244話 汚れたエルフー2
「先輩の技をかわしたぐらいっすからね。何か普通じゃないとは思ってたんすけど……森の加護って……」
「アハハッ、なんかボク達にはイメージしづらいねっ」
そう言いながら苦笑するアイネとトワ。
「そうなの……? 妖精、森の声がきこえるはずなのに……」
と、ユミフィがトワに対し眉をひそめながら話しかけてきた。
「え? 妖精に会ったことがあるの?」
「エルフの国、逃げる時、助けてくれた……その時、言ってた。妖精、森の声がきこえるって……」
「へー……そうなんだ……?」
ユミフィの言葉に、トワが視線を泳がせる。
「ゴメンね。ボクにはその森の声っていうのはきこえないなぁ。妖精もそれぞれいるんだよっ」
「そう……」
少し残念そうに顔を伏せるユミフィ。
そんな彼女に対しスイが膝を地面について顔をのぞきこむ。
「森の声というのは貴方にもきこえているのですか?」
「うん。なんとなく……森の、意思? 分かる……」
そう言いながらユミフィは逃げるように視線をそらす。
「森の声って……そんな話しきいたことないですけどね……」
「っていうか木ってしゃべるんすか。そこから意味わかんないっすよ」
「しゃべる、違う。意思、感じ取れる。それだけ」
「う、うーん……?」
ゲームでエルフのキャラをメイキングしても森の声なんてきこえてこなかった。
彼女の言うことはどうもピンとこない。
「木、私、護ってくれる……私、森に感謝してる……色んな人、捕まえに来た……でも、逃げられた……森のおかげ……」
周囲の同調を得られないせいだろうか。ユミフィが不安げな顔をみせている。
こちらとしては疑っているつもりはないのだが――
「あっ! 思い出したっ!!」
どう話しかけたらいいものやと悩んでいると、トワが急に声を張り上げた。
全員の視線が一気にトワに集まる。
「どうした、トワ」
「どうしたって――ユミフィって名前だよ。ほらっ」
手をばたばたと振りながら飛び回るトワ。
「ギルドの! シュルージュギルドで人探しのクエストにあったじゃん。ほらっ!」
そう言いながらトワは体を前屈みにする。
その必死な様子を呆然とみていると、ふとシュルージュでの記憶がよみがえってきた。
「――あっ! あの子かっ! 行方不明のエルフッ!」
シュルージュでライルと出会った後、トワとアイネと一緒にクエスト掲示板を見たことを思い出す。
その時にユミフィというエルフの女の子が行方不明者として張り出されていたのだ。
「あー……! そういえば、そんな話しもしたっすね……お礼の額も結構高かったような……」
「ちょっと。どういうことですか?」
と、スイが困惑した様子で口を挟んできた。
その時、スイは別行動だったから心当たりが無いのも当然だろう。
「シュルージュギルドに初めて行った時、一回スイと別れただろ。スイを待っている間にクエスト掲示板を見てたんだ。そしたらこの子が行方不明ってことで張り出されてたんだよ」
「じゃあギルドの人はユミフィを保護しようと――」
「違うっ!」
ふと、張り詰めたユミフィの声が周囲に響く。
急にあがった悲鳴のようなその声に、俺達は唖然としながらユミフィを見た。
「保護、違うっ……! あの人たち、痛いことするつもりっ……!」
「ちょっ、落ちつい――」
「だって凄い怖い目、してた……! 私、見たとき『せっかく見つけた金を手放すわけない』って……最近、魔術師、攻撃きたっ……」
再び泣きじゃくりながら必死に訴えるユミフィ。
あまりに悲痛な姿に、落ち着けと声をかける事もできなかった。
「私、人、会わないよう、してる……冒険者の人、私見る、ギルド、引き渡す……!」
「それは行方不明のクエストが出てたから――」
「いやっ! いやっ! エルフの国、戻りたくないっ!!」
そう叫びながら、ユミフィは頭をかかえこんでその場にしゃがみこんでしまう。
「も、もう……痛いの、やだっ! やだよおっ……」
絞り出すような声色に胸がズキリと痛むのを感じた。
しばらくはユミフィから話しをきくのは無理そうだ。
そうスイも考えたのだろうか。彼女は一つため息をつくと俺達に向かって話し出す。
「……なるほど。私達を攻撃した理由は分かりました」
「え? どういうこと? そんな話ししてたっけ」
「リーダーと戦闘訓練を始める直前、私とアイネがリーダーに向けていた攻撃の気配をこの子は誤解して察知したということです」
「あー、なるほどー……」
スイの言葉にアイネがうんうんと頷いている。
「気配を察知……そんなことができるのか?」
「当たり前じゃないっすか。そうじゃないと魔物に不意打ちされちゃうっすよ」
「そ、そう……」
俺には全く分からないが――自信満々にそう言うアイネを見ていると聞き返すのが恐ろしくなってくる。
「事情は分かりました。ユミフィ、先ほどは強く迫ってすいませんでした。私達は痛いことはしないですし、貴方をギルドに渡すこともしません」
と、いつの間にかスイは膝を地面につけ、ユミフィに向かって声をかけていた。
「そっすね。なんか大変みたいだし……すんませんっした」
「ゴメンねー」
優しい声色でアイネとトワが続く。
するとユミフィがゆっくり顔をあげ、ぼそぼそとした声で話しはじめた。
「……ううん。私こそ、ごめんなさい……」
涙こそ残っているがだいぶ落ち着いたようだ。
ユミフィの息は、かなりおさまっている。
それを見計らったように、トワがユミフィに向かって話しかける。
「でも、これからどうするの? まさかこのまま一人で逃げ続けるわけじゃないでしょ?」
「それは――」
途端に表情を暗くするユミフィ。
それを見て、皆の視線が一気に俺に集まった。
――ま、考えることは一緒か……
「俺達のことを信じてくれるなら、一緒にくるか? それなら痛いことは絶対されないぞ」
「……いいの?」
おそるおそるといった感じでユミフィが俺に話しかけてくる。
それに対して頷くと、皆も俺に続くように声をあげた。
「構いませんよ。むしろここで突き放す方が違う気がします」
「そっすねー……リーダーもあぁ言ってるしウチに拒む理由はないっすよ」
「友達ってのはいつも突然できるものだしねっ!」
二、三度。ユミフィは俺と皆の顔を交互に見つめる。
そしてしばらくすると、顔をくしゃりとゆがませて絞り出すような声をあげた。
「うぇぇ……ありがとう……」