235話 勉強の痕跡 ★
シラハとクレハの空気が一変する。
まるで、何人もの男を手玉にとってきた悪女のような――妖しい笑み。
それをまだ中学に行っているか、それすらも満たないような年齢であるはずの二人が、当たり前のように浮かべている。
「私達……意外に大人なんですよ。はいっ」
「知識だけなら、ちゃんとある……うまくキスだってできるってことです……」
「っ――」
その急激な雰囲気の変化にアイネは絶句していた。
俺も思わず気圧されてしまう。
――この子達、一体何を……?
「……なら、なおさら止めた方がいい」
それを深く想像する前に俺は声を出した。
あまり想像したくない。今、一瞬だけ想像してしまった彼女達のバックグラウンド。
それが当たっていない事を祈りながら俺はシラハとクレハを見つめる。
「え?」
「おにーさん?」
俺が言った言葉の真意が伝わっていないのだろう。
二人は怪訝な顔で首を傾げているだけだ。
「シラハさんも、クレハさんも。今自分達がやっている行動の意味が分かっているなら……止めるんだ。こういうのは特別な人とすることだから」
「っ……」
俺がそう言うとシラハとクレハは言葉を詰まらせた。
しばらくの間、二人はじっと俺の事を黙って見つめ続ける。
「……やっぱ、そう見えるんですね。はい」
「仕方ないと思う。私達、子供だから……」
少し悲しそうにため息をつく二人。
どういう意味かとアイコンタクトを送ると、シラハは苦笑いをみせながら言葉を続けた。
「おにーさん、おねーちゃんからロザリオを貰っているなら知っているんじゃないですか?」
「え?」
「私達が娼婦になる予定だったってことです」
「っ!?」
その言葉に息をのんだのはアイネだった。
……無理もない。こんな年齢の少女達から娼婦なんて単語が発せられるとは誰が予想できただろうか。
「えっ……娼婦? え?」
「驚くことないですよね。中には私達みたいな年齢の女の人としたい方もいるので。性奴隷として貴族の人に買われる事も予定されてました」
「そりゃ、そういう話しはたしかにきくっすけど……」
――マジかよ。
ロリコンというのはどの世界にもいるものなのか。
それ自体は否定するつもりはない。俺だってアイネや――シラハやクレハのことも魅力的に思ってしまう。
だが、だからこそ娼婦なんて言葉は彼女達の口からききたくはなかった。
「……どういうことっすか?」
アイネの声が低くなる。
少し怒ったような声色。だがシラハはそんな声を発するアイネの視線を真っ向から受け止める。
「アイネおねーさんは知らないのですか。おねーちゃんの……ううん、私達の事情……」
首を横に振るアイネ。
するとシラハは小さくため息をついて淡々とした声色で話し始めた。
「ひらたく言えば借金があるのです。はい。私達はその返済をしなければなりません。だから、娼婦になる予定だったんです」
「予定? じゃあ……」
「はい。お姉ちゃんのおかげで私達は娼婦にならなくてすみました……今のままでも返済ができるようになっているので……」
そこで一度言葉を切るとシラハは顔を赤らめる。
「でも、おねーちゃんが独立するまではエッチな本を読まされたんです。お勉強だからって。はい……」
「っ……」
アイネが苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
そんな彼女を見て、クレハは心配する事はないと言いたげにほほ笑みながら言葉を重ねる。
「でも私達はラッキーでした。私達みたいな年齢の子を性奴隷にする人は、処女性を求めていた人が多くて。だから実技の勉強だけはしなくてすんだんです。実際に『そういうこと』をしている人達を見せられたことはありますけど」
「…………」
――それは、ラッキーといっていいのか……?
例え実際に男に抱かれる事がなかったとしても、そのために勉強をし続けるというのはどんな気持ちだったのだろう。
「だからおにーさん。私達、多分あなたが思っている程子供じゃないですよ。はい」
「その上でやってます。一応……」
「シラハさん……クレハさん……」
将来、自分が慰みものにされるためにする勉強。
それをどんな気持ちで彼女達がしていたのか想像するだけで胸がしめつけられる。
と――俺の内心を察したのだろうか。シラハとクレハは俺を励ますような感じの笑顔を浮かべてきた。
「私達のこと、呼び捨てでいいですよ。はいっ!」
「そんな丁寧に呼ばれるの、なんか変な気持ちでしたから。是非、言葉も崩してください」
「そ、そう……?」
彼女達に促され、おそるおそる言葉を崩してみる。
虎耳をひくりと動かして満足そうに微笑む二人。
その動きはぴったりと合っていて無性に可愛らしく感じてしまう。
周囲の空気も少しだけ穏やかなものへと変化していく――
「……二人とも、リーダーが好きなんすか?」
と思っていたらアイネがそれをぶち壊してきた。
何を言っているのか――そうアイネにつっこむ前にシラハの声が元気よく響く。
「はいっ! 今日で確信しました。やっぱりおにーさんは王子様ですっ」
「……お兄さん、私達の事ちゃんと見ようとしてくれて……嬉しかった……」
シラハの声に合わせて頷くクレハ。
するとアイネはにやりと笑って俺の方に視線を移した。
「そっか。なら問題ないっすね」
「え?」
嫌な予感がする。
レベルでは対抗できないプレッシャー。
それをアイネから感じてしまい思わず一歩、後ずさる。
「はいっ! だから皆でチューするです。はいっ!」
「おいっ!!」
「大丈夫っすよ。唇だけはしないっすから。そこだけはリーダーからってことで、任せるんで」
「そういう問題じゃ――うああっ!?」
……この後、額と頬に穴があくのではないかと思うぐらい無茶苦茶にキスされた。