238話 再会祈願
食堂に移動すると、シラハとクレハが俺達の方にやってきた。
他の客は、ハナエと話している間に朝食を済ませてしまったのだろう。俺達以外に食堂に人の姿が無い。
そのことで丁度一息つけるタイミングだったのか、シラハとクレハは俺達の話し相手になってくれた。
「そうですか。もう出て行っちゃうのですか……」
「…………」
俺達がこれからカーデリーを出発する事を伝えると二人の表情が一気に暗くなる。
そんな彼女達の表情を見るのは忍びないが――俺達が受けるしかないクエストなのだから仕方ない。
「アハハ……ごめんねー、二人とも。ボク達、仕事ができちゃって」
「そんな、謝らないでください。冒険者さんが別のところにいくのは日常茶飯事ですから。はい……」
「頑張ってください……」
言葉ではそう言うものの、表情を隠すという事は彼女達にはまだ無理らしい。
露骨に顔に出てしまう彼女達の感情。
「でも、また来るよ。そしたらまた服でも買いに行こう」
それを変えてやりたいという気持ちもあったが、それは俺の――いや、俺達の本心だ。
ちょっとしたトラブルや、あまりおおっぴらに人には言えないような事もあったが、彼女達との時間が楽しかった事は間違いない。
「いいのですか?」
「ほんと……?」
疑うような二人の目線。
それに対しアイネがからかうように笑みを見せる。
「あったりまえじゃないっすか。今度こそクレハちゃんにウチのセンス認めてもらうんすから」
「アハハッ、アイネちゃん燃えてるなー」
くすくすと笑うトワ。
それにつられるようにシラハとクレハの表情が柔らかくなっていく。
そんな二人を見て少しほっとしたように微笑みながらスイが声をかける。
「短い間でしたけど、昨日は貴方達と一緒に出掛けられて楽しかったです。あぁいうふうに遊んだこと……実は、私もあまりないんですよ」
「あれ、そうなのですか? お仕事お疲れ様です。はいっ」
「二人の方が大変そうっすけどねー。あんま追い詰めちゃだめっすよ?」
「次来たときにグロッキー状態だと困るもんねっ」
「そうですねっ。せっかくおにーさん達が来てくれたのにおもてなしできないんじゃ意味がないです。はいっ」
「体調管理、ちゃんとします……」
そう言ってシラハとクレハは丁寧にお辞儀をする。
そんな感じで雰囲気が穏やかなものになってきたころ――
「お話し中失礼いたします」
タイミングを見計らっていたのだろう。
ケンゾーが俺達のテーブルに食事を運んできた。
「わぁ。おいしそーっ!」
「朝食からこの力のいれようですか……凄いですね……」
スイの言う通り、運ばれてきた料理は朝食にしては豪華なものだった。
数本のソーセージ、目玉焼き、スープにサラダ。トーストとチーズフォンデュ。
内容はかなり多種多様だがピカピカに磨かれた真っ白な食器が、あっさりとした朝食の雰囲気を出していて見た目的にも食欲をそそる。それぞれの量も絶妙に調整されているようで食べきれそうにないとは感じない。
「失礼ながらお話しが聞こえてしまいました。寂しいですね。また違うところに旅立たれてしまうので?」
言葉通り寂しそうに微笑むケンゾー。
それに対し、スイがはにかみながら答える。
「はい。クエストがあるので……」
「そうですか。どうかご無事で」
「アハハッ、ただお届け物をするだけだから。そんなたいしたものじゃないよ」
「ふむ……ハナエが認めた方ですからね。心配するのはかえって失礼でしたか」
そう言いながらケンゾーは渋い声で笑う。
そのダンディな雰囲気は、皆の謙遜よりも穏やかな笑顔の方を誘ってきた。
「クレハ」
「……うん」
そんな雰囲気を待っていたのだろうか。
シラハとクレハが視線を交わし何やら頷き合っている。
その行動に注意を向けると、二人は照れくさそうに笑いながら手を差し伸べてきた。
「お兄さん……これ、私達からの……」
「プレゼントですっ。受け取ってくれると嬉しいです。はいっ!」
「え? いいのか?」
二人の手のひらに注意を向けるとそこにはブレスレットと指輪があった。
ブレスレットは銀色で留め具がなくバングルという奴だろう。
指輪も同じような銀色で、両方とも黒い紋様が刻まれている。
――昔こういうのよくネットで検索したなぁ……
あれは確か高校の時だっただろうか。
