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249話 本来の色

「え? どうした?」

「わ、分かんない……ちょっとしびれただけ」

「そうか……」


 なるほど。たしかに体を洗っていると時々しびれたような感覚がする時がある。

 あるあるだ、これは。うん。よくあることなんだ。

 なんか自分の手がユミフィのお腹の下の方にある気がするが、ただの偶然だろう。


「じゃあユミフィ、自分でやってみな。俺がやるとしびれるかもしれないから」

「分かった……」


 少し寂しそうな声の後、俺の手からタオルが離れていくのを感じた。


「えっと。これ、こすればいいの?」

「そう。しっかり汚れ落とすんだぞ」

「うん。んしょ……」


 しばらくの間、無言でごしごしという音が周囲に響く。

 その間、何もしないというのも変に緊張が高まるだけなので、俺はユミフィの姿が見えないように座り自分の体を洗い始めた。


「お兄ちゃん。もこもこ、なっちゃった」

「オッケー。そしたらその泡を流してくれ。そこをひねればいいから」

「この丸いの?」

「そうそう。赤い輪っかがついている方な。青い方だと冷たい水が出るぞ」

「分かった」


 そんな会話をしていくと自然と緊張も和らいでいく。

 異性というより子供のような感覚だ。お風呂の入り方を教えるにしては大きすぎるような気もするが子育てをするというのはこんな感覚なのだろうか。


「ね、見て!」

「うおっ!?」


 と、思ったのも束の間。

 横から急に現れたユミフィを確認し俺は思いっきり目を瞑る。


「なんで目、瞑ってる?」

「……大人だからだよ。洗い終わったらタオルを巻いて」


 俺にはスイ達のように気配とか敵意を察知する事ができない。

 そのため不意打ちを受ける可能性があるのだが――流石はレベル2400。例え不意打ちであっても反応は完璧だ。

 自分の反射神経を自画自賛しながら俺は黙々と自分の体を洗い続ける。


「タオル、巻いたよ」

「うん、じゃあ――うわっ!?」


 ユミフィの声に反応して振り返ると、俺は思わず上ずった声を出してしまった。


「白っ――!?」


 ユミフィの体が土まみれだと言うことは分かっていたが――まさかここまで変わるとは。

 髪の毛はボロボロのままだが、こうしてしっかり洗ってみるとユミフィの肌は雪のように白く、そしてとてもみずみずしい。

 タオルから露出している部分だけ見てみても、はっきりとそう感じることができた。


「うん。これ、白くなる薬?」


 そう言いながら石鹸を指さすユミフィ。

 自分の腕をまじまじと見つめながら僅かに口元を上げている。


「白くするっていうか、それがもともとのユミフィの肌の色なんだよ。これは汚れを落とすために使うものだ」

「そう……なんか、普通のエルフ、なったみたい」


 ほっこりとした表情でつぶやくようにそう言うユミフィ。

 それをきいて、少し胸がズキリと痛んだ気がした。


「えっと、頭洗うから。ユミフィ、目を閉じて」

「ん? うん」


 俺の言葉に従って目を瞑るユミフィ。

 そのあまりに無防備な姿に妙な感情が湧いてしまうあたり、俺は子育てには向いていないのかもしれない。

 ともかく、俺はユミフィの髪にシャワーをあてはじめる。


「熱くないか?」

「うん。丁度いい」

「目に泡が入るとしみるから気をつけろよ」

「ん」


 とは言ったものの、ユミフィの髪に手をつけても全くシャンプーが泡立つ気配が無い。

 予想はしていたが相当の汚れのようだ。


「なぁユミフィ。エルフって水浴びはどうしてたんだ?」

「分からない。私以外のエルフ、汚くならない」

「あ、そう……」


 淡々と言い切るユミフィを前に思わず言葉が切れる。

 エルフが汚くならないというより、ただユミフィがお風呂に入れてもらえなかっただけではないだろうか。


「家族はどんな人がいるんだ?」

「分からない。私、石の部屋にいた。痛いことされる時だけ、だれか来た」

「なんでそういう事されたのか心当たりは?」

「分からない……ずっと分からない。最後に痛いことされた時、妖精、来てくれた。皆、眠っちゃったから、逃げた」

「そうか……」


 ユミフィが少し震えているのを感じて、俺は話題を切り上げることにした。

 やはりユミフィが虐待を受けていた事は間違いない。

 王族の間にもそういった問題があるのは意外だったが――ともかく、頭を洗う事に集中する。

