261話 ケルピー討伐
目の前の景色が一気に変わる。
真っ先に目に飛び込んできたのは何匹もの青い馬だった。
……いや、馬といえるのはその上半身と前脚だけか。
「こいつ、ケルピーか……?」
それ以外の部分からは不気味な程に美しく輝くエメラルドグリーンが混じったヒレがあり、尾はイルカのそれに近い形になっている。
地上でどうバランスを保っているのかは分からない異様なフォルム。……というか、浮いている。
ゲームでも見た事のあるその姿を見て立ち尽くしていると、俺に気づいたケルピー達が一気に襲い掛かってきた。
「おいっ!!」
「えっ――」
その直後、ケルピーの体が空に舞う。
何事かと視線を移すと、一人の少年の姿が目に入った。
すらりとした体型に深い紫にそまった髪。背はそこまで大きくなく小柄な方か。
見た感じかなり若く、スイと同年齢ぐらいだと思われる。
端が赤くそまった白の道着に黒帯をつけ、腕には彼の体型にはまるで似合わない巨大な黒の手甲。
その手甲にはこれでもかというほど豪華な金の装飾が施されている。
「どこでまぎれこんだ!? 下がってろ!」
「え、いや――」
俺に向かってくる三匹のケルピー。
それを後ろから回り込んで俺の前に立つと、その少年が俺に向かって怒鳴る。
「あっ――」
「サンダーブロウッ!」
声をかけようとした俺を無視し、少年が前に駆ける。
掛け声と共に光り輝く巨大な手甲。バチバチと大量の火花を散らし始める。
「ラアアアアアアッ!」
――あれ?
その瞬間。ひらりと動く犬耳が見えた。
同時に、彼の後ろにふわりと伸びた灰色の尾が見える。
……アイネと同じ獣人族だ。
奇しくも、その掛け声までアイネとよく似ている。
「おい、誰だか知らんが逃げろっ! こいつらは並みの冒険者が勝てるやつじゃないっ!」
そう言いながら彼が振り返る。
その赤い瞳が鋭く俺の事を睨んでいる事が分かった。
「ラアアアアッ! 気功雷弾っ!」
そう言っている間に挟み撃ちをしかけてきたケルピー達の攻撃を、宙返りをしながら回避。
空中で手甲を重ね電撃を放つ。
悶絶の声をあげながら横わたるケルピー達。
「あれ……?」
それを見てふと、違和感を覚えた。
――気功雷弾? 気功弾じゃなくて?
そういえば、サンダーブロウなんてスキルも俺は知らない。
戦い方から、彼が拳闘士だという事は察しがつくが――彼もシルヴィのようにユニークスキルを持っているのだろうか。
「リーダー、加勢しますっ!」
「ん……」
猛攻を仕掛ける少年に唖然としていた俺は、背後からかかった声で我に返る。
ふり返ると、数匹のケルピーを斬りつけながら突進してくるスイの姿が目に入った。
「なんだアイツら。ケルピーの群れと戦えるのか? ――ッ!」
と、後ろに気をとられていると、いつの間にか少年が俺の近くに移動していた。
俺を噛み千切ろうとしたケルピーに対してカウンターを決めている。
「おいっ! ボーっとするなっ! この数だとオレもかばいきれん」
「あ、あぁ……ありがとう」
助けに来たつもりがどうやら助けられたようだ。
ケルピーの攻撃が直撃したところでダメージを受けるはずもないのだが――そんな事をこの少年が知るはずもない。
俺を不要にかばって彼が傷ついてしまっては、何のためにここにきたのか分からない。
「螺旋旋風脚!」
俺に対しての攻撃を代わりに受けた少年は、そう叫びながら飛びあがる。
「ラアアアアアアッ!!」
アイネとそっくりな掛け声を少年が放つ。
足元から巻き起こる風。それによって浮かび上がる少年の体。
一瞬の間に体を何回転もさせて足をケルピーの鼻先に叩き込む。
苦悶の声をあげることもなく吹っ飛んでいくケルピー。
とてつもなく鮮やかなカウンターだ。
「くっ、なんすかこの数っ!」
