227話 スイの旅路
――どうしてこうなった?
洗い場に腰掛けながら、ふと天井を見る。
カーデリーのシャルル亭は、シュルージュのそれと比べてあまり大きくない。
三人部屋とはいえ、そこについている浴室は一人か、多く見ても二人用のものとしか思えない大きさだ。
「お、お待たせしましたー……」
そのせいかどうかわからないが、入ってきたスイの声が非常に良く響いた。
反射的に振り返ると、体にバスタオルを一枚巻き付けただけのスイの姿が目に入る。
「ちょっ!」
スイにはシュルージュのシャルル亭の中でも体を洗ってもらったことがある。
だがそれでも、俺はその衝撃に耐えることができず頓狂な声が出てしまった。
「な、なにやってんぴょ!?」
狭い空間、二人きりという人数、そしてなにより服を着ていないという事実。
いつもと違いストレートにおろされた長い髪が纏められ、よくみえるようになったうなじ。
それらが過剰な刺激となって俺は鼻血を出しそうな感覚を覚えた。
思わず鼻を手で覆ってうつむいてしまう。
「い、いえ……その……えっと……」
そんな俺の様子を見て恐縮したような声をスイはあげる。
そのままぺたりと座り込み、俺のことを見上げてきた。
「す、すいません……あの服、濡らしたくなかったので……」
もしかしたらスイにも小悪魔の才能があるのかもしれない。
赤くそまった頬と、浴場の湿気で濡れた肌がやたらと艶めかしい。
――落ち着け。これはお礼なんだ。お礼お礼お礼……
「そ、そう……」
「じゃあ、洗います……」
俺の背中側にまわるとスイは石けんを泡立て始めた。
浴場の狭さとアイネ、トワというお騒がせキャラがいないせいでやたら大きくその音が聞こえてくる。
――やっべええええ!! 超緊張するううっ!
前回はもうちょっとくだけた雰囲気だった気がするのだが。
今回はスイも俺もがちがちに緊張している気がする。変に沈黙しているせいだろうか。
「あ、あのさっ!」
「はいっ!?」
そう考えて無理にでも声を出そうとしたが失敗だったとすぐに悟る。
俺の頓狂な声に驚いてしまったらしく、スイが尻餅をつく音がきこえた。
「ご、ごめんっ。大丈夫か?」
「え、えぇ……な、何か?」
「いや……これからどうするのかなって思って」
「え? その、タオルで流そうかと。これで」
そう言いながら泡立てたタオルを俺の前に回してくる。
それを見て自分の発言があまりにも言葉足らずだったことに気づいた。
「ご、ごめん。そうじゃなくてこれからの事だよ。カーデリーの依頼が終わったらスイは行きたいところとかあるのか?」
「へ? 行きたいところですか……そうですね……」
あまりピンときてないような声色が後ろから届いてくる。
「特に思いつかないならさ、スイが行ってみた場所の話しとかきかせてよ」
「……ふふっ、そんな面白い話しでもありませんよ?」
「そうでもないよ。俺もスイに興味があるんだ。だからさ」
「っ……」
少し茶化したつもりだったのだが流石にデリカシーに欠けたかもしれない。
スイは俺の肩をぎゅっとつかんで黙り込んでしまった。
「……ご、ごめんっ、変な空気にするつもりじゃ……」
「いえ……」
気を取り直したのか、スイはタオルを手に取り俺の背中を流していく。
「そうですね……私が旅に出て行ったところといえば、西が中心になります。実はエクスゼイド帝国はそこまで旅してないんですよ」
エクスゼイド帝国はゲームに出てきた単語だ。
俺がこの世界から来てからトーラ、シュルージュ、カーデリーと移動してきたわけだがここはエクスゼイド帝国の領域となっていたはずだ。
ゲームをやっている時は今自分がいるフィールドがどの国の領域かという設定よりもキャラクターを育成する事がメインだったためうろ覚えだが。
そんな俺の記憶を喚起するようにスイが言葉を続けていく。
「テンブルック荒野の西をずっと進んでいくと、ハーフェスという山脈があるんですけどそこが国境になっていまして。その向こうのワルドガーン王国に行ったことがあります」
「ワルドガーンか……」
その単語もきいた覚えがある。たしか――
「そこは獣人族が多くてですね。獣人族は身体能力に長けている人が多くて私のような剣士が修行するには困らないときいていたので」
流石スイ。最も効率的なレベル上げをルーチンでこなしていたばかりの俺よりも、はるかにこの世界について詳しい。
ゲーマーとしてはちょっと複雑な感じもするが――まぁ、この世界はゲームではないしなぁ……
気を取り直して質問を続ける。
「修行っていうと具体的にはどんなことをやってたんだ?」
「魔物相手に戦うというのもそうなんですけど……ワルドガーンの人たちは冒険者同士で腕試しするのが好きな人が多いので。闘技場で稼いでました。少しだけ……」
「少し? 本当に?」
本人は否定するが、スイだって大陸の新たな英雄と呼ばれるぐらいの実力者だ。
それだけの力があるなら少しといわず、がっぽがっぽ稼ぐことも夢ではないのでは。
――もしかして、俺とアイネの宿代とかを平気で出せるのって……
「……はは、ちょっと意地悪ですよ」