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255話 奇妙な森の声

「……しかし、あれっすね。暇っすね」


 日が傾き始めた頃、アイネが空を見上げながらそうぼやいてきた。

 そんな彼女にスイが苦笑しながら答える。


「どうしたの。いきなり」

「いきなりも何もないっすよ。馬車に乗ってるこの時間、マジでつまんなくないすか?」

「うーん、そうだねぇ。確かに何もないもんねー」


 トワも口を半開きにしながら空を見上げている。

 そんな彼女達を横に、俺は少し気まずくなって頬をかいた。

 美少女達に囲まれた馬車の旅――そう言えば最高なのだが、現実には話題が切れて若干気まずい沈黙が訪れることが何度もある。


 ――こりゃ時間つぶしの方法見つけないとな……


 ふと、カーデリーギルドでギャンブルに興じている人達の事を思い出す。

 どんなギャンブルをやっていたのか正確には見えていなかったが、トランプぐらいこの世界にもあるのではないだろうか。何か暇つぶしにゲームでもあればいいのだが。

 

「私、つまんなくない。これ、初めて乗った」


 そんな事を考えていると、ユミフィ改めシルヴィが話しかけてきた。

 表情こそ淡々としているが声はやけにはきはきとしている。

 それを見てスイが過剰な程ににこりと笑い、アイネに視線を移した。


「ユミ――じゃなくて、シルヴィはいい子ですね。誰かさんとは大違い」

「んぐっ……先輩が異常なんすよ。なんでそんな何時間もきっちり座ってられるんすか」

「さぁね、鍛え方かもねー?」

「んにゃーっ!」


 座りながら地団駄をふむ仕草をするアイネを見て、スイがクスクスと笑う。

 だが、たしかに改めてみるとスイの姿勢の良さには驚かされる。

 この数時間、背筋がピンと張られていない状態を見たことが無い。


「そんなに暇ならアイネ、馬車に乗りながらできる訓練とかないのか?」


 俺がそう話しかけると、アイネは微妙と言いたげに眉を曲げた。


「うーん。筋トレぐらいじゃないっすか? でもあれ、すっごい非効率だし嫌なんすよねぇ……結局筋肉量だけ増やしても男の人の劣化になっちゃうし。やっぱレベルを上げるなら実践経験を積まないと……」

「なるほど」


 筋肉を異様に愛する人をつい最近みた事があるのだが――魅せるための筋肉と戦うための筋肉は違うということだろうか。

 そもそも、この世界の人たちは、元世界では考えられないようなパフォーマンスを見せている。ただ筋肉の力だけで動いているわけではないことは明白だ。それなら、アイネの言う通り、そこ以外のところを鍛えた方がいいのかもしれない。