ふと、アイネの声が耳に入る。
どうやら数匹のケルピーを相手に抑え込まれているようだ。
こちらに向かってきたスイが慌てて進行方向を変える。
「アイネ、無理しないでっ! 多数の相手は私が――」
「剛破発――ひゃあっ!?」
背後からケルピーに突き飛ばされ転倒してしまうアイネ。
それを好機ととらえたもう一匹のケルピーがアイネに足を振り下ろす。
「フォースショット!」
その瞬間、青白い光に包まれた一本の矢がケルピーの胴体に突き刺さった。
急に来たその攻撃に驚いたのだろう。ケルピーは混乱したように暴れている。
「ナイスッ、シルヴィ! 剛破発剄っ!」
その隙をとらえたアイネが反撃を仕掛ける。
アイネの拳を包む光がケルピーに吸い込まれ――爆発。
「ラアアアアアッ」
「フォースピアーシングッ!」
大きくのけぞるケルピーに追撃の拳。
ほぼ水平方向に飛んでいくケルピーにシルヴィが矢で追撃する。
そしてアイネを突き飛ばしたケルピーはスイが遠距離から狙い撃つ。
「フンッ――」
それが最後のケルピーだったようだ。
一瞬の沈黙の後、少年が小さく息をつく。
「大丈夫ですか!」
皆の無事を確認すると、スイ達がこちらに駆け寄ってきた。
すると少年は面倒くさそうに視線をそらしため息をつく。
「フン――」
「え、ちょっ……」
あまりに淡泊な態度。それに面食らった俺達は少しの間硬直してしまった。
そんな俺達など目に入っていないかのように、少年はそのまま立ち去ろうとする。
それを見て、慌ててアイネが彼の前に移動する。
「あの、本当に大丈夫なんすか? 結構な数だったっすけど」
「うるさいな。任務の続きがあるんだ。どいてくれ」
「ひゃっ……」
すると彼は、あろうことかアイネの肩を手甲で突き飛ばしてきた。
「ちょっ、ちょっと! いきなりなにするのさっ!」
「あ? なんだコイツ……」
「コイツって――助けに来てくれたアイネちゃんにその態度はないんじゃない?」
唖然とする俺とは対照的に、トワが金切り声をあげてくらいつく。
「助け? 知るか。中途半端な実力のくせにでしゃばってくるな」
「なっ――」
あまりに挑発的な態度に皆が絶句する。
そんな俺達に対し、少年は呆れたようにため息をつく。
「じゃあな」
「あっ……」
見事なまでにバッサリと、そして有無を言わさず俺達に背を向ける少年。
そしてそのまま湖の方に歩いていくと、軽く指笛を吹いた。
その瞬間――
「あっ!?」
俺達は思わず息をのんだ。
一匹のケルピーが湖の中から勢いよく現れ、少年の前に頭を下げている。
その光景に困惑する声を出すトワ。
「えっ、だ、大丈夫なの?」
「どうやらあのケルピーは手なずけられているみたいですね……召喚獣でしょうか」
「あのケルピー、人のマナ、通ってる……安全、っぽい?」
「マジっすか……」
茫然とその少年を見守る俺達。
だが少年の方は俺達の方に一切視線を移すことなく、そのケルピーに跨ると湖の上を駆けて行ってしまった。
「……なんだったんだ、一体」
周囲にケルピーの死骸をまき散らし何事もなかったように去っていく少年。
彼が俺達の視界から消えたとき、ふと俺はそんな事を言っていた。
「むぅーっ! 何アイツ! 態度わるーい!!」
それを皮切りに怒りの感情が再燃したのだろうか。
トワが再び金切り声をあげている。
「アイネ。大丈夫か。ほら」
「あ、うん。ありがとっす」
ケルピー達との戦闘で傷がついたこともある。
俺がヒールをかけるとアイネはにこりと笑ってくれた。
しかし当然、なんとなくもやもやした雰囲気が周囲に漂う。
「えっと――なんともなかったなら結果オーライっすね。いきましょっ!」
それを払おうと気遣いをしてくれたのだろう。
アイネはすぐに明るい声で馬車の方に走り出していった。