224話 一口看破 前編
「ただいま戻りました。はいっ!」
「おや、おかえりなさい」
日も落ち始めた頃、シャルル亭のロビーに溌剌としたシラハの声が響く。
入口近くのカウンターには、やたらと姿勢よく腰掛けていたケンゾーの姿がある。
「ほぅ……」
ケンゾーは少し目を見開きながらスイ達の様子を見る。
特にクレハを見たときは、ケンゾーは明らかに動揺を隠せていなかった。
「いやはや、これは驚いた。服一つでこうも印象が変わりますか……」
シラハの服はメイド服っぽくも見えるためガラリと印象は変わってはいない。
変化としては地味な感じだが大人しそうな感じが抱きしめたくなるような可愛らしさを出している。
その彼女の変化にどうやらケンゾーもご満悦の様子。
「楽しかったです。はいっ!」
「お兄さん達のおかげです……」
「この服、おにーさんが選んでくれたんですっ。似合ってますか?」
「もちろんだとも。それにしても――そうかそうか。楽しめたようで良かった」
もっとも、ケンゾーの一番の興味の対象は服の変化ではなさそうだ。
シラハに対してもそうなのだが、クレハが笑顔を見せてくれている事に一番驚きと喜び、そして安堵の感情がケンゾーの顔に良く出ている。それもそのはず、たしかに今のクレハの表情だけを見た人なら彼女が人見知りだとは夢にも思わないことだろう。
途中、エイミーに話しかけられた時はどうなることかと思ったが――それなりに楽しんでくれたようで俺も安心していた。
「しかし驚きましたね。彼女達が好みそうな服がよくわかりましたね?」
ふと、ケンゾーが視線を俺の方に移してきた。
不意にかけられた質問に少しきょどってしまう。
「い、いえいえっ! 別に俺は――」
「ありがとね、おにーさんっ!」
「ありがとう……」
シラハとクレハが俺の横に立ちぎゅっと腕にだきついてきた。
……割と無邪気な姿だとは思うのだが、何故だろう。後ろから妙な視線を感じる。
ケンゾーが堪えるように笑う。
「ふふっ、いやはや。彼女達も年頃の娘という訳ですか。恐れ入りました」
「えっ……?」
そう言いながら軽く俺に対してお辞儀するケンゾー。
意味深げな笑みを見せながら言葉を続ける。
「それはさておき、お食事はどうなさいますかな。一応、用意はできているのですが」
「あ、じゃあ私達はそろそろお仕事に――」
慌てた様子でシラハ達が俺から離れていく。
そんな姿を見てケンゾーはやれやれと言った感じでため息をついた。
「何を言っているんだ。今日は一日休みだよ」
「えっ、でも……」
「いいから。本当に君達は休むという事を覚えなさい」
その言葉にシラハとクレハは視線を交わして安心したようににこりと笑う。
……どうも、日本で休んでばかりいた俺にとっては耳が痛い。
――いったい、この子達はどのぐらい働いているんだ?
