245話 新たな仲間
「はい。じゃあコレ」
トワが出してきたのは黄金に輝く巨大な杯。
トーラを出る時に使った絆の聖杯だ。
そういえば、とカーデリーを出てからこの聖杯でパーティを組みなおしていなかったことを思い出す。
「なにコレ?」
絆の聖杯を見ると、ユミフィはちょんちょんと指でそれをつつきながら俺の事を見上げてきた。
スイやアイネの様子からこのアイテムは当たり前に知っているものだと思っていたが――俺が言うのもなんだが、この子は世間知らずなのだろうか。
「パーティを組む時に必要なアイテムだよっ、じゃあスイちゃんお願い」
「はい。ではこれで」
陽気な声で答えるトワの言葉に、スイが一回頷いて剣を抜く。
「そういや先輩、ナイフ持ってたっすよね。なんで剣なんすか?」
「アレ食べ物用だし、あんまり血はつけたくないでしょ」
「果物ナイフでレシルと戦ってたんすか……」
「緊急事態だったしね」
その会話の意味は俺にはよく分からなかったが、内容から察するにスイは果物ナイフを携帯しているようだ。
ふと、スイと最初に会ったことを思い出す。たしか彼女はりんごをくれたが――そこにムカデの体液が付いているのではないかと考えるのは杞憂だったらしい。
今更ながらほっと胸をなでおろす。
「……何、やってるの?」
ふと、くいくいとユミフィが俺のコートの裾を引っ張ってきた。
俺の注意を引いた事を確認すると、ユミフィはスイ達の方を指さす。
見ればスイとトワが絆の聖杯に血を入れている姿が確認できた。
絆の聖杯を知らない彼女にとって、今の状況は蚊帳の外に軽く追いやられたようなものだろう。少し気まずそうに眉をひそめている。
「ごめんユミフィ。俺達がパーティを組むには、この杯の中に血をいれる必要があるんだ。我慢できるか?」
「血? 分かった」
こくりと頷くユミフィ。
すると彼女は背中の矢筒から一本の矢を取り出して――
自分の腕に思いっきりそれを突き刺した。
「ちょっ!? は!?」
その行動に、思わず悲鳴をあげる。
瞬時に皆の注意が俺達に集まり――
「こう?」
俺達が絶句する中、腕に突き刺した矢をえぐるように左右に動かすユミフィ。
その腕は真っ赤に染まり、指からは大量の血が滴り落ちる。
あまりに異常な光景だったが、それをするのが当然と言わんばかりにユミフィは淡々と自分の血を絆の聖杯の中に入れていった。
「い、いえ……その、そんなに入れる必要は……」
かすれた声でスイがユミフィに話しかける。
きょとんと首を傾げるユミフィ。
「そうなの……?」
「こうやって指を切るだけでいいんすよ……」
「そう」
スイの剣で軽く自分の指を切るアイネ。
それに対するユミフィの声はあまりに淡々としたものだった。
「と、とにかく治すぞっ! ほらっ!」
慌ててヒールウィンドを使って彼女を治療する。
エメラルドグリーンの光に包まれる中、ユミフィは目を丸くしながら自分の腕を見つめた。
「また治った……お兄ちゃん、神様?」
「いや、違います……」
あまりに真顔で聞かれたものだから、つい丁寧語になってしまった。
そんな俺に苦笑しながらアイネが剣を渡してくる。
「はい、ウチらも入れたからどーぞ」
「う……」
つい受け取る事を躊躇してしまう。
絆の聖杯に血をいれる事は初めてではないのだが、あの痛みは味わいたくない。
平然とやってのける彼女達の前で情けないことは百も承知なのだが――
「お兄ちゃん、怖いの?」
「えっ……」
俺の顔をのぞきこみながらユミフィが話しかけてきた。
言葉を詰まらせる俺を見て察したのだろう。納得したように頷くと手に持った矢を俺の方につきつけてきた。
「それなら私、やってあげる……」
「ちょっと待て!」
その姿に異常なまでの威圧感を感じ、思わず一歩後ずさりする。
「ユミフィ、君は痛いのが嫌だったんじゃないのか?」
「うん。もう痛いの、いや」
「だったらなんで、あんな事を……?」
「あんな事……? あ、これ?」
「やめろって!!」
自分の腕に矢を突き刺そうとするユミフィを見て、俺は慌てて彼女から矢を取り上げる。
「……お兄ちゃん、早い」
「そ、そうか……」
まじまじと手を見つめながら、ぼそりと呟くユミフィ。
褒められているはずなのだが何故かグサリと胸にくるものがあった。
「でもさっきの、そこまで痛くない。ちょっとズキズキするだけ。全然、我慢できる」
「っ……」
真顔で話すユミフィを前に、俺達は言葉を失う。
――この子、一体何されてたんだ……?
