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229話 スイを洗う ★

 さっきまで俺が座っていたところにスイが座る。

 俺はスイの後ろに移動。だがスイの前には鏡が用意されているため、前からみたスイの姿も俺は確認できてしまう。

 当然、それはスイも認識している。だからスイは体にまいたタオルを回転させ、背中だけがはだけるように工夫していた。


「じゃあ、お願いします……」


 震えた声と同時にスイの体を纏うタオルがゆっくりと落ちる。

 露わになったスイの背中。そこを流れる滴は美しく浴室の光を反射しており、彼女の肌のみずみずしさが伝わってくる。

 無意識にその滴が落ちる方向に視線を移すとタオルからこっそりと小さな割れ目が目に入った。


「あ、う……」


 自分で言っておいて情けない話だが。

 これは――俺にとってインポッシブルなミッションなのではないだろうか。

 こんなに間近で大きく露出した女の子の肌を見たことなどないのだ。

 前屈みになった姿勢を立て直すことができそうにない。


「ど、どうしました?」

「いや、なんでもない……」

「?」


 鏡越しにスイが疑問の眼差しを俺に刺してくる。


 ――気づかれていないよな?


 幸い俺はスイの後ろにいる。鏡で俺の姿を見ている彼女からは、俺のタオルが盛り上がっている部分は死角になっている。

 問題は表情だ。前屈みの姿勢は力を込めているとかそんな理由で逃げられる気がする。俺は自分の顔を鏡で確認しながら無表情を懸命に作っていく。


「あ、あの……あ、洗わないのですか?」

「え、いや……」


 かたまり続けている俺に対してスイが鏡越しに心配そうな表情を向けてきた。


「すいません。ちょっと変な肌でしたか?」

「い、いやっ! 違うって! そ、その……思った以上に綺麗で……な、なんか傷つけてしまいそうでさ……」

「っ……」


 誤解されないように必死で言葉を絞り出すと、スイはみるみるうちに体を縮こませてしまった。

 背中を丸めながらスイはぼそぼそと言葉を続ける。


「そ、そうですか……ありがとうございます……でも、一応私だってそれなりの剣士です。そんな簡単に傷つくような体にはしてないですよ」

「そ、そうだよな……」


 とはいうもののスイの体は驚くほどに華奢だ。病的とまではいかないが見事なまでのスレンダー体型。

 鏡に映るスイの胸もそこまで膨らみを主張していない。

 だからこそ、余計に彼女が華奢に見えてしまう。


「じゃあ、いくぞ……」


 とはいえいつまでもこうしている訳にはいかない。

 覚悟を決めてスイのうなじにタオルを当てる。


「んっ……」


 一瞬だけスイがくすぐったそうに体を震わせた。

 いきなりうなじに当てるのは失策だったか。

 そう思いながらも、妙に頬が緩んでしまいそうになるのは俺の心が汚れているせいなのだろう。

 泡に包まれたスイの首筋がやけに艶めかしい。俺はうなじフェチなのだろうか。

 

