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254話 ゴルバチョモ

 シャルル亭で朝食をとった俺達は、シュルージュの馬車屋に行き預けておいた馬車を引き取った。

 アイネの顔がそこまで割れていないため昨日と同じ変装をするだけで特に目立つことなく出発。

 一度、シュルージュを出てウェイアス草原をある程度進み、人の目が無い事を確認してジャークロット森林にトワの転移魔法で移動した。


「さーって、じゃあ続き行きますかっ」


 変装を解き終わりスイが改めて手綱を握るのを見て、トワは俺の肩の上で両手をあげる。

 それに応えるように送られるスイの指示。ゆっくりと進行する馬車。それを確認するとスイがふと、提案をしてきた。


「ところでユミフィの事ですが偽名を決めませんか?」

「ぎめい?」


 言葉の意味が分かっていないのだろう。ユミフィが怪訝な顔を見せてきた。

 その身を纏うのは黒いゴスロリワンピース。耳あてと一緒につけていることでかなりふりふりになっており正直かなり暑そうだが――本人いわく、割と涼しいらしい。

 実は戦闘服としての効能もあるらしくオートメンテ等の魔術がかかっている高級品だとか。

 

「ユミフィの偽の名前を決めるんですよ。何故かは分からないですけどユミフィはエルフに追われているんですよね? それなら『ユミフィ』って呼ぶのはまずいです。せっかくこんなに可愛く変装できたのですからミハさんの言う通り偽名ぐらい考えておきましょう」


 スイがユミフィに向ける視線は優しい姉のようなものだ。

 ……もしかしたら、ユミフィに気に入られようと頑張っているのかもしれない。


 それはともかく、今後ユミフィと行動を共にするのであれば彼女の事をユミフィと呼ぶのはリスクしか生まない行為だ。

 だから、それ自体は当然賛成するのだが――いざ、行動に移すとなると気が引けてしまう。



 ――ネーミングセンスを否定されるのは中々こたえるんだよなぁ……



 黒き漆黒のブラックな俺のセンスをバカにされるのは中学時代だけにしておきたい。


「偽名かぁ。『ユミフィ』だから……ユミちゃんってのは?」

「お、いいんじゃないっすか?」


 トワの提案にアイネがポンと手を叩く。

 その呼び方自体に抵抗は無いし俺もそうしたいのはやまやまだが――


「呼び方としてはいいけど、それじゃあだ名だろ。偽名っていうぐらいだから全然関係無い名前をつけた方がいいかもな」

「あ、そっかー……意外に難しいなぁ……」


 そう言いながらトワは両手をくみ考え込んでしまう。

 そんな彼女を前にして少し言いにくそうにスイが口を開く。


「一応フルネームで決めておきましょう。自己紹介する機会もこれからあると思いますから」

「なるほど……」


 適当に相槌を打ちながら顎を手の上にのっけて考え込むふりをする。

 正直、キャラメイクした時につけた魂に刻みし英雄の名みたいな雰囲気のようなものは思い浮かんでくるのだが、それを言うのは流石に憚られた。


 ――何かもっともらしい由来のある名前をつけないとマズイ。


 すぐにそう直感する。

 俺のセンスではなく、皆が納得できるような客観的なものを由来にした方が名前を否定される可能性は低くなる。

 そう。あくまでさりげなく、こう考えたらこうなったみたいな理由のある名前の方が言い訳しやすいのだ。


「んー……じゃあ『ボンバード・ゴルバチョモ』ってのはどうすか?」


 ――そう、例えばボンバー……


「は?」


 アイネの言葉に、思わず耳を疑う。

 どこぞの大統領と高いお山が合体したような名前がきこえてきたのだが気のせいだろうか。


「あっ、いいねそれっ! かっこいい!」


 ぱちぱちと手を叩いて喜ぶトワ。

 そんな姿を見て、俺は自分のセンスを疑った。


 ――すごくダサいと思うのは、俺だけなのか……?