 エルフ特有の長い耳が意外に邪魔だったが、すぐに慣れてきた。


「んっ……」

「痛くないか?」

「うん。でも今、何やってるの?」

「頭洗ってるんだよ。やったことないか?」

「ない。水浴びする時、池に飛び込んで、終わり。襲われるかもしれない。だから、じっくりやらない」


 なんとも反応に困るコメントを次々に口走るユミフィ。

 言葉の端々を拾うだけでも彼女が苛酷な環境で生きていた事を察することができる。


「んんっ……いつまでゴシゴシ、する?」

「あぁ。ごめんごめん」


 ふと、ユミフィが振り返って俺の事を見上げてくる。

 ちょっと力を入れすぎただろうか。

 とりあえず彼女の髪を流してもう一度シャンプーを手に取る。


「まだやるの?」

「あぁ。結構汚れてるみたいだからな」

「そう」


 一応、予洗いはしたつもりだったがそれでも落としきれない程に汚れがひどい。

 土はかなり落ちたようで色はだいぶ鮮やかになってきたが――

 気を取り直してもう一度ユミフィの髪にシャンプーをつける。

 すると今度はちゃんと泡が立ち、ユミフィの髪を包んでいった。


「あれ? もこもこ、する?」

「二度目だからな。これでも少ないぐらいだ」

「そういうもの?」

「あぁ。自分でもできるように練習するんだぞ」

「うん。頑張って泡、出せるようにする」

「いや、そうじゃなくてさ……あっ、目は閉じとけよ。しみるぞ」

「うー……」


 どうやらユミフィは泡に対してかなり興味を持っているらしく少し不満げな声をあげている。

 それでも彼女は素直に俺の言葉に従っていた。大量の泡をシャワーで流し今度はトリートメントをかける。


「目、開けちゃだめ?」

「そうだな。一応閉じといてくれ」


 手ぐしをかけるようにユミフィの髪全体にトリートメントをなじませていく。

 気づけば、あんなにボサボサだった彼女の髪がさらりとしたものへと変わっていた。


「あれ、なんか髪、柔らかくなった」

「そうだな……ふふっ。目、開けてみな」


 念入りに流した後にユミフィにそう声をかける。

 ぱちりと目をあけるユミフィ。


「……髪の色、変わった?」

「変わったというか戻ったってところだな」

「へぇ……」


 汚れが完全に落ちたことで分かったが、ユミフィの髪の毛は綺麗な銀色をしていた。

 これがもともとの髪の色だったのだが――それをユミフィは認識していなかったのだろう。信じられないといいたげに眼を丸くしながらおそるおそる自分の髪に手を伸ばす。


「髪、指が通る……」


 何回か手ぐしを通しながらため息をつくユミフィ。

 しばらくそれを繰り返すと彼女はゆっくりと俺の方を見上げてきた。


「お兄ちゃん、凄い。いったい、なにしたの?」

「はははっ。ただシャンプーとトリートメントしてあげただけだって」

「シャン……メン? くしゅ……」


 ふと、くしゃみをするユミフィを見て思い出した。

 俺達はまだ一回も湯船につかっていない。ユミフィの体を冷やしてしまっただろうか。


「あぁ悪い。湯船入るか」

「ふね? あの池のこと?」

「そうそう。ついておいで」

「うん……」


 洗い場から湯船に移動する俺の手をユミフィがそっとつかんできた。

 その微笑ましく愛らしい姿に頬が緩んでしまう。

 そのままユミフィをゆっくりと湯船につからせていく。バスタオルごとなのは目を瞑ってもらうとしよう。


「わぁ……あったかい……」

「こういうの、初めてなのか?」

「うん。知らない。これがお風呂……」

「そうだよ。今度からしっかり入ろうな」

「うん。入る」


 その表情を見たとき、俺は思わず息をのんだ。

 こくりと頷きながら頬をゆるめ僅かに首を傾けたユミフィの顔。

 髪をしばることもせず、だらしなく湯船につからせているのにも拘わらず、その笑顔はとても上品で美しく見えたのだ。


「ね、お兄ちゃん。まだ私、よく分かってない」


 と、ユミフィの声で我に返る。


「え……分かってないって何が?」

「さっきの」


 洗い場の方を指さした後に、ユミフィは頭をくしゃくしゃとかき回す。

 どうやら頭を洗うジェスチャーをしているようだ。


「だから次も一緒、いい?」


 そう言いながら首を傾けるユミフィ。

 その愛くるしさに見惚れてしまった俺は、考えるよりも前に首を縦に振ってしまった。


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