋭利な岩の柱が突出してくる。
「っ!」
しかしそれもスイには通じない。
スイは岩の柱が突き出されるタイミングを完全に見切り、サイドステップで見事に避け続ける。
三度、岩の柱をスイが回避するとその魔法陣は輝きを失った。
「……は?」
「この愚図っ! ■■■……」
そんな様子を見て苛立ったのだろう。
スイに手を掴まれていた男が乱暴に杖を上にかざす。
「くらえっ、サンダーボルトッ!!」
彼がそう言った瞬間、緑の魔法陣が展開された。
――シルヴィの上空に。
「えっ?」
スイの顔色が変わる。
それもそのはず。何故、攻撃対象がシルヴィに――?
そう考えたのは彼女だけじゃない。俺達だって同じだからだ。
「ハハハハハハッ! ほらほら、かばってやらねえとこのお嬢ちゃんが傷ついちまうぞおおおおおっ」
「くっ――リーダーッ!!」
スイのアイコンタクトに黙って頷く。
言われずとも、俺ならシルヴィを守ってあげる時間はある。
「シルヴィ! 動くなっ!!」
――ただ、この魔法をギリギリ打ち破る程度に丁寧な加減をできるほどの時間もなかった。
「……は?」
彼らが使った直前に使った魔法――アースボルト。
土属性の魔法なら、風属性の魔法であるサンダーボルトを簡単に打ち消す事ができる。
そう考えて、半ば反射的に俺はそれを使ってしまった。
「な、なんだこれ……」
男達が唖然とする中、俺も自分が使用した魔法の痕跡を眺める。
上空の魔法陣から放たれた電撃は、シルヴィの足元から出現した十の巨大な岩の柱によって瞬時に消滅。
彼女の姿は岩に隠れて全く見えていないが、絆の聖杯の効果で無事なはずだ。
スキルによって出現した物質は、しばらく経てば消滅する。
岩が消えると、それを証明するように無傷のシルヴィが呆けた様子でこちらを見つめていた。
「あの」
その姿を見てほっと胸をなでおろす。
そして改めて男達の方に視線を移すと――
「俺達、本当に渡す物渡したらすぐに帰るんで、通して貰っていいっすか?」
改めてそう問いかける。
「…………」
「っ……ぉ……」
「かっ……」
しかし、彼らから言葉が返ってくることはなかった。
まるで魂を抜き取られたかのように呆けたまま口を開けたまま殆ど動かない。
「なっ――い、いまのっ!」
「無詠唱っ! 無詠唱の使い手がっ!」
と、不意に周囲の人達がざわざわと騒ぎはじめた。
アースボルトは最も基本的な攻撃魔法だが――どうやら派手に過ぎたらしい。
「う、嘘だろ? ただディレイつけただけじゃないのか?」
「むしろスキル名の詠唱すら……いや、ばかな……」
「そんなことよりなんだあの威力!? アイツ何者だっ!?」
そのざわめきでスイッチが入ったように目の前の三人もうろたえ始めた。
――早く通してほしいんだけどなぁ……
そう思いながらため息をついていた時だった。
「おやおや騒がしいねぇ。血気盛んなのは歓迎するけど物を壊すのは勘弁してくれよ?」
張りのある、そして貫禄に満ちた声が周囲に響く。
「カミーラ様っ!?」
その声に、男達が瞬時にタワーの入口の方を向く。
そこに居たのはいかにも魔法使いといった感じの大きな三角帽子に紫のドレスで身を包んだ二十代後半の女性だった。
夕暮れの光によって鮮やかに輝く金の髪をしており瞳は美しい緑色。
モデルのような腰の細さは黒いマントに包まれていてもよく分かる。
「……ほぅ。アンタがハナエの言ってた妖精連れの魔術師かい。話しはきいてるよ」
カミーラと呼ばれたその女は見定めるように俺を見つめてくる。
だがしばらくすると、扉の前で茫然としていた使用人に声をかけ俺達に背を向けた。
「おい。コイツはアタシの客だ。通しな」
「あ、はい。えっと……」
カミーラの言葉に使用人は大げさといえる程に深くお辞儀をして俺達の方にかけよってくる。
それを見て不満げに声をあげようとする男達。
「えっ、いやでもこんな――」
「今の魔法みたろ。コイツの実力はお前より上だよ」
「ひっ……」
だがそれはすぐにカミーラによって遮られた。
ここからだと良く見えないが、気配とかを察知できない俺でも分かった。
――この女、ただ者じゃない……
そう直感せざるを得ない空気が周囲に漂っている。
「あ、そうだ。そこの獣人族も来ていいぞ。アタシはそういうの、気にしないからね」
と、そんな空気に縛られる俺達をからかうようにカミーラがくだけた様子でこちらの方にふり返ってきた。
彼女の言葉をきいて、アイネがピンと背筋を伸ばす。
「遠方はるばるここまでいらっしゃったんだ。茶でも飲んで話しをきかせてもらおうじゃないか」
マントを翻してタワーの中に入っていくその姿は。
……何故だろう。どこか、不穏なものを俺に感じさせた。