 ふと、スイが思い出したようにシルヴィに声をかける。


「訓練といえば……シルヴィはどうやってその強さを手に入れたのですか?」

「…………」


 だが、シルヴィはあさっての方向を見たままで動かない。


「あっ、あれ、シルヴィ? 聞こえてなかったですか?」

「え、あれ? 私?」


 再度かけられたスイの声に、シルヴィが体をビクリと震わせてふり返ってきた。

 トワがクスリと笑いながら話しかける。


「アハハッ、まだシルヴィって名前慣れないかな?」

「ん、そうじゃない。えっと、なんだっけ?」

「シルヴィはどんな特訓をしていましたかっていうお話しですよ」

「特訓? 何もしてない」


 軽く首を横に振りながらそう答えるシルヴィを前に、一瞬俺達は硬直してしまった。

 だがすぐに思い当たる節にたどり着く。


「うーん……シルヴィの場合は普通に生活しているだけでトレーニングも兼ねていたんじゃないか。魔物と戦ったこともあるんだろ?」


 俺の声にシルヴィはこくこくと大きく首を縦に振った。


「うん。頑張って、倒した。美味しい魔物、見つけられた」

「美味しい魔物っ!? 例えば例えば?」


 そう言いながら身を乗り出しながらきくアイネ。

 するとシルヴィは少しだけ誇らしげに頬を緩めた。


「黒くて、突進してくるヤツ。焼くと、おいしい」

「へぇ。そんな魔物いるんだねぇ……」

「もしかしてブラックボアか? ほら、お弁当くれた時の――」


 魔物という単語からはあまり食欲はそそられないがこの世界では魔物の調理は日常的に行われている。

 トーラに居た時に何度かスイとアイネの手料理をご馳走してもらったことがあるが、その中にもブラックボアの生姜焼き定食なんてものがあったはずだ。

 アイネもその事を思いだしたのか声の高さが上がり始める。


「あぁ、アレッ! よく覚えてたっすねー!? ここら辺にいるんすか?」

「うーん……生息地までは覚えてないなぁ……」

「そんじゃさそんじゃさ。この辺で美味しい魔物ってどんなのがいたの?」

「あれ。トワも興味があるのか?」

「当たり前じゃん。妖精だって何か食べる事とかはできるんだよ。で、で?」


 小さな体に似合わず結構食い意地が張っているようだ。

 そのギャップにクスリとしていると――


「んー……ぴょこぴょこ飛ぶ白いヤツとか……ん……あれ? やっぱり……」


 シルヴィがいきなり顔をしかめて周囲を見渡しはじめた。

 急なその態度に皆も怪訝な顔を見せる。


「ん、どうしたの? キョロキョロして」

「……森、変な声してる」

「え?」


 意味が分からず首を傾げる俺達。

 シルヴィはしばらく周囲の森を見渡すと俺達の方に視線を移し、馬車の進行方向を指さした。


「スイ。私達、こっち行く。あってる?」

「え? そうですけど……何か?」


 やや低くなったシルヴィの声にスイが心配そうに眉をひそめる。

 するとシルヴィは馬車の後ろの方を指さしながら返事をしてきた。


「あっち、行かない方がいい。そんな感じ、する」


 その言葉に俺達は一度、皆で視線を交わす。


「……森の声ってやつか?」


 俺の質問に首肯するシルヴィ。

 どういう意味なのかははっきり分からないが――彼女なりに俺達に警告してくれているようだ。


「まぁ、そっちには行く事は無いと思うので大丈夫ですよ。私達の行く道から外れていますしね」

「そう。よかった……」


 スイの言葉にシルヴィがほっとため息をつく。

 そのただならぬ様子にトワが心配そうに眉をひそめた。


「どうしたの? 何か怖いことでも?」

「森、ちょっと、変な声、してた。でも、はっきり、分からない」


 ぼーっとしながら淡泊に答えるシルヴィ。

 しかし俺達が反応に困っている事を察したのだろう。しばらくするとシルヴィは慌てて顔をあげると落ち着かない様子で声をあげてきた。


「……森、いいとこ。でも、今は早く出たほう、いい」

「そうはいってもそろそろ暗くなってきましたからね……今日中にこの森を抜けるのは無理ですよ」


 スイがそういうと、シルヴィは小さくため息をついて俺の方にふり返る。


「そう……ならお兄ちゃん、気を付けて。この森、スイでも勝てなそうな魔物、いる」

「えっ――」

「……スイちゃんが苦戦する魔物? ホントに?」


 シルヴィの口から出てきた具体的な危険を示す言葉。

 それにより一気に俺達の間に緊張が走った。彼女と出会ってから間もないが、彼女がこういう冗談を言うキャラではない事は皆も分かっている。

 シルヴィがどこまで正確にスイの強さを把握しているかは分からないが――それでも相当の強さだという事は伝わっているはずだ。


「さっきはっきり分からないと言ってましたけど、それは本当なのですか?」

「場所、良く分からないだけ。でも強い魔物、絶対いる。ていうか、出た」

「出た?」

「だって昨日、こんな声なかった。多分、何か出た」

「な、何かってなんすか……」


 突拍子もない言い方にアイネが苦笑いをみせる。

 無理もない。単に『出た』と言われても対処の仕様が無いのだから。


「分からない。でも、お兄ちゃんなら、勝てると思う。絶対」

「えっ……」


 不意に向けられた視線に思わず頓狂な声が出る。


「あれ、シルヴィにはリーダーの強さが分かるんすか?」

「うん。なんとなく、凄いマナ、感じる」

「へぇ……ウチらには良くわからないっすけどねぇ」


 つられるようにじーっと俺の事を見つめてくるアイネ。

 その視線が少し気恥ずかしくて俺は目を反らしてしまう。


「まぁ厄介な魔物がいるならさっさとこの森から出ちゃおうぜ。変に長居する必要もないだろ」

「たしかに。でも繰り返しますが今日中に森を抜けるのは無理ですよ。もうちょっと続きます」


 そういうスイの言葉をきくと、アイネは再びげっそりとした表情をみせるのであった。


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