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242話 警戒

「ぐっ……うっ……」

「一応断っておきますが脅しじゃありませんよ。本気です。下手な真似をしたら即、斬ります」


 スイの冷淡な声が響く。

 それは剣以上に、その子の事を威圧させたようだった。

 観念したようにその子供はぐったりと腕をおろす。

 それを見てもなお、スイは淡々と言葉を続けていく。


「さて。では先ず、なんでこんなことをしたか――」

「やめてやれ、スイ」


 ……だが。

 一つ思うことがあって、俺は彼女の言葉を遮った。


「リーダー……?」


 何故ですか、と言外に問いかけてくるスイ。 

 そんな彼女に答える意味も含め、俺はその子供に言葉を投げかける。


「最初から狙ってなかっただろ。俺達の事」

「えっ……」


 灰色の髪の中から、青い瞳が見えた。

 その瞳は、ボロボロの恰好には全くもって似合わない――とても澄んだ美しいものだった。


「理由はよく分からないけど、君は俺達に攻撃を当てるつもりはなかったんじゃないか」

「っ――」


 僅かに息をのんで、その子供は顔を伏せる。

 ボサボサの髪の毛のせいでこちらから表情が全く確認できない。

 だが、なんとなく図星をついた感覚があった。


 冷静になってみると、この子の矢は、全て僅かに狙いがそらされていたように思える。

 唯一、氷の礫だけが俺達に攻撃が当たる可能性があったがそれも大した威力ではなかった。今のような動きをするこの子供が使ったスキルにしては不自然な程に。


「事情があるならきかせてくれ。一体どうしたんだ?」

「っ……」


 子供は、がくがくと体を震わせるだけで何も言葉を発しない。

 どうやら、恐怖で何も言うことができないらしい。


「スイ――離してやれ。このまま怯えさせるだけじゃ話しができない」

「……分かりました」


 スイは俺の言葉に従い、子供をつかんでいた手を離す。

 しかしその表情は全く緩んでいない。まだこの子の事を賊だと思っているのだろうか。

 アイネもトワも、この子に対して警戒する表情を露骨に向けている。


「もしかして、君は俺達の事を何かの敵だと勘違いして――」

「ひっ!!」


 俺が手を差し伸べようとすると、その子は俺の手を叩いて後ろに跳ねるように下がった。

 その瞬間、ローブの間から傷だらけになった腕が目に入る。


 主な警戒の対象が俺に移行したせいだろう。

 その子供がじっと俺の方向を見ているおかげで、はじめてその子の顔を確認する事ができた。

 見た目から察するに、年齢はアイネよりも下だろう。おそらく、クレハと同じぐらいの年齢か。

 その顔は、土まみれでとてつもなく汚れており、しかもいくつもの擦り傷ができている。

 それでも、女の子だという事ぐらいは分かるぐらいには可愛らしい顔つきをしていた。


「……なんでそんなに傷だらけなのか、説明してくれ。もし何かあったなら力になれるかもしれない」

「力……?」


 俺の言葉が予想外だったのか、その少女は怪訝な顔で首を傾げる。

 それでも彼女が警戒を解いた様子は無い。

 じっとこちらを睨みつけながら、いつでも矢を放てるような構えをとっている。


「二人とも構えるな。多分この子は話しが通じるよ」

「…………」

「リーダーがそういうなら……」


 かなり渋々といった感じだがスイとアイネは俺の言葉に従い構えを解いてくれた。

 一応、俺はいつでもエメラルドバニッシュメントが使えるように魔力を集中させておく。


「きいてくれ。俺達は君の敵になるつもりはない。ただ驚いて反撃してしまっただけだ」

「敵、じゃない……?」

「あぁ。だからどうしてこんなことをしたのか聞かせてくれ」


 相手を刺激しないように、なるべくゆっくりとした口調で話しかけ続ける。


「まぁ、もともと話しはきくつもりだったっすから。ウチらを襲わないなら別にいいっすよ」

「……何か事情があるなら話しはききます。というか、説明してもらいますよ。こんなことをした責任として」

「アハハッ、ごめんねー。でもスイちゃんって実は優しい子だから誤解しないであげて」

「もう……」


 納得しているようにはみえないが、スイとアイネも俺の方針に従ってくれているようだ。

 表情こそ強張ってはいるものの、敢えて隙だらけの体勢をとっている。

 そんな俺達を見て、少女はさらに困惑した表情を見せてきた。


「話しをきく……私の……」

「どうした?」

「なんで?」

「なんでって……そりゃ、そんなボロボロの恰好してるんだから何か訳があるんだろ?」


 そう言う俺に対し、スイが少女に聞こえないような声の大きさで話しかけてくる。


「リーダー。一応言っておきますけどわざとこういう恰好をして同情を買うタイプもいますからね」

「落ち着けスイ、らしくないぞ。先ずはこの子と落ち着いて話しがしたいだけだ。それに同情を買うつもりなら奇襲なんて仕掛けてこないだろ」

「……そう、ですね。すいません……」


 しゅんと顔を俯かせてしまうスイを見て少し罪悪感が湧いてきてしまう。

 彼女も一人旅をしてきた時にそういうタイプの人間を見てきたのだろう。

 そうでなくてもいきなり襲い掛かってきた相手だ。スイの感情は理解できるし責めるつもりなど毛頭ないのだが――


「お兄ちゃん……本当に、敵じゃない……?」


 震えながら、絞り出すように声を出す少女の仕草はとても演技によるものとは思えない。

 

「なぁ。なんでそんなに震えているんだ? 何か怖いことでもあったのか?」

「…………」


 何も答えずただじっと俺を見つめてくる少女。

 しばらくの沈黙の中で、俺は彼女が痛々しい傷を負っている事を再確認する。


「傷が痛いなら治すぞ。ほら」

「あっ――」


 とりあえず少女に向かってヒールをかけてみる。

 ヒールをかけてもボロボロの服装や汚れが消えるわけではないが――みるからに少女の顔色が良くなってきた。


「あれ……あれ? なんで? 痛くない……あれ?」

「少しは信用してくれたか?」

「っ……」


 少女は目を丸くしながら俺の事を見つめてくる。

 少しは警戒心を解いてくれただろうか。そう願いつつ慎重に一歩、彼女に近づいた。


「敵、じゃない? 痛いこと……しない?」


 近づく俺に対して少女は怯えた表情を見せている。

 だが、その足を引こうとはしなかった。

 むしろ――


「しないよ。だから何があったのか話してくれないか」


 震えた足が前に出る。

 強張った表情が歪んでいく。


「う……」


 少女が小さく声を漏らす。

 そんな彼女に手を差し伸べると――


「う、うえええええええっ! たずげでぇぇええええっ!!」


 そう泣きじゃくりながら、少女は俺の手にしがみついてきた。


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