260話 助太刀
「んあーっ! やっと抜けたあああっ!!」
――翌日。
アイネがそう言いながら大きく伸びをしているのを見て、俺はほっと一息ついた。
抜け切れていない疲労を感じつつも馬車に揺らされること数時間。
俺達の視界の中から、ようやく木々が消えたのだ。
ジャークロット森林では魔物との遭遇率が高い――そうきいていたからこそ、俺はインティミデイトオーラを解除する訳にはいかなかったのだ。
自分のMPが減った気はしないが効果が切れるごとに何度何度もスキルをかけなおす事を数時間もやっているのは精神的に結構きつい。
「アイネ、森、好きじゃない?」
と、シルヴィが複雑そうな顔をしながら首を傾げた。
森を味方にするシルヴィにとってパーティメンバーにそう思われるのは寂しいのだろうか。
「そういう訳じゃないっすよ。でもあの森って結構暗いじゃないっすか。ずっといると気分も暗くなるっす」
「あー、なんとなく分かるかも。ファルルドの森より日が届いてないよね。あそこ」
たしかに、言われてみればジャークロット森林の木漏れ日はファルルドの森に比べて弱かった気がする。
だが――
「……あれ? でも気のせいっすかね。森を抜けたのにここ、ちょっと暗くないっすか」
丁度、俺が感じていた疑問をアイネが口にしてくれた。
周囲は草原のような光景になっているのにも拘わらず、微妙に薄暗い感じがする。
「たしかにそうかも? まだ太陽が昇ってないだけ? ……違うか」
空を見上げて太陽が上の方にある事を確認するとトワが怪訝な顔をみせた。
「あぁ。それは多分、封魔の極大結界のせいですね」
と、スイがあっけらかんとした声色でそう話しかけてきた。
だが俺達はその出てきた単語に警戒心を煽られる。
「えっ、結界内に入ったってこと? 嘘でしょ!? だって――」
かなり慌てた様子で周囲を見渡すトワ。
そんな彼女にくすくすと笑いながらスイが答える。
「封魔の極大結界はルベルーンよりもさらに北側で張られているんですけど、その向こう側から瘴気が漏れ出しているってききました。それが黒い霧のようなものになっていて、遠くからみるとそれが壁のようにみえるらしいんですよ。だから実際に結界が張られているのは黒い壁に見えるアレより結構奥の方にあるんですって」
「ふーん。じゃあトーラから見た黒い壁ってもしかしてここら辺の事なのかもね」
「瘴気……嫌な感じ……」
スイの言葉をきいたせいだろうか。
シルヴィが自分の二の腕を抱きかかえながら少し体を震わせる。
それを見て、スイは慌てて手を前で振りながら話しを続ける。
「ここら辺の濃度なら別に人体に害があるようなものじゃありません。でも、北側の方に強い魔物が現れる傾向にあるのはそのせいだって説が有力みたいですね」
「ううーん……? なんか難しい話っすねぇ」
「あはは。まぁ正直、理解する必要なんてない話だから」
頭を抱え込むアイネにスイが苦笑する。
しかし、その話をきいて俺は改めて自分の気を引き締めなおした。
俺達はトーラからどんどん北の方角に向かっている。
ゲームではそんな傾向はなかったはずだが、その方向に強い魔物が出現するというのであれば警戒するに越したことはない。
「…………」
と、俺と同じ考えに至ったのだろうか。
シルヴィも目を鋭くさせながら周囲を警戒している。
だが、さすがに小さな女の子に緊張を強いるというのは忍びない。
「大丈夫だよシルヴィ。あんま怖がるな」
「うん。心配してない。お兄ちゃんが味方、絶対大丈夫。怖がってない。でも、気を張る練習、ちゃんとしないと、弱くなる」
「そ、そうか……」
実に素晴らしい向上心だ。耳が痛い。
そう思って目を反らすと、その意味を勘違いしたのかトワがニヤニヤとした顔で話しかけてきた。
「リーダー君、随分信頼されてるよねぇ」
「そうかな……」
「うん。信頼してる……お兄ちゃん、怖い人の感じ、しない」
そう言いながら俺の腕に抱き着いてくるシルヴィ。
「そっ……それはさておき、ルベルーンまであとどのぐらいかかるんだ? 今日中にはつきそう?」
若干アイネの目に対抗心の炎が宿ったように見えたため、強引に話題を反らす。
「そうですね……そろそろルドフォア湖っていう大きな湖が見えると思うんですけど、そこから半日弱はかかるかと思います」
「湖かぁ。カーデリーにもあったっすよね。たしか」
「あれ、アイネ知ってるの? そこには立ち寄らなかったのに」
スイがそう言葉を返すと、アイネがハッと息をのんだ。
「あぁーっ! ギルドでそんなことを話していた人をみかけたんすよ。にゃはは……」
若干顔を赤くしながら頬をかくアイネ。
ふと、そこでの出来事を思い出し俺も顔が熱くなるのを感じる。
「そう? いつのまに――」
「おおーっ!? 見えてきたっすね。アレがルドフォア湖っすか!?」
若干わざとらしい声だったが。
特にそれを指摘することなく、スイもアイネの指さした方向に視線を移す。
なるほど、その先には色鮮やかな青で彩られた一画があって――
「そうみたいだね。えっと……あれ?」
と。スイの声が一気に冷えた。
ほぼ同時のタイミングでアイネもピンと耳を張る。
「この音……」
「もしかして誰か戦ってるっすか?」
「みたい。強い殺気、感じる」
「ホントに? ちょっとまずくない?」
気配だとか、そういうものを俺は察知する事ができない。
ただ、かなり距離が離れた先で何か人影のようなものが動き回っているのは、なんとか確認できた。
「俺、先に行ってみるよ」
「えっ?」
「すぐ戻る」
「あ、ちょっ――」
誰かが魔物に襲われているというのであれば事態は一刻を争う。
俺は馬車の上で立ち上がり、練気・全と無影縮地を使った。