228話 自己嫌悪
俺に抵抗しているのか、背中を洗うスイの力が強まった。
もっとも、スイの声色から察するにまんざらでもないらしい。
「ごめんごめん。他には、どんなところいったんだ?」
「そうですねー……最初はワルドガーン王国の方にいっていて、またエクスゼイドに戻ってきたのが四か月ぐらい前。そして三か月ぐらいにシュルージュ北東にあるフェルヒアム沼地ってところでキマイラを討伐しました」
「それで晴れて大陸の英雄になったわけか」
「むー、違いますって……私、まだまだレベル100じゃないですし……その辺りからライルさんに本格的に付きまとわれたって感じですかね……」
と、途端にスイの声のトーンが落ちてきた。
「あー……ごめん、嫌な事思い出させるつもりじゃなかったんだけど……」
「いえ、そんなんじゃないです」
「…………」
スイの手が止まる。
我ながらなんて話題の振り方が下手なのだろう。
スイの旅の軌跡をたどっていけばライルの話しが出てくるのは少し考えれば分かることだったのに。
「スイ?」
「あ、はい」
「……大丈夫か? 無理しなくても……」
「い、いえっ……その……」
慌てて手を動かすスイ。
だがやけに一か所だけをゴシゴシとこすってくる。
何か考え込んでいるのだろうか。そんな疑問を感じたのとほぼ同じタイミングで――
「……偉そうな事言いましたけど、私も同じなのでしょうか」
「ん?」
スイが少し落ち込んだ声色を出してきた。
どういう意味か分からず首を傾げる。
「私、ライルさんに対して真剣に向き合ったとはいえないんじゃないかって。関わりたくはないと思っているのですが……でも、私の事を好きだと言ってくれた人なのに……私もライルさんに対して、エイミーさんと同じような事してたんでしょうか……」
スイの思いつめた声色に俺も言葉を詰まらせる。
その対応がさらにスイを追い詰めてしまったようだ。
さらに曇りがかかった声でスイが言葉を続けていく。
「あんまり口に出すことじゃないとは思ってますが……私、エイミーさんが苦手です。でも、私のやっていることも彼女と大差ないんじゃないかと思うと……」
「そんなことない」
その声をきくのは辛かった。
ピタリと言葉を止めたスイに畳み掛ける。
「スイ、エイミーに言ってたじゃないか。『相手が真剣な気持ちを向けてくれたなら』それには礼儀を尽くすべきだって。ライルの気持ちは真剣なものだったか?」
「それは……」
「俺には自分の欲望を優先しているだけに見えた。スイがエイミーの事を好きになれないのは、それと似たものを彼女に感じたからなんじゃないか」
「…………」
「少なくとも、スイが自己嫌悪する必要なんてない。アレはかっこよかったよ、スイ」
ライルのあの歪んだ考えは、ライルなりに悩みがあった末のものなのかもしれない。
それでもスイを貶めるような事をしたライルを許すことはできないし、あれが真剣な気持ちだなんて到底思えない。
変なところで律儀になるのはスイの悪い癖だというのが俺の考えだった。
「……そう、ですよね……すいません。こういうの、私すぐに自信無くしちゃって……」
自虐気味に笑うスイ。
そんなスイにどこか共感してしまう。
「謝ることじゃない。俺も同じだから」
「え?」
「エイミーにキープしているって言われた時、すぐに言い返せなかった。俺も自分の事を好きだと言ってくれる人と真剣に向き合えているのか不安になった……」
「そんなっ! そんなわけ――」
大げさなぐらい悲痛な声をあげるスイに、俺は苦笑しながら振り返る。
「ないって思ったからあの時、アイネは怒ったんだろうな。俺に対しても」
――そんな簡単に自信無い顔見せないで!
アイネもアイネなりに考えたうえで俺に好きだと言ってくれたはずだ。
だから、俺のアイネに対する姿勢を俺が疑う事はアイネの気持ちを疑う事に他ならない。
その事をかみしめていると、スイが慰めるように話しかけてきた。
「……私だって思います。貴方はそんな人じゃないですよ」
「でもそれを自分で認めるのって難しいよな。スイもそんなふうに考え込んだんだろ?」
「…………」
「だからスイの代わりに俺が言うよ。スイ、君は誠実な人だ」
じっとスイの目を見つめて俺は自分の考えを告げる。
と、スイが一つ息を吸う音がきこえた。
「ぅ……な、流しますっ!!」
「うおっ!?」
割と真面目に話したつもりだったのだが、あまり良い評価は得られなかったようだ。
いきなりスイは俺の体に向かってシャワーをかける。
「い、いきなりっ――」
「ねぇ、リーダー……」
「っ――!?」
と思いきや、スイはいきなりシャワーを止めた。
その直後に感じたのは背中に当たる柔らかな感触。
「私、貴方とパーティを組んでから毎日がすごく充実してます……」
「……スイ?」
「ありがとう……」
そっとスイの腕が俺の胸に回ってきた。
あまりにも華奢で、それでも自然と心を委ねたくなるような優しさと芯の強さを感じさせる腕。
背中に当たるタオル超しのスイの体。
「あ、あのさっ!」
気づくと俺はスイの方にふり返り、彼女の腰に手をまわしていた。
「お、俺も洗ってあげようか……?」
「え?」
その言葉に、どんな感情がこめられているのか。
多分、スイは察したのだろう。顔を真っ赤にして視線をそらす。
「……ふふっ、そうですね。お願いします」
だが、それでも彼女はすぐに俺の顔をまっすぐと見つめ返すとにっこりと笑ってくれた。