「いや、いやいやいや。アイネ、ちょっとまって」


 直後にきこえてきたスイの慌てた声をきいてほっと、一息をつく。

 どうやら彼女のセンスに疑いの感情を抱いたのは俺だけじゃないらしい。

 ふと、ユミフィがきょとんと首を傾げて俺の方を見上げてきた


「私の偽名、ボンバード・ゴルバチョモ?」

「いや、違う。違うから! アイネ、真面目に考えろって!」

「えーっ!? 真面目に考えてるっすよぉ。絶対かっこいいと思ったのに」


 顔をしかめるアイネの顔をみるに、どうも冗談ではないらしい。

 思わず額を抑える俺の頬をトワがつつく。


「じゃあ『ボブサッペ・ゴルバチョモ』ってのは?」

「大変恐縮ですが適してないかと存じます……」


 ため息をつきながら答える俺に、トワが頬を膨らませる。

 そんな彼女の気持ちを代弁するようにアイネが俺の方に身を乗り出してきた。


「じゃあ、『ボッシューズ・ゴルバチョモ』は?」

「とりあえずアイネ、トワ。ゴルバチョモから離れましょう。一旦それはなしで。ね?」

「えーっ!?」


 物凄くがっかりした表情でため息をつくアイネとトワ。

 ネーミングセンスを否定される辛さはよく分かるが、それでもやっぱりボなんとかゴルバチョモの良さは分からない。


「そんなに言うなら先輩はなんてつけるんすか? ユミフィの偽名」

「え? そ、そーですね……」


 アイネの言葉に目を泳がせるスイ。


「えっと……ユ、ユミ、ユリー……ユリーカ……ユリーカ! どうです? ユリーカッ! 結構いいせんいってないですか?」

「ボクは可愛いと思うけど、でもちょっとニュアンスが似てて怖くない? 大丈夫かな? あだ名っぽくならない?」

「あー……確かに。そう言われると響きがちょっと似ているかもしれませんね……」


 スイがしょぼんと顔を俯かせてしまう。

 だが、その普通にありそうな名前をあげる彼女のセンスには安心する事ができた。

 と、アイネがニヤリと笑いながら声をあげる。


「じゃあボバーカ・ゴルバ――」

「却下っ!」


 反射的に声をあげるスイを前に、アイネが露骨に唇を尖らせた。


「じゃあゴルバチョミーカとか……」

「なんで? その『ボ』とか『ゴルバ』ってどこからきたの? ねぇ?」

「決まってるじゃないっすか! ウチらのセンスっすよ!!」

「なんで自慢げなの……褒めてないからね? 一応、言っておくけど、褒めてないからね?」


 ……とりあえず。

 賑やかな雰囲気のお三方には一度目を瞑っておいて、俺はユミフィに視線を移した。


「ユミフィは自分に新しい名前つけるとしたら、どんなのがいい?」

「名前? 私がつけるの?」


 てっきり俺達がつけるものだと思っていたのだろう。

 心底意外そうに目を丸くするユミフィ。


「そうしたいならそうしてもいいぞ」

「うーん……例えば――」


 と、そこで一度言葉を切るとユミフィは大きく息を吸い込んだ。

 いったい何をするのかと眺めていると――


「ジュゲジュゲゴコーチュリキレカイジャスイギョノマツライフーライクウネルトコロニスミスミヤブラコージ――」

「ま、まてっ!」


 果てが無く続きそうなユミフィの声を、肩をつかんで遮る。

 なんで止めるの、と言外で訴えてくるユミフィ。


「なんか長くないか? 長いよな?」

「ホントの名前、思いつかない方、いい。そうなんでしょ?」

「思いつくとか以前に覚えられるか? その名前」

「……無理」


 しゅんと肩をすくめるユミフィ。

 湧き出てくる罪悪感と自分へのセンスの疑問を必死でおしこむ。

 と、そんな俺に横からアイネが話しかけてきた。


「もぅ。じゃあリーダーだったらどんなのつけるんすか?」

「うっ……そ、そうだな……」


 いつか俺の順番がくるとは予想していたが。いざ、そう言われると心臓がどくんと跳ね上がってしまう。

 とはいえ散々、人の意見を否定してきたのだ。何か言わなければ示しがつかない。


 ――落ち着け……ユミフィの髪は銀だから……シルバー……シル、シルビー……あっ!


「シ……シルヴィとか……?」


 おそるおそる、皆の方に視線を移す。

 すると――


「あれっ、普通にいいっすね。それ」

「そうですね。普通にいそうな名前なのがいいです」

「さっすがリーダー君、やるじゃん」


 ――あれ? 大丈夫そう?


 そう安心しかけた時だった。


「分かった。じゃあこれから私、シルヴィ・ゴルバチョモ」

「えっ――」


 一瞬、自分の耳を疑ったが。

 ユミフィはこくりと頷いてその名前を呟いた。


「おーっ、いいじゃないっすか。シルヴィ・ゴルバチョモ!」

「うんっ、なんか可愛いし、かっこいいよ!」

「え? えぇ!?」


 盛り上がっているアイネとトワの横でスイが物凄く困惑した表情を見せている。

 しかし――


「ゴルバチョモ……シルヴィ・ゴルバチョモ! 私、ゴルバチョモ!」

「アハハッ、ゴルバチョモーッ!」


 当のユミフィがノリノリで名前を連呼し、トワがその前ではしゃぎだしてしまう。

 唖然とするスイを尻目に、おそるおそる話しかける。


「え? なにそのノリ。マジでそれでいくのか?」

「ユミフィ、考え直しませんか? なんかもう絶妙にダサい名前に――」

「シルヴィ・ゴルバチョモ! ゴルバチョモ!」


 ふふふ、と可愛く笑うユミフィ。

 それを見て察した。


 俺はゴルバチョモに負けたのだと。


「……気に入ったみたいだな」

「ユ、ユミフィがいいならそれで――」

「うん。私、シルヴィ。シルヴィ・ゴルバチョモ。二つ目の名前」


 ため息をつく俺とスイに、ユミフィ――いや、シルヴィ・ゴルバチョモがそう話しかけてくる。


「……分かりました。よろしくお願いします。シルヴィ……」

「よろしく、シルヴィ……」


 そんな彼女に対するささやかな抵抗として俺達ができるのは、ゴルバチョモという単語を声に出す事を防ぐことだけだった。


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