239話 魔法都市を目指して
「なるほど。ミハさん達にそんな事情が……」
カーデリーを出発して数時間。
馬車の上で揺れる俺達は、話題が切れた事もあって、なんとなくシャルル亭で出会った彼女達のことを話していた。
ミハの事情を俺伝えで話すのはどうかとも思ったが――シラハとクレハがアイネに伝えていることもある。
スイだけ正確な事を知らないというのも違う気がするし、そもそも今後彼女達の力になりたいと考えるならこの情報は俺達の間で共有しておくべきだろう。
そう考えた俺は、ミハから聞いたことを全て彼女達に伝えるべきと判断した。
「ミハさんが前に変な人に絡まれているのは見た記憶があります。しかし借金ですか……」
晴々とした天気とは対照的にスイの表情は曇りっぱなしだ。
いや、スイだけではない。アイネも同じような表情で不満を露わにする。
「それ本当に払わなくちゃいけないんすか? 勝手に負わされたって話しじゃないっすか」
当然、そう思うだろう。ミハ達の借金はエイドルフに巧妙に背負わされたものだ。
どうにかして彼女達をその義務から解放してあげたいものだが――
「ミハちゃんの事はボクも考えてはみたけど……具体的にどうやって助けてあげればいいか思いつかないんだよね……」
「私も法に詳しい訳ではないですが、かなり厳しいと思います。少なくとも法的に問題ない形でエイドルフは請求してきているはずですし……さすがに私も億単位の借金を肩代わりすることは……」
「うぬぬー……」
仮にスイが肩代わりするといっても、ミハ達はそれをすんなりと受け入れないだろう。
だが少なくともシャルル亭の営業が妨害された時、それを排除するぐらいの力にはなれるはずだ。
エイドルフという人物に会ったことが無いためイメージはつかないが――
「……とにかく、シャルル亭の皆は結構困ってるみたいだからさ。できれば協力したいなと思ってる。具体的に何をするかはともかく、ちゃんと皆で話し合える機会は欲しいな」
「もちろんです。むしろそういう事情があったのに私を受け入れてくれたのですから――ミハさんの力には是非なりたいと思っています」
俺の言葉にスイがそう言いながら力強くうなずいた。
それに続くようにアイネもトワも頷いてくれる。
「じゃあこのクエストが終わったらシュルージュに戻るってことなのかな?」
「んー……あの街は嫌いだけど、ミハさんのためなら仕方ないっすね。それにシラハちゃんもクレハちゃんもそうだし……」
「えぇ。嫌がる人を無理矢理娼婦にさせようなんて……絶対に許せません……」
ぎりり、と歯を食いしばるスイ。
やはり女性として、思うこともあるのだろう。
もちろん俺だって気持ちは一緒だ。あの子達が自分の意思に反して娼婦になる姿なんて想像もしたくない。
「え、えーとさっ! 次に行く場所なんだけど――」
だが、そうは言ってもいつまでも暗い雰囲気になるのも違うだろう。
トワの言葉で、俺達はそれに気づき努めて表情を明るくする。
「あ、そうでした。まだその話しをしてませんでしたね」
少し気恥ずかしそうに笑いながらスイが言葉を続ける。
「魔法都市ルベルーン。それが次の目的地です。魔術師協会はそこにあるんですよ」
「へー、先輩は行ったことあるんすか?」
「ううん。そこには行ったことないよ。でも、魔術師協会の長ならアイネも名前はきいたことがあるはず」
「魔術師協会の長?」
あまりピンとしていない顔でアイネがそう聞き返す。
俺も心当たりが無い。ゲームでは魔術師のクラスになる時に魔術師協会に訪れたことがあるのだが、長の名前なんて記憶にない。
「カミーラ・クノトリア。大陸の英雄の一人だよ。本当に知らない?」
「あーっ、それ聞いたことあるっすよ!」
ぽんと、手をたたくアイネを見てくすりとスイが笑う。
だがそれでもピンと来ない者が俺含めて二人いた。
「へぇ、強い人なの?」
「はい。大陸最強の魔術師と呼ばれる人です。三十歳の若さで魔術師協会の長になったってきいています。実際にお会いしたことは無いのですが、無詠唱が使えるときいています」
「へー……」
淡々とした声で相づちをするアイネにスイが苦笑する。
「えっと……一応言っておくけどアイネ。無詠唱って凄いことなんだよ?」
「分かってるっすよ。でもリーダーの魔法を見てると……」
「アハハッ、まぁそうだよねー」
この世界で言う無詠唱とはスキル名以外の詠唱が無い魔法の発動方法の事を言う。
スキル名すら言わず、無言のまま放つ魔法は完全無詠唱と呼ばれる発動方法だ。
俺はそれを何度も発動させているため彼女達には大陸の英雄という肩書きを名乗る程のインパクトに欠けるらしい。
若干肩すかしになったような空気を仕切り直すようにスイがわざとらしく咳払いをする。
「コホン。とにかくこのままテンブルック荒野を北に向かいます。ジャークロット森林とルドフォア湖畔を通る事になると思うので今日中にたどり着くのは無理ですね」
「ってことは、今日は野宿っすか」
アイネが後頭部で手を組みながら少しだけ唇をとがらせる。
それに対して、きょとんとした顔をみせるトワ。
「別にそんなことしなくていいじゃん。ボクがいるんだからさ」
「……あ」
息を吸い込み、目を見開くアイネ。
「し、しまったっす! あんなお別れムード出さないでおけばシャルル亭に泊まれたはずなのにっ!」
――あ。
トーラを出た時も同じような事になったのを思い出す。
するとスイが少し呆れたように笑いながら声をかけてきた。
「いやいや、カーデリーに戻ったらハナエさん達に見つかって面倒なことになるでしょ。かといってミハさんの所に戻るのも……」
そこでスイの言葉が途切れる。
シュルージュでは、スイはかなり嫌われている。スイを泊めるという事で多少なりともシャルル亭の経営が落ち込んでしまうなら、あまり気軽に行く事はできないだろう。
少なくともスイはそう考えているはずだ。
「じゃあトーラに戻ってみる?」
「んー……そうっすねぇ……でもあそこ出てからまだ一週間しか経ってないし……どうせならもっと強くなってから父ちゃんに会いたいっすねー」
言われてふと思い出す。
トーラを出てから随分長い時間が経ったような気がするが――まだその程度しか経っていないのだと。
――もしかして俺、リア充……?
こんな感情を抱いて生活していたのなら、リア充というのも悪くはない。
「ま、別に野宿でもいっか。ウチ、実はそんな嫌いじゃないし」
「ふふっ、今度は夜更かししないように気を付けましょう」
「先輩が言う言葉じゃないっすよそれっ! ……あ」
と、アイネが耳をぴくりと動かして前方を指さした。
その方向を見ると荒野の風景が若干緑色に変化しているのが確認できる。
しかし、やはり俺の目をひくのは北の彼方にある黒い壁のようなもの――封魔の極大結界だった。この世界に来てから見慣れたはずのその光景が、どこか俺の不安を煽る。
「あれがジャークロット森林っすかー。見た目、あんまファルルドの森とかわんないっすねー」
「アハハッ、確かにねー。葉っぱの色とか違ってたらいいのに」
「赤とか黄色とかっすか? そんなのあるわけないっしょー」
からからと笑う二人を横に、フルト遺跡の事を改めて思い出す。
一歩、間違えればスイもアイネも本当に死んでしまったかもしれないのだ。
――今度は絶対、危険な目にあわせたくない……
そう気を引き締めながら、俺はインティミデイトオーラを使い直した。