247話 担当者
「……凄い」
部屋にたどりつくと、真っ先にユミフィが感嘆のため息を漏らす。
この部屋にはサラマンダーを倒した後、宿泊した事がある。それでもこの広さには圧倒されてしまうのだからユミフィにとってはもっと衝撃が強いことだろう
「とりあえずユミフィ。お風呂入りましょうか」
「このまま寝たらいくらミハさんでも怒られそうっすからねー」
「そんなことしない。ここ、凄く綺麗だから。私、寝たら汚くなる」
「アハハッ、すぐにユミフィちゃんも綺麗になるよ」
トワの言葉に、自虐的だったユミフィの口元が僅かに緩んだ気がした。
たしかに今のユミフィはあまりに不潔であるが――そんな問題はすぐに解決することだ。
「じゃあユミフィ、お風呂はあそこだから入ってきな」
「お風呂?」
「うん。すっごく広くて気持ちいいっすよー」
アイネが両手を大きく広げながら明るく笑う。
しかし、ユミフィはピンと来ていない様子で眉をひそめるだけだった。
「…………?」
数秒の沈黙。
その後にようやくトワが、ユミフィが何故そんな言葉を出したのか察する。
「え? もしかしてお風呂しらないの?」
「うん……」
その言葉に全員の視線が一気にユミフィに集まった。
もしかしてエルフには、お風呂に入る習慣がないのかと思ったが――そういうわけでもなさそうだ。
「えと……ユミフィちゃんって、体洗ったことある?」
「水浴びのこと? あの部屋、池、ある?」
「池……ま、まぁそんな感じっすね」
「部屋の中、なのに? どういうこと?」
ユミフィの言葉に、俺達はやや引きつった顔で視線を交わす。
ある程度察してはいたものの――この少女が文明的なものとは無縁な生活を送っていたことを改めて突き付けられた感じがして、気分が重くなる。
「……えっと。私、ついていきましょうか」
「そうだな。なんか不安になってきたよ……」
この調子では一人でお風呂に入る、ということもうまくできそうにない。
水浴びという単語を知っていることから最低限体を洗うことはできそうだが、シャンプーとかの意味も理解してなさそうだ。シャワーの使い方すら知らないだろう。
ここはスイに同伴を任せた方が安心か。
「分かりました。ユミフィ。私と一緒に入りましょう」
「水浴び? 私と?」
「はい。一人だとよく分からないでしょう?」
「外に出るの?」
「えと……違います。この建物の中に水浴びができる場所があるんですよ。あっちの方に」
そう言いながら、スイは浴室の方を指さす。
だがユミフィは怪訝に眉をひそめたまま動こうとしない。
「……お兄ちゃんは?」
不安そうに俺の方に視線を移してくるユミフィ。
「ん? 俺はここで待ってるよ」
「え……」
ふと、ユミフィの表情が一気に凍りついた。
「な、なんで……なんでスイと二人なの……?」
そう言いながら、じっとスイを見つめるユミフィ。
一歩後ろに下がり、僅かに体を震わせながらスイに対し睨むような視線を送っている。
それを受けて、きょとんとした顔を浮かべるスイ。だが、すぐにその意味を察したのか、慌てた様子で
「ちょっ――待ってくださいユミフィ。私、別に痛いこととかしませんよ?」
「なんでお兄ちゃん、こない? なんで……?」
ユミフィが半泣きになりながら俺に訴えてくる。
そんな表情を見て、スイは小さくため息をついた。
「……困りました。さすがに私が信頼を得るには今日だけでは無理ですね……」
「んー……じゃあウチも無理そうっすね。結構威嚇してたし……」
やや自虐的にほほ笑む二人。
こうなると選択肢は――
「なら、リーダー君が洗ってあげなよ」
トワの言うものしか無い。
――まぁ、そうなることはなんとなく分かっていたのだが。
敢えてそう言われると躊躇してしまうものがあった。
「マジで言ってるのか?」
「マジマジ」
「…………」
すがるように俺の事を見つめてくるユミフィ。
どうも断れる雰囲気ではない。
「ユミフィは嫌じゃないのか?」
「なんで?」
「いや……俺だぞ?」
「どゆこと?」
怪訝な顔で首を傾けるユミフィ。
なんとなくそうなのではないかと思ってはいたが――彼女はまだ性の違いをそこまで認識していないようだ。
だが、そういう相手なら変に意識する方が逆効果だろう。
俺は一度、深呼吸をするとユミフィと向き合って声を出す。
「分かったよユミフィ。一緒に入ろうか」
「……?」
訝し気な表情は変わらずだが、少しは緊張がとけたのか。
ユミフィはゆっくりと俺の方に近づいてくる。
「大丈夫。痛いことはしない。体を洗うだけだ。気持ちいいぞ」
「そう……なら、お兄ちゃん、私も、洗う」
「あ、あぁ……よろしくな……」
そのまっすぐに向けられた綺麗な瞳を見返すのは、どこか恥ずかしくて――
半ば反射的に、俺はユミフィの髪をなでていた。