257話 気功弾
「…………」
「え、えっと。そのスキルって……え?」
半笑いになりながら俺の方を見るスイ達。
俺の前方に出来た深さ二メートル程の歪なクレーター。それと先ほどの炎のインパクト。
それらが彼女達を硬直させていることは想像に難くない。
ただ、話が進まなそうなので俺の方から声をかけてみる。
「剣士のスキルだよ。スイのレベルならそろそろ習得できそうじゃないかなって」
「そんな……そんなスキル、見た事ありません……」
「凄い……これが、お兄ちゃんの技……?」
「ヤバいっすね……」
「アハハッ、リーダー君は万能だからねー」
尊敬というより、若干引かれているような視線が痛い。
そんな微妙に気まずい空気の中で俺がもごもごしていると、スイがフォローするかのようおそるおそるといった感じで声をかけてきた。
「……その、分かりましたけど。えっと、どうやれば……?」
「そだな、えっと……」
しかし、どうやればと言われても感覚的なものをうまく説明できる自信が無い。
そんな俺をみかねてかトワが助け舟を出してきた。
「一度、見様真似でやってみれば? せっかくリーダー君が実演してくれたんだしさ」
「え、そ、そうですね……えっと……ソ、ソードイグニッション」
少し怖がるような声色でスキル名を言うスイ。
と、次の瞬間、スイの右腕から赤いオーラが漂い始めた。
「……うん。気力の具現化は感じます。ブレイズラッシュに感覚は近いですか」
「あぁ。そうなのかな……?」
そうきかれても正直良く分からない。ブレイズラッシュと同じ属性のスキルなのだからそうなのかもしれないが。
ただ。ゲームではソードイグニッションを習得する前提としてブレイズラッシュを覚える必要があった。
彼女の言う事は、多分間違ってはいないだろう。
「そうですか。ではやってみます。やあっ――あれ?」
「え、ちょっ――先輩っ!?」
……そう思っていたのだが。
スイが剣を振り上げると、急に剣先から不穏な色の火花が散り始めた。
「……失敗」
シルヴィがそう呟いた瞬間、火花が途端に大きくなり火柱のような形になって爆発。
後に残ったのは黒い煙の中でせき込むスイの姿だった。
「げほっ、げほっげほっ!? な、何コレ……」
「おいっ、大丈夫かっ!?」
スイにヒールをかけると、彼女は苦笑しながら振り返ってくる。
「すいません。失敗ですね。うまく炎を濃縮できなくて……」
「うーん。まぁ最初からうまくはいかないか」
ゲームの中ではスキルポイントを振るだけでスキルを習得することができるがこの世界ではそうもいかないだろう。
「そうですね。ただ修正の方向性は分かりました。気力の濃縮のコントロールと放出のタイミングがつかめれば私にもある程度真似できそうです。多分、下手にリーダーと同じ威力を出そうとしたから炎が爆散したと思うんですよね。だから――」
軽く左手で右腕を叩くと、スイは剣を構えなおす。
そして一気に視線を鋭くさせると――
「ソードイグニッション!」
スイがそう叫びながら剣先を地面に叩きつける。
その瞬間、爆発音と共に剣先から前方に向けて土煙が舞い上がった。
しかしそれは先に俺が撃ったものと比べれば僅かなもので、彼女がいつも使っているスキルと比べても威力は出ていないように見える。
それでも、スイのそれは一応形にはなっていた。
「うん。先ずはこんな感じかな。本来ならブレイズラッシュより威力が出そうですし、後はコントロールできるように練習しておきますね」
満足げにほほ笑みながらスイが振りかえる。
「……天才だ」
その様子を見て、本気で思ってしまった。
たった一回の修正でこうも劇的に変わるなんて思ってもいなかったから。
しかし、皆にはそう伝わらなかったのだろう。
「な、何言ってるんですかっ! リーダーだけには言われたくないですっ」
「アハハッ、ほんとだよねー」
からかうように笑うスイとトワに、少し気まずくなって苦笑する。
「ねぇねぇリーダー。ウチにもスキル教えてほしいっすよ。あの練気を一気に全部使えるやつとかウチにもできないんすか?」
そんな俺に対し、アイネが催促するように俺の腕をつついてきた。
アイネが言っているのは練気・全のことだろう。だがアレを習得するにはレベルが100ないといけない。
