232話 独占欲
「へぇ。こんなところに湖があるんすね……」
荒野の街という言葉からは連想しにくい綺麗な一面の蒼。
カーデリーのマップは日本に居た頃に見た事がある。
人工的に作られた貯水池――それがこの方向にある事は、既に知っていた。
「きれー……」
感嘆のため息を漏らすアイネ。
確かにこの光景は美しい。
やはり、ゲームの世界で見た景色と実際にその場所に行った時に見える景色は違う。この世界に来てから何度も思ったことだが、改めてそう感じる。
しかし、それよりも俺の視線はアイネの方に縛られていた。
「リーダー?」
俺の視線に気づいたアイネが、ふと俺の方を振り返る。
わざとらしく歯を見せながらほほ笑むアイネ。
「ははっ、なんでウチばっか見てるんすか。マジでウチに見惚れてたんすか?」
「うん……」
「……え?」
俺の言葉に、アイネはきょとんとした顔を見せた。
その表情を見て、我に返る。
「あ……」
深く考えないまま本心を口走ってしまったことに今更ながら気づく。
この景色より君の方が綺麗だよ――みたいな、ベタでキザな台詞を何も考えずにやってしまった事が恥ずかしい。
「はは……ならもっとウチのことみていいっすよ」
そんな事を考え、アイネから顔を反らすと彼女が腕に抱き着いてきた。
どうやら、まんざらでもないらしい。
照れが隠せてないが、それでもぴったりと体をくっつけてくれている。
――ほんとに一途だな。この子……
俺に向けて懸命に好意を向けてくれるアイネ。
そんな彼女の姿がどこか眩しく感じてしまう。
それは……俺が彼女に誇れる程一途ではないからだろう。
「なぁ、アイネ」
「ん?」
俺の声のトーンが変わったことをかんじとったのか、アイネが怪訝な表情を浮かべてくる。
そんな彼女と少しの間、見つめ合うと俺は言葉を続けた。
「アイネはいいのか? 俺がスイとお風呂に入ったりとかしてて……」
「へ?」
俺の言葉に、半笑いになるアイネ。
俺がそういう事を言いだすとは全く予想していなかったのだろう。
若干呆けた様子で俺の事を見つめている。
「ミハさんもそうだけどさ。自分以外の女の子と俺が仲良くしてる姿見て、嫌じゃないのか? 俺が不誠実に見えたりしないか?」
「リーダー……?」
アイネは眉を八の字に曲げて首を傾げる。
そのまま顎に手を添えて少し考え込む仕草をすると、改めて俺の目をじっと見つめてきた。
「もしかして……まだ、エイミーさんに言われたこと気にしてる?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「そういう訳でしょ」
「違う」
アイネの目が見開く。
少し強い口調になってしまっただろうか。
とりあえず一度深呼吸して自分を落ち着かせる。
「自分でこんなこと言うのも……すっごく自分勝手だと思うんだけど……」
「…………」
震えそうな声をなんとかおさえてアイネに語りかける。
俺の緊張が伝わったのだろうか。アイネも顔が強張っていく。
「俺は嫌なんだよ。アイネがもし他の男と二人でお風呂入ってたら……嫌なんだよっ」
「……へ?」
と思いきや、アイネの顔から一気に緊張が抜けた。
目を点にしながら唖然とした表情で俺の事を見つめている。
「少なくとも俺の世界じゃ男が色んな女の人と付き合うことなんて常識外だった。だから、そういうことをしてるといつかアイネもそうなるんじゃないかって不安になるんだ……」
「は……? え?」
何を言われたのか分からないと言いたげにアイネは引きつった笑みを浮かべている。
そんな表情を数秒ほど続けた後だった。
「くっ……ぷっ、あっははははははははははははははは」
「え?」
突然、アイネが大声で笑いだす。
それは今まで見た事もないような笑い方だった。
「ははははっ、あははははっ、あはーっ! ははははははははっ! ははーっ、ひひーっ!?」
「おっ、おいアイネ? 大丈夫か?」
完全にツボにはまったような笑い方。
呼吸困難になっているような息遣い。
若干、苦しそうに顔をしかめながらすがりつくように俺のローブをつかむ。
「なんすかそれ? そんな訳のわからない事考えてたんすか? あっははははははは」
「おい!」
スイに流されるまま行動してしまった自分も自分だが。
一応俺にもそれなりの倫理観というか、道徳心みたいなものがある。
トワにこの世界の常識は教えてもらったが――だからといって簡単に割り切れるような器用な性格なら日本でニートなんてしていない。
「ご、ごめんなさっ、ぷっ……あははははははっ!! でもっ、そんなバカなこと真顔でっ……あははははははっ!!」
「あのな……」
「ごめっ、ぷっ……くくくっ……」
そんな俺をあざ笑うかのように――っていうか、完全にあざ笑っているアイネに、俺はため息をつく。
するとアイネは流石に申し訳ないと思ったのか、顔の前で手を合わせながら頭を下げてきた。
「いや、いやいや。なんてーか……あははっ、嬉しいっすよ? それ、独占欲っすよね? ウチを独占したいってことっすよね?」
「え……」
自分の胸に手を添えてそういうアイネ。
反射的に否定しそうになるが否定できるはずがない。
俺は完全に、そして明確に、アイネに対して独占欲を抱いている。
「そんな事で悩むなんて……ぷははっ! 嬉しいけど、いくらなんでもリーダーは頭が固すぎるっす」
こつん、と拳を握りしめて俺の胸を小突くアイネ。
だいぶ笑いが収まってきたようで、だんだんとアイネの息が整ってきた。
「……いや、ホントっすよ。リーダーのいた世界の常識がどうだかしらないっすけど。別に男の人が色んなの女の人と付き合うことなんてよくある話しっす。王様だってそうじゃないっすか。何がおかしいんすか?」
「それは……」