「ん……気持ちいいです……お上手ですね」

「そ、そうか?」

「はい」


 そんな邪な自己分析をしている俺とは対照的に、スイは純粋な笑顔で話しかけてきた。

 少しだけ罪悪感を覚えながら肩甲骨のあたりまでタオルをおろす。


「リーダーって人の体洗うの得意なんですか?」


 ふと、スイが目を細めながらそう話しかけてきた。

 唐突な質問に首を傾げる。


「へ? なんで?」

「前に頭洗ってもらったときもすごく気持ちよかったし……」

「そう? 一応、人の体を洗うなんてやったことないんだけど。でも、スイもうまかったよ。すごく気持ちよかったし。ありがとな」


 そういうとスイは照れくさそうにほほえんできた。


「そ、そうですか……? 私もリーダー以外にこんなことしたことなかったから……それをきいてちょっと安心しました」

「ははっ、俺たち才能あるのかもな」


 少し和やかな雰囲気になったことで緊張が和らいできた。

 そんな事を口走りながらスイに笑いかける。


「……いえ、やっぱりそうでもないと思いますよ?」


 だが、意外にもスイは俺に同調してくれなかった。

 なにかまずったのだろうか。そう思って手を止めるとスイが意地悪く笑う。


「だってリーダー……さっきから同じところばっかこすってませんか?」

「え?」


 そういえば。

 俺はさっきからスイのうなじと左の肩甲骨ばかり洗ってしまっている。


「あ、ごめんごめん。こっちも……」

「いえ。いいんです。それでもすごく気持ちよかったから」


 くすくすと笑うスイ。

 それがちょっとだけ悔しくて俺は反抗するように違うところを洗い始めた。


「……ふふっ、なんかおかしいですね」

「え?」


 唐突になげかけられた言葉に、俺は首を傾げる。

 そんな俺にスイは鏡越しに微笑みかけながら言葉を続けた。


「私、貴方と出会ってからまだ一ヶ月もたってないんですよね」

「そうだな……まだ三週間も経ってないんじゃないか。二週間ちょっと……?」


 正確には覚えていないが少なくとも長く一緒にいた訳ではない事は確かだ。

 それでも日本にいた時の数年間より長く感じるのはスイ達のおかげなのだろう。


「はは……それなのに男の人にこんなことしてもらうなんて……私、悪い子でしょうか?」


 苦笑するスイ。


「ごめん……いやだった?」


 スイの言葉をきいて、手の動きが止まってしまう。

 するとスイは不満げな表情で振り返り、わざわざ俺と直に目を合わせてきた。


「本気で言ってます?」

「え?」


 スイにしては珍しい少し怒ったような言い方。

 鏡越しのスイの視線に金縛りを受けたような感覚になる。

 

「その質問。本当に答えないと分からないんですか……?」


 だんだんと訴えかけるようなトーンにスイの声が変化してきた。

 ここまで言われて何も気づかない程、俺だってばかじゃない。

 だがそれを口にして認めるのはあまりに気恥ずかしかった。


「……なっ、流すよ」

「はい」


 俺がそうする事が分かっていたのか、スイはあっさりと顔の向きを元に戻した。

 そしておもむろに、スイは自分の髪をしばっていたゴムを解くと、顔を隠すように髪を前に持っていく。


「……前は洗ってくれないんですか?」


 ぼそり、と呟くような小さなスイの声。

 聞き間違いかと思ったが、しんとした雰囲気が、それが違うと言うことを俺に教えてきている。


「いや、それは……」

「……冗談です。ここまでしておいてなんですが……ちょっと、私の羞恥心が限界です……」


 自分で言った手前、ばつが悪く感じているのだろう。

 スイはかなり苦々しい笑顔を浮かべている。


「ご、ごめんっ……」

「いえ。いいんです! そのっ……ありがとうございました……」

「おう……」


 話す事が無くなったことで再び沈黙が訪れた。

 その間、ついスイの背中に視線が釘付けになってしまう。


「…………あの」


 それを察せられたのだろうか。

 スイは俺の視線を遮るように急に自分の髪を後ろに回した。

 綺麗な青い髪で隠されるスイの背中。

 だがしっとりと濡れた肌にへばりつく髪は、それはそれで――


「あの。リーダー? え、えと……その、一応、体全部洗いたいので、そのっ……」


 ふと、異次元領域に飛びかけていた俺の意識が現実に戻される。

 俺が考えていたことはおそらくスイにバレているのだろう。

 かなり恥ずかしそうに俯いて俺に訴えてきている。


「あ、悪い。えっと……俺、外に出るよ」


 そう俺が言うと、スイはきょとんとした顔になり素早くこちらに体の向きを回転させた。

 その瞬間――


「え? いえ、そんなことしなくても。ただ、後ろ向いてくれるだけで――あ」


 急にこちらに体の向きを回転させたせいだろうか。

 スイの前を覆っていたタオルが、ふぁさりと落ちる。


「あ、あ……」


 スイの顔がみるみるうちに引きつっていく。


 ……瞬時に理解した。自分が今、恐ろしい事故現場に遭遇してしまっていることを。

 少しでも俺が視線を下にずらせば、悲惨な現実を直視しなければならないということを。


「や、やっぱ出る! ありがとなっ!」


 せめてもの誠意として思いっきり目を瞑る。

 そのまま体を半回転させて浴室の扉がある方へダッシュ。


「あっ!! ちょっ、あぅあ……」


 スイのもごもごとした声をききながら、俺はそのまま更衣室に逃げ込んだ。


ミッドナイトノベルだと、もうちょっとだけスイとイチャつけるかも……!

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