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259話 熱

 シルヴィがそっと俺の頬に手を当ててきた。

 その真剣な眼差しに思わず硬直してしまう。


「この世界に来る前のお兄ちゃんが本物? この世界のお兄ちゃん、偽物? なんで?」

「えっ……」


 特に意識はしていなかった。

 だが――やはり。この状況に対する疑問はぬぐい切れていないのだろう。

 そんな俺の本心を見透かしたような一言だった。


「わぁ。一本とられちゃったねぇ、リーダー君」

「……そうだな」


 それが俺の本質とはいえ――情けない。

 スイやアイネ、そして今やシルヴィまでも自分を信頼してくれているのに、相変わらず俺は俺の事を信じ切れていない。

 真剣に新たなスキルを得ようと努力しているスイやアイネの姿を見て、改めてそう感じてしまったのだ。


「なんだ……その、言葉の綾ってやつかな。今の俺は本物だよ」

「うん、分かる。私、そう思う」


 僅かに口角をあげて優しく目を細めるシルヴィ。

 改めて俺の胸に顔をうずめてくる。

 客観的に見れば俺がシルヴィを抱きかかえているのに、感覚は逆のようなものだった。

 ……と、そんな穏やかな気持ちをしみじみと味わっていると。


「ねぇ、お兄ちゃん、なんかいい匂いする」


 シルヴィが妙に甘い声を出してきた。

 誰かを彷彿とさせるその雰囲気に、忘れていた緊張が体に走る。


「え、え!? あぁ、そっかな?」

「ん……」


 俺の胸に額をこすりつけるシルヴィ。 

 それを見て、トワがからかうように笑いだす。


「アハハッ、シルヴィちゃんって甘えんぼなんだねー。こうしてみると兄妹みたいだよ」

「うるさいなっ、早くお前はコートの中行けって……」

「アハハハハハッ、リーダー君も可愛いなぁー」


 ニヤニヤと笑うトワ。

 一気に体温が高くなってくるのを感じる。


「お兄ちゃんの体、マナ、感じる……あったかい……」

「そ、そうか?」

「うん。ここちいい……んっ……うぅっ!」


 そんな時だった。

 急にシルヴィが今までと毛色の違う声色をあげる。


「あ、あれ? シルヴィちゃん? どうしたの?」

「……わ、分かんない。なんか急に、胸、ぎゅーっとして……うぅ……」

「え……おいっ、大丈夫かっ」

「う、うぅ……」


 俺に顔を見せようともせず、俺の胸を掴んだ手の力が強くなる。


「あ、あぅ……な、なにこれ……胸、胸が……」

「おい、おいっ!」


 苦しそうな声をあげるシルヴィ。

 急いでその肩を抱き、ヒールをかける。


「あ、う……んんぅっ! か、肩、熱い……う、うぅ……んぅ……」

「だ、大丈夫か! おいっ!」

「うぅ……」


 上半身を起こそうとするが、シルヴィが強くしがみついてきて離れない。

 きこえてくるシルヴィのやや荒れた吐息。それを聞いてますます焦りが強くなる。


「……どうしよう……トワ、ちょっと二人を呼んできてくれないかっ!」

「え、なんで?」


 だがトワの反応は俺の予想していたものとは全く違った。

 それがさらに俺の頭を混乱させる。


「なんでって……苦しそうにしてるから!」

「どこが?」

「はぁ?」


 呆れたような笑い顔を見せるトワを見て、俺は目を疑った。

 改めてシルヴィの方に視線を移す。


「う……ぅ……」


 間違いない。シルヴィは胸に手を当てながら苦しそうな声をあげている。


「いや、だっておかしいだろ。熱でも出てるんじゃないか」

「そりゃ出てるでしょ。何言ってるの?」

「バカかっ! はやくなんとかしないとっ! いいから二人を呼んでくれっ」


 飄々としたその態度に戸惑いながら俺は声を張り上げた。

 するとトワの笑顔がみるみるうちに張りつめたものへと変化していく。


「え、嘘でしょ?」

「何がだよっ!」

「だってこの子、リーダー君に甘えてるだけじゃん」

「……え」


 と。その言葉で俺の思考が一瞬のうちに停止した。

 数秒の間をおいて、なんとか我に返りトワに言い返す。


「いやいや、そりゃおかしいだろ。なんで?」

「やっぱ本気なの? 言ってもらいたいだけじゃなかったんだ」

「だってこんなに苦しそうに――」

「お兄ちゃん、もっとだっこ……」

「!???!!??」


 トワに反論しようとした矢先、シルヴィが甘い声を出しながら俺の手をつかんで自分の背中の方へと誘導していった。

 唖然とする俺に対し、追い打ちするようにシルヴィが囁く。


「……お兄ちゃんとくっつくの、きもちいい」

「はぁ!?」

「静かにしなよ。二人にきこえちゃうよ」

「いや、そういう問題じゃ……」

「そういう問題だって。変に嫉妬させるのよくないよー」

「んぐっ……!」


 何故だろう。トワの言葉に妙に説得力を感じてしまい何も言い返せない。

 実際、シルヴィの状態についてはトワの言っている事が正しかったわけだし――


「お兄ちゃんとくっつくの、いい気持ち。ポカポカして、ぎゅーってなる」


 そんな俺の葛藤などつゆ知らず。シルヴィは俺の胸に額をこすりつけていた。

 どういうつもりなのか顔を確認するため離れようとするが離れない。


「えっと、あの……シルヴィさん?」

「あぅ……えへ……」

「あれ? ユミフィさん? おーい。君のことなんだけど……」

「うん。私、ユミフィ。で、シルヴィ。こっちは、お兄ちゃん、つけてくれた、大事な名前。シルヴィ・ゴルバチョモ」


 ――ゴルバチョモはちげぇ!!


 ……いや、そこではないのだが。


「さーってと。出来立てのバカップルはほっておいてボクはもう寝ようかな。明日も早いしね」

「えっ、ちょっ――トワッ!」

「あんま過激なことはしないようにねっ! おやすみ~」

「おい――」


 何か俺が言いかえす前に、トワはコートの中に潜り込んでしまう。

 それを狙ったようなタイミングで、シルヴィが俺を見上げてきた。


「ん……お兄ちゃん……寝よ?」


 そんな甘々な表情と声をされては当然というべきか。

 結局、夜は殆ど寝ることができなかった。


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