表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
237/479

236話 夜明け

「リーダー、起きてください。朝ですよ」

「う、うぅ……?」


 瞼を超えて差し込んできた光と優しいスイの声に誘われ、俺は意識を覚醒させた。

 うっすらと目を開けると、スイがくすりと笑う姿が確認できる。


「おはようございます。随分眠そうですね?」

「アハハッ、昨日夜更かしでもしたのかなー?」


 視界の上の方でトワがびゅん、と俺の頭の上を飛び回っている。

 さりげなく図星をついてきた彼女に胸にグサリと何かがつきささるような感覚が走った。


「あー、うん……今起きるよ」


 そう言いながら上半身を起こし、それ以上の追及を避ける。


「アイネ。ほら、起きるよ」


 幸いながらスイは既にアイネの方に視線を移していた。

 肩を揺らして眠っているアイネに声をかける。


「んー……先輩、それは刃物じゃないっす……魔物っす……」


 少しだけ苦しそうな表情で布団をかぶりなおすアイネ。

 それを見てスイがまたか、と言いたげにため息をつく。


「ちょっと、何寝ぼけてるの。起きてよ」

「マモノはジャマモノ……? 何言ってんすかしぇんぱい……にゅふふ……」


 どうしようもないダジャレを言いながら幸せそうに微笑むアイネ。

 そんな彼女を見て俺達の間に微妙な空気が流れる。


「アハハ……スイちゃんってそんなにアイネちゃんに寒いギャグいってるの?」

「そっ、そんなわけないでしょう!? 起きなさい、アイネ」

「んぐぅ……その剣捌き、まさしく努力のタマモノってやつっすね……んふっ」

「このっ――」


 その寝言をきいてスイの表情がこわばっていく。

 一つため息をついた後、大きく息を吸い込むスイ。

 それを見た瞬間、トワはぎゅっと目を瞑って耳を塞いだ。


「アイネ! 起きなさい!!」

「ひゃっ!? ケダモノ!?」


 大きなスイの声にアイネは勢いよく跳ね起きる。

 寝癖だらけの髪の毛を振り回しながらアイネはきょろきょろと周囲を見渡しはじめた。

 だが――

 

「なんだ、先輩か……すぅ……」


 スイの顔を確認するとアイネはほっとため息をついて再び後ろに倒れ込む。

 そして何事もなかったかのように再び寝息をたてはじめた。


「『すぅ』じゃないよ。ほらっ、ほらっ!!」


 ……どうもこの様子ではアイネが起きるのは当分先になりそうだ。

 俺はさりげなくベッドから降りて更衣室の方に向かっていく。


「あれ? リーダー君、どこいくのー」

「更衣室。着替えてくるよ」

「そ、そんなー! リーダー、起こすの手伝ってくださいよぉー」

「すまないスイ。後は任せたっ!」


 こういった対応はアイネとつきあいが長いベテランに任せるのが一番だ。


 本音を言うと、アイネの幸せそうな寝顔を見続けるのが思いの外刺激が強かったのだが――さすがにそれは口には出せなかった。



 †




「あ、おにーさん達。おはようございますっ」

「おはようございます……」


 部屋の扉を開けると、シラハとクレハが満面の笑顔で挨拶をしてくれた。

 わざわざ俺達が出てくるのを待っていたのだろうか。扉の前で綺麗に並んだ二人を見て唖然とする。


「えへへ、驚きました? 今日はクレハの接客デビューです。はいっ!」

「ぅ……」


クレハは少し恥ずかしそうに俯いている。

 昨夜のことを思い出しているのか、それとも単純に接客に慣れていないのか――シラハの様子をみるに単に後者だと思うが。

 ちょっと着心地が悪そうにシャルル亭の制服であるメイド服をつまんでいる。

 だがそういう仕草もまた、かえって絵になるものだった。


「いいじゃないっすか! 良く似合ってるっすよ」

「アハハッ、そうだね。やっぱミハちゃんの妹さんなんだなぁー。こうしてみると雰囲気が凄く似てるよねっ」

「そ、そうですか……?」


 露骨に嬉しそうに顔を緩ませるクレハ。やはり二人とも大のお姉ちゃん子だ。

 それに純粋に見ても確かにミハに顔つきが似ている。笑顔の作り方はミハの方が圧倒的に上手だが素朴な感じが愛くるしさを増している。

 とはいえシラハはともかくクレハは人見知りだったはずだ。そんな彼女が接客とはどういう心境の変化だろう。


「あぁ。俺もそう思うよ。でも、わざわざ挨拶するために待ってたのか? 嬉しいけど……大丈夫?」

「ん。私、ちゃんと大人になりたいから……でも最初の接客は、おにーさんが良かったから待ってました……」

「そ、そう……? ありがとう」


 恥ずかしさを堪えながらなんとか笑顔を作ろうとするクレハの健気さで頬が緩みそうになる。

 だが一応周囲にスイ達もいるのだ。なんとか平静を保ちながら俺はそう返事をした。

 そんな時、横の方から声がかかる。


「おやおや。本当に随分と懐かれているねぇ」

「あっ、ハナエさんっ」


 きこえてきたアイネの声に思わず、息をのむ。

 念のためもう一度、顔の筋肉が緩んでいないかを確認してその方向を振り返った。


「おはようさん。よく眠れたかい」

「はい。おかげさまで」


 綺麗なお辞儀をするスイに満足そうにハナエがほほ笑む。


「それはよかった。ならばさっさと伝えておこうかね。二人とも、悪いんだけど……」


 そこで一度言葉を切り、ハナエはシラハとクレハに視線を移した。

 それだけで彼女達はハナエが言いたい事を察したのだろう。

 ハッとした表情を見せながら早口で話しはじめる。


「あ、はいっ! じゃああの、えっと。私達、何かしてきます。はいっ!」

「また後で……」

「あっ、ちょっ……」


 何か返事をする前に、二人はわたわたと立ち去ってしまった。

 せっかく俺達の事を待ってくれたのに少し可哀そうではないか。

 そんな俺の内心を察したのか、ハナエが申し訳なさそうな声色で話しかけてくる。


「朝食前だろうけどすまないね。一度、部屋に入って話しをきいてもらっていいかい」


 言葉こそ質問の形をとっているがこれは事実上の命令だろう。

 その表情は真剣なもので断ることを許してくれそうにない。

 当然、それは皆も察していたようで、俺以外の皆は既に部屋の扉を開けて中に入っていた。


「どうぞ」

「失礼するよ」


 スイの声に応じてハナエが軽く頭を下げ部屋に入ってきた。

 そのまま奥の方へと案内し各自ソファに座っていく。


「どうしたんですか? わざわざギルドマスターが直々にいらっしゃるなんて」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