252話 美少女モデル
「へー、結構手際いいんだねぇ」
「んふふ。でしょでしょ♪」
トワの言葉に自慢げに微笑むミハ。
実際、素人の俺から見てもミハの手際はかなり良い。
変に盛り上がっていた所や、ボサボサしていた所が綺麗なシルエットに変化していく。
「それにしても随分伸ばしたねー。髪の毛、ずっと切ってないでしょ」
「うん。髪の毛、勝手に抜けるから」
「だめだめ♪ 女の子の髪は武器なんだぞっ! きゃははっ♪」
「そうなの? 強くなったら髪の毛、とばせる?」
「アハハッ、そうなったらかっこいいねーっ!」
なかなか同意しかねるトワの意見に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「それにしてもこの長さになるまで切らないって相当だよねー……」
「…………」
ふと、ミハがぼそりと呟いた言葉に、皆の表情が引き締まってしまった。
何気なく放った言葉で、そんなふうに妙な反応をされた事に驚いたのだろう。ミハは大げさな笑顔を見せながら声をあげる。
「んー、どうしたのかな♪ 皆黙っちゃって。もしかして、私、警戒されてる?」
「そんなわけないじゃないですか。信頼していますよ」
「そっすよ。だからお邪魔したんす!」
慌ててフォローする俺達に対して、ミハは悪戯が成功した子供のようにくすりと笑う。
「そう? 信頼してくれてるなら嬉しいなー♪ なんでもいってね」
「――ミハさんこそ」
「え?」
だが、その笑顔もすぐに真顔へと変化してしまった。
その声の主――スイは、自分の言葉が空気を壊していることを当然分かっているだろう。
やや申し訳なさそうに眉をひそめながら言葉を続ける。
「……聞きましたよ。リーダーから」
スイがそう言うと俺達ははっと息をのんだ。
「そう……」
ミハが自嘲するようにふっと笑う。
――今言うのか……?
緊張感に満ちた空気が周囲を支配する中、スイに視線を移す。
だが、まっすぐにミハを見つめているスイを見ていると、むしろスイに感謝の気すらわいてきた。
ミハにとって話しづらいことなのかもしれないが、俺達がミハの力になりたいと思っているのは本当だ。それならば、腹の探り合いみたいなオブラートな言い方をしていても仕方ない、
同じ考えに至ったのか、アイネも少し声色を落としてミハに話しかける。
「シラハちゃんとクレハちゃんにも教えてもらったっす。色々、大変みたいっすね……」
「…………」
アイネの言葉に答えず、無言でハサミを鳴らすミハ。
鏡から見える彼女の顔からは笑顔が完全に消えていた。
そんな周囲の異常にユミフィが気づかないはずもなく、彼女は怪訝な表情で鏡越しにミハに話しかける。
「なんの話し、してるの?」
「ん? 私のビジネスの話しかな♪」
一瞬だけ、いつもの甘々な甲高い声をあげて微笑むミハ。
だが、すぐにその表情は真顔に戻る。
そしてミハは数秒ほどの沈黙をおいた後、ゆっくりと口を開いた。
「……ねぇ。スイちゃん、ライルの事はもう大丈夫なの?」
「え?」
唐突に出てきたその名前にスイが呆気にとられた表情を見せる。
「君達が出発した後にね、ギルドでライルの姿をみかけたんだ。ちょっと買い出ししてる時、偶然にね。『必ずスイは僕の物になる』って呟いてたよ……ちょっと不気味だった」
「ライルが……」
呟くようにそう言いながらスイは一気に表情を暗くさせる。
そんな彼女を心配そうに見つめるアイネ。
一呼吸おいて、ミハは励ますように優しく微笑みながら言葉を続けた。
「今はちゃんと営業が出来ているから私は大丈夫。それより、私はスイちゃんの方が心配だよ。ライルがいったい何をしようとしてるのか分からないし……それにこの子も、どうみたってわけありでしょ? ユミフィって名前、私知ってるよ」
「あ……」
そう言われて俺達は自分達の迂闊さに気がついた。
ユミフィはギルドで捜索クエストが出されているのだ。ユグドラシアというネームだけ隠していても仕方が無い。
「こうして一緒に行動しているってことは人に見つからないようにしているのかな? 来たときの様子から察するなら、かなりサバイバルな生活してたみたいだし。詮索するつもりはないけど、匿ってあげるなら偽名ぐらい考えた方がいいと思うよ――よしっ、カットは終わりかな」
何か言葉を返す前に、ミハはハサミを置いて黒いリボンをユミフィの髪に巻き付けていく。
まるで生きているのではないかと思うほど、手際よくユミフィの髪の左右にまかれていくリボン。
あっという間にユミフィの髪は、可愛いツーサイドアップへとまとまった。
「可愛い……」
鏡に映ったユミフィを見て、思わずそう呟いてしまう。
ハリネズミから一転、可憐な美少女モデルの誕生だ。
ユミフィも、髪の形が変わるだけでこうも印象が変化するとは思わなかったのか、目をぱちぱちと何度も瞬かせている。
「どうかなユミフィちゃん、気に入ってくれた?」
「……うん。お姉ちゃん、凄い。私じゃない、みたい……」
「きゃははっ♪ じゃあ私からプレゼントしてあげる」
そう言うと、ミハは部屋の奥へとかけていく。
皆の視線がその方向へ注がれる中、ミハが持ってきたのはゴスロリタイプの黒い耳あてだった。
「ほら、こうしてこれをここにもってくれば――ね?」
カチューシャのようにそれをかぶせるとミハは鏡を指さしてユミフィの注意を促す。
「あぁなるほど! 耳が丁度よく隠れるんだねっ」
「うんうん♪ この辺りだとエルフは珍しいからね。目立たないようにするには役立つかもよ♪」
トワ達の言う通り、エルフの特徴である長い耳は耳あてでぴったりと隠れていた。
もともとツーサイドアップも耳が良く見えるような髪型ではない。カモフラージュとしてなら十分だろう。
「ありがとうございます。でも、いいのですか?」
スイの問いかけに、ミハは気まずそうに笑う。
「えっと……実はこれ、シラハのお下がりなんだ。もしよかったらこれに合う服もあげようか?」
「そ、そこまでしてくれんすか!?」
「うんうん。どうせ私は着れないしね。もしよかったら使ってくれる?」
ミハは遠慮しがちにきいてくるが、こちらとしては願っても無いことだ。
体が清潔であっても服がボロボロでは意味が無いのだから。
勢いよく首を縦に振る俺達を見て、ミハはくすりと笑うとクローゼットの方に歩き出す。
「スイちゃん達はもうすぐに出発しちゃう感じなのかな?」
「そうですね。ちょっと用事があるので」
「そっかー。残念だなぁ」
「でもすぐに用事は終わりそうですから。それが終わったら、シラハさんやクレハさんと一緒に服とか買いにでかけたいですね」
「そっすよ! それまでにウチら、服のセンス磨いておくんでっ!」
「……ふふっ、そうだね。できるといいなぁ」
クローゼットの中をまさぐりながら返事をするミハ。
気のせいか、その声は少し儚げなものにきこえた。
「できるできるっ! だから信じて待っててね、ミハちゃん」
それを察知したのだろう。トワが明るい声でそう言い放つ。
するとミハはそれに対抗するように猫のようなポーズをとって振り返ると甘々な声を返してきた。
「うん。待ってるよ♪」