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251話 ミハのお手入れ

 翌日。

 俺達は、いつもよりかなり早い時間帯に目を覚ました。

 ユミフィが早く寝付いてしまったため、夕食をとらずに眠ってしまったことがかなりきいているらしく、アイネもあっさりと体を起こしてくれた。

 まだ朝食ができているか疑問だが、確認のため食堂に向かう。

 そんな俺達がシャルル亭の廊下を歩いていると――


「あららっ、今日は早いねっ♪」


 いつものメイド服とは違う、ラフなパーカーを羽織ったミハが俺達に話しかけてきた。

 

「あれ、ミハさんじゃないっすか。どうしたんすか、そのかっこ」

「ん? 今日は私、お休みだからね♪ 自由な恰好で失礼します♪」


 ミハがぺこりとお辞儀をする。

 ラフな格好にも拘わらず綺麗に形にはまったその様を見ていると、その格好が制服なのではないかと錯覚してしまう。


「あれれ? どうしたの、そんなに見つめて。もしかして私に接客してほしかったのかな? きゃははっ♪」

「いやっ……」


 からかうような笑みを見せるミハを前に、思わず視線をそらす。

 そんな俺を見てミハはくすくすと笑いながらユミフィの方を見た。


「それにしても随分綺麗になったね。ここまでとはびっくりだよ」

「うん。私も、びっくり。お風呂、凄い」

「そう? 気に入ってくれたなら嬉しいな♪ えっと――お名前、きいてもいい?」

「うん。ユミフィ・ユ――」

「あっ、この子の名前はユミフィです」


 ユミフィの言葉を切ってスイがやや早口で答える。

 その様子を見て後から気がついた。

 ユグドラシアという名前をきけばユミフィがエルフの王族だという事がバレてしまう。

 ミハ自体は信頼できるが、廊下で話すような事ではないだろう。早朝とはいえ人にきかれる可能性がある。


「そう? ユミフィちゃん。ちゃんとお手入れしてる?」

「え?」


 そしてミハも、はっきりとではないが俺達がそういった事情を抱えていることを察しているようだ。

 少し怪訝な表情をしつつ、深入りする事無く話題を変える。


「昨日よりはおさまってるけど、まだちょっとボーボーだからさ。ちゃんと髪切ってるのかなって♪」

「噛み切る……? うん。食べる時、ちゃんとかんでる」

「ん??」


 ユミフィの言葉に数秒ほど、俺達は固まってしまう。

 そのすれ違いをいち早く察したのはトワだった。


「ア、アハハッ! ユミフィちゃんってばさむいなー! 髪の毛の事だってば!」

「髪の毛、切る? なんで? 勝手に抜けるのに」

「っ……」


 ユミフィがボケでそう話している訳ではないことは、ミハにもすぐに伝わったのだろう。

 ミハは、小さく息をのむと笑顔を作り直してユミフィに話しかける。


「う、うん。まぁそうなんだろうけどさ。それだとボサボサしちゃうじゃない? もしよかったら私が切ってあげようか?」


 人差し指と中指でハサミのジェスチャーをしながらにこにこと笑うミハ。

 一瞬でここまで自然な笑顔ができるのはさすがプロといったところか。


「あれ、ミハさんって髪の毛も切れるんすか」

「もちろん。私、アイドルだから♪」


 意外そうな顔を見せるアイネにミハがそう言いながら胸を張る。


 ――そういえば、ミハはなんでもできるって言ってたっけ……


「ならお願いしましょうか。どうせなら思いっきりおしゃれした方がいいでしょう」


 そう言うとスイはさりげなく俺の近くに体を寄せてきた。

 そのまま視線をずらさずに小声で俺に話しかけてくる。


「……体を洗ってあげただけでここまで変わるんです。そうした方が、都合がいいと思うんですよね」

「そうか……」


 理由は分からないがユミフィは追われている身だ。

 あのボロボロの格好からおしゃれな格好になれば、それだけで変装を兼ねることになる。

 今のままでも十分イメージは変わったといえるが、とことんやれるだけやった方が良いだろう。


「ならお願いしましょうか。カットだけならそこまで時間もかかりにくそうですし。ユミフィ、ちょっと髪を切りましょうか」

「うん? なんで?」

「そっちの方が可愛くなれるからですよ」

「そうなの?」


 スイの言葉を確かめるように、ユミフィが俺の方を見上げてくる。

 とはいえ、女性の髪について知識など全くないしミハがどのようなカットをするのかも分からない。

 だが――どうにも、ミハが失敗するイメージが持てない。その感覚に従って、俺はユミフィに向かって首を縦に振った。

 すると、ユミフィは安心したようにミハの元に近づいていく。


「分かった。お願い」

「そう? ならちょっと私の部屋においでよ。こっちこっち」




 †




 ミハの部屋は、かなり地味系のものだった。

 しっかり整理はされているが、特に女の子らしい物があるわけでもない。

 甘々な声でアイドルを自称する少女から抱くイメージにはつながりにくいその様に驚いているのは俺だけではないらしく、スイ達もコメントし辛そうな表情をしている。


「んじゃ、ちゃちゃっと始めるよっ♪ ユミフィちゃんは好きな髪型とかある?」


 ミハの部屋の中で目立つものがあるとすれば、それは壁にかけられた縦長の鏡だ。

 その前に椅子を用意してユミフィを座らせシートをかける。簡素な理髪店のようだ。


「髪型?」

「どんな形の髪にしたいってことだよっ」


 首を傾けるユミフィにトワがそう説明する。

 だが、ユミフィはあまりピンときていないらしい。


「んー……んー?」

「じゃあほら、この髪型の中から選んでよ♪ どんなふうになりたい?」


 いつの間に持ってきていたのか、ミハはユミフィの前で雑誌を広げる。

 その中にはユミフィぐらいの女の子が色々な髪型をしながら笑っている姿があった。


「凄いですね。こんな雑誌まで揃えているのですか」

「アイドルだからね♪ 流行には敏感になっておかないといけないから♪」

「なるほど……こういうのをクレハちゃんは読んでたんすかねー」


 ユミフィの後ろからアイネがじっと雑誌の女の子を見つめている。

 この雑誌は髪型をピックアップしているため、あまり全体が映ってはいないがモデルをやっているだけあって皆おしゃれだ。

 と、クレハの名前が出たせいだろうか。ミハの視線がユミフィからこちら側に移る。


「あ、そういえばクレハと話せた? 私の妹なんだけど」

「はい。一緒に服を選んでくれましたよ」

「へー? 結構、人見知りなんだけどね。あの子」

「ミハさんの名前を出したら話してくれましたよ。お姉ちゃんが大好きなんですね」


 俺がそう言うとミハは一瞬、目を丸くした後、照れくさそうに笑う。


「きゃははっ♪ たしかにねっ。でも、私の名前を出しただけでクレハが――」

「これ、可愛い」

「ん? 決まった?」


 ユミフィの声できくと、ミハは自分の言葉を切って彼女に視線を移す。

 俺からではユミフィがどんな髪型をさしているのか把握することができないが――ミハのにこりと笑った表情を見る限り、期待してよさそうだ。


「どれどれ……ふふっ、オッケー、任せてね♪」


 ミハはご機嫌な様子でユミフィから雑誌を受け取る。

 それを片し終えると彼女は軽く鼻歌を歌いながらユミフィの髪をカットしはじめた。

 チャキチャキチャキ、とリズミカルなハサミの音が周囲に響いていく――

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