自分なりにおしゃれでもしてみるかと挑戦し、初めて自分で稼いだバイトの金でバングルを買った記憶がある。それはこのタイプよりもかなり太く、存在感をアピールするためにはいいと考えたのだが――それを付けていったら周囲に爆笑され一日でつけるのを止めてしまった。
そういうのは中学二年生で卒業するもんだと嘲笑された時の恥ずかしさは忘れたくても忘れられるものではない。
だが――
「はいっ。だっておにーさんは王子様だから」
「受け取ってほしいです……」
こんな真っ直ぐな瞳の前には、そんな記憶なんて軽く吹き飛んでしまう。
そして何より、俺自身は中学生の頃からファッションセンスが変わっていない。
ブラックヒストリーがなんだ。格好いいものは格好いいのだ。
――いや、普通にかっこいいな……
「……あ、思い出しましたっす」
と、異世界人のセンスの良さに脱帽していた俺の横で、不意にアイネが手を叩いた。
トワがきょとんとした顔でききかえす。
「え? 何が?」
「あの物語っすよ。確か女の子はロザリオ以外にもブレスレットと指輪を贈ったんす」
「あ、そうか……」
アイネに合わせて、スイも思い出したように頷いた。
「ど、どうでしょうか……」
「…………」
どこか心配そうな顔でシラハとクレハが俺の事を見つめている。
やはり、これはそういった意味なのだろう。
別にこんな物がなくたってまた会いにくるのだが――それで彼女達が安心できるなら貰っておくべきだろう。
――普通にかっこいいし。
俺の精神年齢は、中学二年生のままだということか。
「分かった。受け取るよ。そして約束する。シラハとクレハに何かあったら、必ず戻ってくるからな」
その物語の王子様が別れ際にどんな言葉をかけたのかは分からない。
だからせめて、約束はしてあげたかった。
「っ……」
「お兄さん……」
僅かにシラハとクレハの瞳がうるむ。
そして――
「はいっ! 待ってますね。私の王子様っ!」
「また絶対会いに来てください……」
と、頬に二つ、柔らかな感覚が走った。
「なっ!?」
「おっほほっ! やるねーリーダー君っ」
困惑するスイにはやし立てるトワ。
対してケンゾーは無駄に温かい目で俺達の方を見ている。
「え、えと。じゃあ私達仕事あるのでっ! また来てくださいっ」
「し、失礼します……!」
「えっ、ちょっと……あ……」
そんな空気から逃げたかったのだろう。
何か声をかける前に二人はあっという間に走り去ってしまった。
……ふと、頬に残った余韻に手を添える。
それは昨夜、あんなに積極的に唇を触れさせてきた二人にしてはあまりに稚拙なものだった。
緊張しきっていて力が入っており、唇超しに歯が頬の骨を叩いておりちょっと痛い。
だが――彼女達の気持ちは昨日の夜よりも伝わってきた感じがした。
「はははっ、やはりそうか。しかし、あの二人がね」
と、食堂から出ていくシラハとクレハを見つめながら、ケンゾーが笑いだした。
正直、ケンゾーは二人の父のような存在になっているようにみえる。そのため、変なプレッシャーを感じてしまっていたのだがそれは杞憂だったようだ。
しばらくするとケンゾーはやや困った顔で俺の方にふり返る。
「いいんですか? あんな約束なんかして。多分――」
「はい。あの子達には、また絶対会いに来ます」
ケンゾーの言葉を遮って、俺は自分に言い聞かせる意味もあってそう言った。
そんな俺の決意を皆も察してくれたのだろう。こくりと頷いて各々が口を開く。
「……うん。会いに行くっすよ」
「任せてください。こうみえても私、結構強いので」
「どうせ簡単に戻ってこれるしねっ。すぐ会うことになると思うよっ」
俺達がそう言うとケンゾーは少しの間、目を丸くした。
だがすぐに穏やかな笑みを浮かべてくれる。
「そうですか。では、その時を楽しみにしておりますよ」
そう言いながらケンゾーはアイネに視線を移し、ニコリと笑った。
「また知恵を貸していただけることも、こっそり期待していますからね」
「ふふっ。任せるっすよ!」
「はい。では私も失礼します。またのご利用お待ちしております」
そう言って深々と頭を下げるとケンゾーは厨房の方に戻っていく。
その後につけた食事は、昨日食べたケンゾーの料理よりもさらに美味しくなっていた。