237話 新クエスト
トワ以外の全員がソファに座ったことを確認すると、早速スイが話しを切り出した。
「あぁ。アンタ達にはこのままカーデリーを出発してほしいと思ったからね」
「えっ……」
「アンタ達が持ってきてくれたものあったろ。ほれ、黒いクリスタルとゴーレムの欠片」
ハナエの言葉に対し、全員が頷き返す。
フルト遺跡でレシルと戦った後に見つけた大量の黒いクリスタル――そして戦ったゴーレムの死体からはぎ取った体の一部。
それをフルト遺跡から帰った後に、カーデリーギルドに渡したのだ。
「あれが何か分かったの?」
「あぁ。鑑定士にまわした結果、簡単にだがね」
少し表情を硬くするハナエ。
「まず、あの黒いクリスタルには尋常ではない魔力が込められていることが判明した」
「といいますと……?」
「具体的にどんな魔力なのか詳細な判定はうちの鑑定士じゃできないんだよ。魔力を帯びた鉱石ってのは発見例がいくつかあったけど完全に未知のアイテムだね、あれは」
「なるほど……」
そう呟きながらスイが表情を曇らせる。
やはり、アレはレシルが持っていたものなのだろう。
「レシルってやつがアレを使って消えたという報告は間違いないのだろう?」
「間違いないっす。黒いクリスタルが輝いて急に消えたんすよ」
「正確にはギルドに提出した物とは別の物ですけどね。少なくとも見た目は同じでした」
「魔力が込められているっていうなら、最初にボク達がバラバラに転移されたのもそのクリスタルのせいかなって思うんだけど違うの?」
「今の段階ではなんとも。それに、アンタらが持ってきてくれたものにゴーレムの欠片があっただろ。あれは外部から相当な魔力を供給された痕跡があってね。どうもあの魔力は魔物の力を増幅させる力があるらしい」
「増幅ですか……」
やはり、俺達が出会ったゴーレムは通常のゴーレムでは無かったということだろう。
たしかレシルは『ここでの実験も限界を感じてた』なんて言葉を言っていたと記憶している。
実験というのはそのクリスタルを使って魔物の力を増幅させることだったのだろうか。
「そういうことだから詳細な分析には危険が伴うと判断してね。その道に特化した魔術師協会に送ることになった」
「魔術師協会に? もしかして――」
ふと、スイがハッとした表情を見せる。
それを見てハナエはニヤリと笑みを浮かべた。
「流石スイちゃん、察しがいいね。アンタらには昨日預かったクリスタルを魔術師協会に届けてほしいのさ。これを正式にクエストとして受注してほしい。報酬は先払いにしておくから」
「届けるだけっすか? そんなんクエスト発注するまでもないんじゃ?」
拍子抜けだと言いたげにアイネが怪訝な顔をする。
そんなアイネに対して苦笑するスイ。
「アイネ、忘れたの? カーデリー周辺で犠牲者が出てるって話し」
「あっ……」
言われて俺も思い出した。
カーデリーに来るまでの間、俺達は擬態したゴーレムをかいくぐってきたのだ。
カーデリーの人たちにとっては外に出るだけでも死の危険がある。
「他のギルドマスターと連絡はしたんだがカーデリー周辺の安全が確認できるまでは外に出られなくてね。情けない話しだがあんまり見通しもついていないんだよ。余裕を持って一週間も見積もれば外からの応援で安全は確保できるんだろうけど……」
「それなら、もうボク達が受けるしかないねー……」
そう言いながら苦笑するトワ。
彼女の言う通り俺達が受けなければ一週間、手詰まりになってしまうだろう。
そうだとすれば事実上、選択肢なんて無いも等しい。
とはいえ一応、皆の意思は確認しておく必要があるだろう。
「断る理由もないですし、俺はかまわないです。皆は?」
そう声をかけると案の定、皆が首を縦に振った。
それを見てハナエが安堵のため息をつく。
「そうかい。それは助かるよ。既に馬車の用意はできている。外に置いてあるから準備ができしだい出発してくれよ。報酬ははずむから」
親指と人差し指で丸をつくりニカッと歯を見せて笑うハナエ。
敵を恐怖状態にさせるスキル、インティミデイトオーラを使えばカーデリーに来たときのように楽勝で達成できるクエストのはずだ。
そのせいかスイが少々恐縮したような顔をしているが――貰えるものなら有難く貰っておくとしよう。
「あ、そうそう。これは個人的なお願いだけどね。シラハちゃんとクレハちゃんにまた会いにきてくれないかい」
「え?」
ふと、ハナエが真面目なトーンに声を切り替える。
この流れでシラハとクレハの名前が出てくるとは思わなかったので、頓狂な声で返事をしてしまった。
「本当はあの二人には子供らしくのびのびと遊ばせてあげたいんだけどねぇ。特にお前さんはかなり懐かれてるようじゃないか」
そう言いながらじっと俺を見つめるハナエ。
数秒の間を置いて、彼女は深く頭を下げてくる。
「あの子達とまた遊んでやってくれ。頼むよ」
「っ……」
そのあまりに真摯な訴えに、思わず息をのんだ。
皆も目を丸くしながらハナエのことを見つめている。
だが――
「……言われなくても、そのつもりでしたよ。シャルル亭にはお世話になってますし。いつかその問題も解決できたらなと思います」
「……そうかい」
敢えてはっきりとは言わなかったが全てを察してくれたのだろう。
ハナエは穏やかにほほ笑みながら俺に握手を求めてきた。
「なら頼んだよ。九人目の英雄さん」
俺が英雄かどうかはさておき、その握手を断る理由など俺にあるはずがない。
彼女の手を握り、俺達は次の目的地に向かう決意をした。