246話 スマイル
「いらっしゃいませー♪ ようこそシャルル亭へ。きゃはっ♪ ――って、あれ?」
シュルージュのシャルル亭。
その扉を開けると、陽気な少女の声が真っ先に聞こえてきた。
耳に飛び込む特徴的な甘い声――
その主と別れてからさほど日にちは経っていないのだが、その声はとても心地よく、懐かしいとも感じてしまう。
「あ……あれあれ? ど、どうしたの!? なんか格好変わってる??」
その声の主――ミハは、目を丸くしながら俺達の方にかけよってきた。
……それもそのはず。
彼女の言うとおり、俺達は前回ここを訪れた時とは格好を変えていた。
スイとアイネはカーデリーで買った服装を。俺は、アイネの戦闘服を着ている。
スイとアイネに関しては髪型もお互いのものに入れ替えていた。
――これは、俺達なりのミハに対する配慮だった。
カーデリーではそういうことはなかったが、シュルージュではスイは悪い意味でかなり目立ってしまっているし、魔術師も嫌われている。
そんな俺達が訪れてしまっては、ミハに対して迷惑がかかってしまうのではないか――そう考えて、簡単なものだが変装をしてみたのだ。
幸い、アイネの道着のような戦闘服は、男の俺でも着ようと思えば着る事ができる。
少し小さい感じはするが、いつもアイネが腰に巻いている藍色のリボンを外してしまえば男の俺が着ていてもそこまで違和感が無い格好だ。
「えっと……すいません。俺達、泊まれますか?」
ロビーにはそれなりの人数の冒険者が集まっている。
そんな彼らが俺達の方に興味を示していない事を確認して、俺はそうミハに話しかけた。
「もちろんだよっ! まさかこんなに早く再会できるなんて思わなかったし……あれ、カーデリーに行くんじゃなかったの?」
「行ってきたっすよ。んで、そこでのクエストが終わって――」
「ホント!? こっからカーデリーって馬車でも片道一日半ぐらいかかるのに!」
ミハの指摘に、アイネがハッと息をのむ。
俺達はトワのおかげでここまで来ることができたが――ミハの言う通りそれはかなり異常な事だった。
だがスイはそんな事は読んでいたと言わんばかりに平然と言葉を返す。
「ギルドが手配してくれた馬が優秀だったので思ったより時間はかかりませんでしたよ。それにクエストは彼がいるので楽勝でした」
「へー……そうなんだっ! さっすが♪」
俺の方に視線を移しウィンクを投げてくるミハ。
妙に意味深に感じる視線がくすぐったい。
「それで、今日はお泊りかな?」
「はい。四人部屋でお願いできますか。この子を清潔にしたくてですね……」
「あらら。こんばんは♪」
スイがユミフィの事を指さすと、ミハはにこりと笑いながら視線の高さを合わせる。
「……ぅ」
対照的にユミフィはかなりミハの事を警戒しているようだった。
俺の後ろに隠れるように回り込んでミハの視線から逃れようとする。
「大丈夫だよ。この人は痛い事しないから。信じてくれ」
「ん……」
なるべく優しく、ユミフィの頭を撫でながらそう話しかける。
するとユミフィはおそるおそると言った感じでミハの前に姿を見せた。
「うんうん。なかなか可愛い女の子だね♪ お外で遊び過ぎたのかな?」
「そうかも……」
「そっかそっか。元気だね♪」
つん、としたユミフィの態度の前にもミハはペースを崩さない。
見るからに不潔な髪も、全く躊躇することなく撫でてユミフィをあやしているが――初対面の子供に対してこんな対応ができる人がどれだけいるだろうか。
人見知りの子に対する態度は、クレハで慣れているのだろうか。
もっとも、あの子はかなりのお姉ちゃんっ子だったが。
――やはり、ミハは凄い人だ。改めて尊敬してしまう。
「あっ、そうそう。四人部屋だったよね。前使った大部屋なら空いてるけど、大丈夫?」
と、思い出したように表情をハッとさせてミハがそう問いかけてきた。
それに対しスイがすっとギルドカードをミハに手渡す。
「はい。これで」
「まいどあり♪ 場所は分かるよね?」
「大丈夫っすよ。覚えてるっす」
「アハハッ、そんな記憶力悪くないよー」
「そう? じゃあこれ、鍵だよ♪」
「はい。お世話になりますね」
ミハから鍵を受け取ると、スイはぺこりとお辞儀をして階段の方に歩き出す。
皆もそれに付いて行って歩き出したその時――
「ね。あの子って森から来た?」
ふと――ミハがささやくように俺に向かって話しかけてきた。
その表情からはいつもの甘い感じが消えている。
図星をつかれた事もあり絶句していると――
「分かるよ。だって私だって……ね?」
切なそうに笑うミハ。
「事情は分からないけど何かできることがあったら言ってね。協力するよ」
その表情を見て思い出す。
ミハは昔、森でサバイバル生活をしていたことがあるということを。
ユミフィを見て、自分と同じような状況にいた事を察したということだろう。
「ありがとうございます。でもミハさん……それは俺も同じですよ」
「えっ?」
きょとんとするミハに対し、俺は左手をミハの方に差し出した。
そこにはカーデリーを出る時にシラハとクレハからもらったバンクルと指輪がはめられている。
「あっ、そのバンクルと指輪……もしかして……」
「王子様みたいですね。俺」
「いっ!?」
ロザリオに刻まれている俺には読めない文字をミハに見せると、彼女はあからさまに動揺した様子を見せてきた。
「あ、あれー? こ、こんなこと書いたっけな、私……きゃはは……」
顔を真っ赤にしながら視線を泳がすミハ。
俺に気づかれないと思っていたのか、それともこの文字を刻んだことそのものを忘れていたのか、その表情からは察知できない。
「リーダー? どうしたんっすかー」
「アハハッ、置いてっちゃうぞー!」
と、後ろの方から皆の声がきこえてくる。
するとミハは、ほっとため息をついてにこりと笑った。
「とりあえず行ってあげて。私は大丈夫だから……♪」
「はい」
後からよくよく思えば――
その綺麗に作られた笑顔は、あからさまに作られた営業スマイルだった。