「なら、私達と一緒に食べませんか」
そんな疑問を断ち切るようにスイの明るい声が耳に届く。
するとそれに続いて、さらに明るい声が聞こえてきた。
「そっすね! もうちょっと二人と話してみたいっす」
「アハハッ、じゃあ女子会だーっ!」
「女子会って……おいおい……」
「うわ、そんな露骨な嫌な顔しないでよリーダー君。ちゃんと女の子扱いしてあげるからさっ」
「どんな配慮だよ。いらねえって」
「照れない、照れない。ほらいくよー」
ふわふわと食堂の方向に飛んでいくトワ。
少し苦笑いを浮かべて追いかけていくスイ達。
――ま、なんでもいいか……
お腹もすいてきたし、とりあえず食堂に向かうとしよう。
†
昨日と比べて、シャルル亭の食堂はかなり静かだった。
俺達以外の利用者の姿は無い。夕食をとるにはいい時間帯だと思うのだが今日は客の入りが悪いのだろうか。
「それにしても、クレハちゃんはなんであんなに服選びの知識があったんすか?」
食堂中心辺りの円卓に五人全員が座ったのを確認すると、早速といった感じでアイネが声をあげる。
するとクレハは恥ずかしそうに俯きながらゆっくりと返事をしてきた。
「本です……ミハお姉ちゃんにおすすめのもの教えてもらったことあるから……」
「そうなの? 私、教えてもらってないよっ!」
頓狂な声で口を挟むシラハに対しクレハが一つため息をついた。
「だって……シラハはどうせ給仕服しか着ないから……」
「そんなこともないもん。今日はこんな可愛い服着てるです。ね、おにーさん」
不意にシラハが俺の方に視線を移してきた。
ほぼ反射的に頷く。その服もメイド服に近いとか本音が漏れたらシラハが悲しむ事ぐらいは分かるので無言だったが。
と、ミハの名前が出てきたせいだろう。アイネがぐっと体を机によせてシラハに問いかける。
「ミハさんとは連絡はとってるんすか?」
「はいっ、最近は会えてないですけど、お手紙でやりとりはしてるです。カーデリーに私達が来るまで一緒にシュルージュでシャルル亭をやってたんですが……」
その瞬間、シラハの表情が一気に曇った。
きょとんとした顔を見せるスイとアイネ。
「おねーちゃん……今もシュルージュで、大丈夫かな……」
だが俺は――そしてトワもすぐにその原因に察しがついたようだ。
ミハは、シュルージュで営業をしている時に営業妨害を受けていたと言っていた。
スイが助けに入ったことでそれは一度無くなったようだが、スイがカーデリーに来る前にシラハとクレハと会っていたという話は無い。
そうだとすればこの二人はミハが営業妨害を受けている間にカーデリーに移動したことになる。
……そうだとすれば、彼女達が心配そうな顔を見せている事の説明がつく。
スイも、そしてアイネもなんとなく察しはついたらしい。皆の表情が曇っていく。
「凄く元気にやってましたよ。というか、昨日まで会ってましたし」
そんな空気を変えたくて、なるべく明るくなるように意識してシラハに声をかけた。
ミハも二人には心配をかけたくないだろう。
……とてもではないが犯されかけたなんて事は言えない。
「えっ、そうなんですか?」
俺の声にシラハが確認をとりたいと言わんばかりに皆の顔を交互に見た。
「はい。私達がシュルージュを出発したのは昨日の朝です。とても元気にやってましたよ」
「色々優しくしてくれて、ほんとにお世話になったっす」
「アハハッ、本当にね」
「なら安心です。はいっ!」
「よかった……」
ほっとため息をつくシラハとクレハ。
そんな二人を前にスイが目を細める。
「えぇ。シュルージュだけじゃなく今日も助けられました」
「……どういうことですか?」
シラハが怪訝な表情で首を傾げる。
それに対し、クスリと笑いながらアイネが言葉を続けた。
「ミハさんのロザリオっすよ。それがなければ多分、ウチら生きて帰ってこれなかったと思うっす……」
「え? な、なんで……?」
急に物騒な話しになっただろうか。
シラハが少し顔を青くする。
そんな彼女の表情を和らげるためだろうか。スイは軽く笑いながら話し続ける。
「実は私達、フルト遺跡で離れ離れになっちゃって。そこで凄く強い敵に会って全滅しかけたんです」
「でもリーダーがそのロザリオを使って助けてくれた。……そっすよね?」
スイとアイネが俺の事をじっと見つめてきた。
かなり混乱した状態だったはずだが――どうやら二人は俺が何をしたのか理解しているらしい。
トワが、悪戯がバレたような顔で笑う。
「アハハッ、気づいてたんだ」
「猛き勇者の応援歌、清き聖者の子守歌。それがあのオカリナの音色できこえてきましたから」