240話 不意打ち
「そろそろですね。ここら辺で今日は休みましょうか」
木漏れ日が殆ど無くなってきた頃、おもむろにスイが馬車を停止させる。
「え。大丈夫っすか? ここ、結界が張られていないみたいっすけど」
そう言いながらアイネは少し不安げに周囲を見渡した。
一応、テントを張れるぐらいには開けた場所にはなっているがファルルドの森の時のように他の人が止まった形跡は無い。
「うん。一応、カーデリーギルドがマジックアイテムを支給してくれたから。……よっ」
馬車を降りて荷台の方に移動していくスイ。
俺達もそれにならいスイを追いかけていく。
「へぇ。それって結構高級品なんでしょ。太っ腹だねぇ」
「運ぶ物が物ですからね。今回も特殊クエストって位置づけなのでしょう」
それは、サラマンダーを倒しに行ったときに使った物と同種の物だった。
スイの指が触れた瞬間、宝石のような輝きを持つ中心部分が極小の魔法陣と共に輝きだす。それと同時に周囲全体の空気が一気に揺れたような感覚がした。
どうやら無事に魔物避けの簡易結界が張られたようだ。
「それにしても、リーダーのインティミデイトオーラには本当に助かりました。ジャークロット森林は結構魔物の遭遇率が高いんですよ。それなのに一回も戦闘がありませんでしたからね」
そう言いながら俺の方に微笑んでくるスイ。
対照的にアイネは少し不満げに唇を尖らせる。
「むー……でも修行できてないじゃないっすか。これじゃレベルが上がんないすよぉ」
「ふふっ、アイネのレベルなら魔物より私と戦った方が強くなれるんじゃない?」
「そりゃそうっすけど先輩にメリットがあんま無いじゃないっすか」
「うーん……でも実際、アイネより強い魔物ってそんなにいないし……危険地域に行くかよほどの大物が相手でもない限り、魔物と戦ってもなぁ……」
苦笑いを浮かべるスイを前にして、ふと考える。
ゲームでは対人戦をいくら行っても経験値が入ることがなかった。
しかし、彼女達の会話から察するに、どうもこの世界でレベルを上げるには魔物と必ず戦う必要はないようだ。
だとすればレベル2400の俺と訓練すればもっと早く強くなれるのではないだろうか。
「なら、俺と戦ってみるか?」
「えっ……」
「お?」
そう思って何気なく声をかけてみると、スイとアイネが予想外に大きな声でリアクションを返してきた。
そのまま動きを固める二人を見て、トワがはやし立てるように声をあげる。
「おーっ、いいじゃんいいじゃん。やってみなよっ!」
スイとアイネの近くまでとんでいき、ぱちぱちを手をたたくトワ。
するとアイネはハッと息をのんで一気に表情を明るくさせた。
「リーダーと手合せ……それ、マジでいいっすね!!」
「えぇ。ただその、本気を出されると私達死んじゃいますから……」
「いやいや! なんでそうなるんだよ!!」
さりげなく物騒な言葉を出してくるスイに慌てて首を横に振る。
前にミハを助けた時もそうだが、少なくとも通常攻撃については不自由なく手加減できる事は確認済みだ。
「じゃあウチらの攻撃を受け続けるってのはどうっすか? 連携の練習もしたいし……リーダーなら余裕っしょ」
ぴょんぴょんとジャンプしながらアイネが闘志をアピールしてくる。
そんな彼女を見て、トワが俺の方を見ながら笑い出した。
「アハハッ。リーダー君、サンドバッグだねっ」
「嬉しそうにいうなよ……」
ため息をつく俺に対しスイが苦笑しながら話しかけてくる。
「えっと、一方的に攻撃をし続けるというのも気が引けるので、適度に軽く反撃してください。私達を殺さない程度に」
「だからそんなことしないって!!」
「あははっ、冗談ですよ。でも、リーダーが相手なら本気でいかないとですね」
冗談きついよ、とつっこむ前にスイの放つ空気が変わる。
そうするのが当然と言わんばかりに自然に剣を抜くスイの表情は、いつのまにか戦闘の時に見せるものに変わっていた。
「って、え? 今からやるのか?」
「善は急げっすよ。よーっし……!」
気合いの入った声で肩をぐるぐると回すアイネ。
そのままスイとアイネは馬車から距離をとり戦闘に適した場所に移動していく。
「あ、じゃあボク隠れてるね。よっ――」
ふと、トワが唐突に俺のコートの中に飛び込んできた。
「『よっ』じゃねえよ! なんで入ってくるんだよっ!」
「だって守ってくれないと危ないじゃん!」
「だったら離れてみてればいいだろっ! おいっ!」
もぞもぞと動くトワがくすぐったい。
内ポケットにしがみつく彼女をなんとかひきずりだすとトワは露骨に唇をとがらせてきた。
「ちぇー、分かったよ。じゃああっちの方にいるからさ」
そう言いながらもトワは素直に俺の指示に従って馬車の方へとんでいく。
ほっと胸をなで下ろして、俺は改めてスイとアイネの方に視線を移す。
「よし、じゃあ行くっすよ。リーダー! 練気・拳っ!」
「本気で行きますよ……」
俺も馬車から離れ、彼女達の近くに移動すると二人は構えをとりはじめた。
普段の二人が俺に向けるものとは全く違う明確な敵意。
みるみるうちに俺の近くの空気が冷めていく錯覚を感じる――
「――!?」
そんな時だった。
アイネが不意にピンと耳を張る。
「グランドディフェンサー!」
「先輩っ!」
アイネがスイに注意を促そうとする直前、スイが剣を地面に向かって叩きつける。
それによってスイとアイネの周辺の土が一気に空に舞い上がった。
その土はスイの武器から放たれる青白い光によって空中に漂い続ける。
「……え?」
その行動の意味が全く分からず唖然としていると、視界の横から一本の棒のようなものが飛んできた。
それは、俺と二人の間の地点に飛んでいく。
そして地面にそれがぶつかった瞬間、青い魔法陣が展開された。
「え? 何、どうしたの?」