どこまでゲームと一致しているか分からないがアインベルでも習得できていないであろうこのスキルを今のアイネが覚えられるとは思えない。
「うーん……アイネのレベルだとアレは難しいかもしれないな。えっと、レベル50なら……気功弾とかは?」
気功弾は拳闘士が使える数少ない遠距離攻撃の一つだ。
練気・体、拳、脚のどんな状態からでも使えるスキルで、練気状態も解除されにくく、しかもそれなりの威力が出る。
無論、弓士のような遠距離特化職と打ち合えるようなものではないが牽制に使ったりヒットストップを生じさせてコンボをつなげたりと使い道が色々あるスキルだった。
「あっ! それ父ちゃんがやってたの見た事あるっすよ。リーダーもできるんすか?」
「あぁ。えっと――」
アイネに促され、俺は先ず練気・拳を使う。
自分の拳が青白い光を纏った事を確認した後、その光の一部を粒子に変えて空中に抽出。
それを球状にまとめて一つの大きな青白い光の玉を作り、前方に放つ。
「おおーっ! 凄い凄いっ!」
その光の玉が前方にある木々を次々に倒していく様子を見てアイネが歓声をあげた。
森の声というものがきこえるシルヴィのいる手前、森林破壊には抵抗があったが――このままだと地面が物凄い形になってしまう。
一応、そんな俺の葛藤を察してくれたのかシルヴィは何も言わなかった。
「拳闘士の貴重な遠距離攻撃の手段だし使えるようになって損は無いと思う。牽制にも使えるしな」
「やるやるっ! ウチもやるっす! えっと、先ずは――練気・拳っ!」
拳に気を纏ったアイネが、目をキラキラさせながら俺の方を見てきている。
どうやらもう一度の実演を催促されているようだ。
「あぁ。ほら、こんな感じ」
「う、うー? 気を空中にあげる感じ……? えっと……痛っ!?」
急にあがったアイネの悲鳴。
それと同時にアイネの拳を纏っていた光が稲妻のように激しく光り、周囲に霧散してしまった。
「ちょっ――アイネッ、大丈夫!?」
「いたっ、いたたた……うぐぐ……」
「だ、大丈夫か? ほら――」
ヒールをかけるとアイネの苦痛の表情が和らいだ。
しかしアイネはすぐに眉をひそめて自分の拳に視線を移す。
「お、おっかしいなぁ。なんでうまくいかないんすかね……」
「多分、アイネ、今のままだと、無理」
「えっ……」
ふと、シルヴィが淡々とした声色で話しかけてきた。
その言葉に目を丸くするアイネ。
「アイネ、自分の気力、周囲にばらまきすぎ。そのスキル、一点に気力集中しないとだめ。お兄ちゃん、そのやり方、凄く上手い。でもアイネ、気力のコントロール、メリハリない。だからそのスキル、覚えられない」
「マ、マジっすか……」
シルヴィの言葉を受けてがっくりと肩を落とすアイネ。
そんな彼女の横でトワが少しひきつった笑みを浮かべながら声をあげた。
「す、凄いねシルヴィちゃん。そんな事も分かるの?」
「私、マナの流れ、見えるから」
「マナ――ですか。気力や魔力の根源になる力だと言われていますが……」
じっと考え込む仕草をするスイをよそに、俺はある事を思いだしていた。
気功弾の前提スキルには練気密度向上というパッシブスキルを習得する必要がある。
これは拳闘士のスキルの威力を僅かに向上させるとともに、練気状態を解除しにくくさせるという効果があるものだ。
「多分、練気の質を高めないと使えないスキルなんだと思う」
「うーっ……そう言われても、どうすればいいのやら見当がつかないっすね……見様見真似以前の問題ってことっすか……」
だがパッシブスキルは特にエフェクトが無く常時発動しているものだから実演の仕様が無い。
アイネの言う通り見様見真でなんとかできる問題ではなさそうだ。
「とにかく練習するしかないよアイネ。大丈夫、いつか必ずできるって」
「……そっすね! ウチ、頑張るっすよ!」
だがそれでもアイネはやる気を失っていない。
むしろその表情はキラキラとしていて眩しいものだ。
――やっぱ凄いよな……
俺が彼女の立場だったら、どう言うだろうか。
それを考えると尊敬の念を抑えきれない。
だからこそ、俺は彼女達が強くなるために協力したいと改めて強く思うようになった。