253話 無教育
「えっと、じゃあこれ置いておくね♪」
ユミフィの散髪が終わった後、俺達は自分達の部屋に戻っていた。
食堂で他の客と会うのはスイにとってもユミフィにとってもあまり都合が良くない。
そこで、ミハが気を利かせて俺達の部屋に食事を運んできてくれたのだ。
テーブルに並べられた食事を前に席につき、スイが軽く頭をさげる。
「はい。ありがとうございます」
「ううん。私、他に仕事があるからここで挨拶しておくね。いってらっしゃい♪」
あざとく猫っぽいポーズをとってミハがにこりとほほ笑む。
そんな彼女を前に、俺は無意識に手を差し出していた。
「はい。行ってきます」
「……えへ」
少し顔を赤らめながら、ミハは握手に応じてくれた。
その、どこか艶っぽい表情が頬の感触を思い出させて――
――って、朝からなに考えているんだ俺……
軽く頭を左右に振って、部屋を出ていくミハに手を振る。
「では食事にしましょうか。いただきます」
「いただきまーっす」
ミハが部屋を出ていくのを確認すると、スイとアイネが手を合わせて食器に手を伸ばしていった。
その様子を、ユミフィは怪訝な表情で見つめている。
「……コレ、食べていいの?」
俺の二の腕を掴みながら、ユミフィが自分の前に置かれているオムライスを指さす。
子供ながらに遠慮しているのだろうか。
「あぁ。もちろんだよ」
「そう……」
俺の返事に、じっと料理を見つめるユミフィ。
手を前に出したり引っ込めたりしている。
そんな彼女に、アイネが声をかけてきた。
「そうだよ。遠慮しな――!?」
だが、その言葉は途中で失われる。
目を見開くアイネ。
「ちょっ――」
いや、アイネだけではない。
その場にいた誰もが言葉を失っていた。
「んくっ、あむっ……んくっ……」
もくもくとオムライスを食べ続けるユミフィを前に、全員が硬直する。
皿に顔をつっこみ、両手でオムライスを掴んで口の中に押し込むユミフィ。
――犬食い!?
手元に置かれている食器なんて彼女の目には入っていないのだろうか。
「おい、しい……おいしいっ、これっ……!」
口元に大量の料理をつけながら、ユミフィがキラキラと目を輝かせる。
一度顔を上げたと思いきや、息を吸い込んでもう一度皿に顔をつっこむユミフィ。
「お、おー!? 豪快に食べるねーっ」
顔をひきつらせながら、トワがぱちぱちと手を叩く。
それが彼女なりの気遣いだったのだろう。
「ぐきゅっ……んくっ……はぐっ……」
そのあまりに下品な、尊厳を奪われたような食べ方を前に、俺達は言葉を発することができない。
ただただ、驚きと――そして、彼女の置かれていた環境を想像し、胸を痛めていた。
――この子は、いつもこんなふうに食事をしていたのか……?
「どし……たの?」
ふと、ユミフィが不安げな表情で俺達の方を見上げてくる。
「あ……いや……」
「…………」
スイとアイネは視線を交わすものの、どう答えたらいいものか分からないらしい。
ただただ顔を強張らせているだけだ。
だが、いつまでも黙っていてはユミフィが可哀そうだ。
「ユミフィ。これ、使ってみな」
「……?」
俺はユミフィの手元に置いてあるスプーンをつかみ、オムライスをすくう。
「ほら、こうやってすくうんだ。そうすればここ、汚れなくてすむぞ」
そう言いながらユミフィの口元についた料理を拭く。
不思議な物を見るような顔で、ユミフィがじっとスプーンを見つめてきた。
「……でもコレ、小さい。食べる時間、遅くなる」
「いいんだよ。ゆっくりで。ほら」
ユミフィの顔の前にスプーンを持っていく。
きょとんと首を傾げるユミフィ。
「……え?」
「口、開けてみな」
「ん……あーん……」
恥ずかしそうに口を開けるユミフィ。
俺も少し照れくさいが、まぁ仕方ないだろう。
パクリとスプーンを咥えこんできたのを確認して、俺はゆっくりとスプーンを抜く。
「おいし……」
「な。急がなくていいから、これでゆっくり食べな」
「ん。分かった……ごめんね?」
「はは。謝ることなんて何もないぞ」
なんとなく、ユミフィも自分の食べ方がおかしいことに気づいたのだろう。
だが、それは彼女のせいなんかじゃない。
申し訳なさそうに頭を下げるユミフィの頭をポンポンと撫でてみる。
すると、ユミフィは僅かに口元を緩めるとスプーンを使って再びオムライスに手を伸ばした。
――で、それはいいとして。
「何やってるんだ? アイネ?」
スルーしようかとも思ったが。
こうもずっと俺に向けて、口をあーんと開け続けているアイネに気づかなかったというのは無理があるだろう。
「えっ……えっ? これはリーダーにあーんしてもらえる流れじゃないんすか?」
「どういう流れだよそれ……」
「えーっ、へへ……」
自分でも変なことをしている自覚があるのか。
照れを隠せていない中途半端な笑みを浮かべるアイネ。
そんなアイネを前に、トワがカラカラと笑いだす。
「アハハッ、リーダー君は小さい女の子が大好きだからね。仕方ないよ」
「おいトワ。何か悪意ある言葉でまとめようとするな」
「えー、そんなことないのになー。大丈夫だよ、リーダー君はイケメンだから色々な方面で需要があるよっ!」
ニヤニヤと笑うトワに、思わずため息が出てしまう。
何か話題を変えようと周囲を見渡すと――スイが神妙な表情を浮かべているのが目に入ってきた。
逃げる意味も半分あって、俺はスイに話しかける。
「スイ、どうかしたのか?」
するとスイは、ハッとしたような表情を見せ、ユミフィの方に視線を移す。
オムライスに一心不乱になっていることを確認し、やや小声で話してきた。
「あ、いえ……その、ユグドラシア王国ってどんなところなんだろうって思いまして……ミハさんも知っていたとおり、ユミフィには捜索クエストが出ているみたいですが……王族が行方不明になっていたにしてはあまりに目立ってないというか、一般人扱いが過ぎるというか……それに彼女が王族だとして、なんでこんな扱いを受けていたのか……」
そこで言葉を切ると、スイはユミフィに視線を移して眉をひそめる。
たしかに、王族といえばもっと豪華というか、贅沢というか……少なくとも自然に犬食いをするような教育をされるとは思えない。
――と、俺がそんなことを考え始めると、スイは困ったように笑いながら話しかけてきた。
「まぁ……考えていても仕方ないですね。早く食べてしまいましょう」
「そっすよ。ってことでリーダー、あーん……」
「貴方は一人で食べなさいっ!」
「んぎゅむっ」
軽く頭に手刀をくらい、耳を垂れさせるアイネ。
そんな彼女の仕草が、どこかこの食事の雰囲気を明るくさせてくれた。