彼女が言う『痛いこと』というのは、腕に矢を刺す以上のものだったということか。
と、次にアイネが放った言葉に、俺は違う意味でさらに絶句する事になる。
「それにしてもユミフィー。なんか臭わないっすか?」
「ちょっ――!?」
敢えて。
敢えて考えないようにしていたのだが。
このユミフィという少女は臭い。
泥と汗と血。そしてそこに獣のような匂いが纏わりついていて実はかなり不快だった。
だが、あまりに直球に――しかも女の子に対してその台詞はあまりに残酷に過ぎないだろうか。
「うん。私、臭い」
と思っていたのだが、ユミフィは対して気にそぶりをみせていない
「そ、そーでもないんじゃないか……?」
「お兄ちゃん、鼻悪い? 私、水浴びしてない。全然」
一瞬、演技をしているのかもしれないと思ったがどうやら本当に気にしていないらしい。
ユミフィは本気で俺の事を心配しているような表情をしている。
そのズレた対応に、スイは苦笑しながら口を開いた。
「とりあえずユミフィを清潔にしてあげた方がいいですね。この髪とかも物凄く痛んでいますし……」
「ゆーてここまで不潔だと携帯シャワーじゃー……」
言葉を選ばないアイネに苦笑いしか出てこない。
同性ということもあって言いやすいのかもしれないが――
ただ、悪気が無いのは分かるしユミフィが全く気にしている様子を見せないのでスルーしておく。
「じゃあやっぱり野宿は止める? ボクが送ってあげるよ」
俺達の顔色をうかがいながらトワがそうきいてきた。
少しの間、皆は考え込み沈黙する。
「……トーラに戻るか。アインベルさんなら事情を話せば分かってくれるはず」
真っ先にあがる選択肢はそれだった。
正体不明の俺を快く受け入れてくれた人だ。信頼できる人だというのは間違いない。
だが、その名前に聞き覚えのないユミフィは怪訝な顔を浮かべてくる。
「アインベル……?」
「ウチの父ちゃんっす。トーラのギルドマスターやってるんすよ」
「ギルドッ!?」
と、ユミフィの表情が一気に凍りついた。
「やだっ!! ギルドの人、やだっ!!」
淡々としていた声色が一気に混乱の色に染まる。
頭を抱え込んでうずくまるユミフィ。
「落ち着けユミフィ。別にアインベルさんは……」
「いやっ! ギルドの人、私、エルフの国、渡すっ!」
そんなユミフィを見て、アイネが口をおさえる。
流石に自分が失言をしてしまったことに気づいたのだろう。
だが、ここまでギルドというものに対して嫌悪感を示しているのであればどのみち同じだったはずだ。
少なくとも、出会ったばかりの段階でギルドに連れていくのは無理だろう。
「……分かった。それならギルドの人の目から隠れられて、しかも信頼できる人のところにいこう」
ユミフィの背中をさすりながら俺は皆にそう問いかける。
今まで俺達が関わってきた中で、ギルドの者でなくかつ信頼できそうな人といえば誰か。
それは言葉に出さなくても皆すぐに察したようだった。
「……そうですね。迷惑をかけるかもしれませんが……」
「アハハッ、なら早速戻ろうかっ。シュルージュにっ!」