223話 悪趣味
そう言いながら、アイネがどこか悲痛な表情で俺の方にふり返ってきた。
……てっきり、エイミーに体を寄せられていた事を怒っていると思っていたのだが――どうもそういう事ではないらしい。
アイネは、そのままエイミーに怒涛の如く言葉をぶつける。
「リーダーはウチらのこと、ちゃんと見てくれてる! まだ付き合ってくれてないけど――でも、少なくともウチの気持ちを尊重しようとしてくれてるっ!」
「へぇ……その結果、そんなに我儘になっちゃったのかなっ! アイネちゃんはぁっ!!」
そう言いながらエイミーが手を振り上げた。
その行動の意味を俺も、おそらくアイネもすぐに察知する。
自分の頬に向かって振り下ろされるエイミーの手の平。それを避けることなど、アイネなら楽勝だっただろう。
しかしアイネは動かない。受けて立つと言わんばかりにその手をじっと睨みつける。
だが――
「ぐっ……」
小さく声を漏らしたのはアイネではなくスイだった。
「せ、先輩……?」
別にエイミーが攻撃の軌道をそらした訳ではない。
ただ、アイネをかばってスイが代わりにエイミーのビンタを受けただけだった。
「アンタ……」
その行動の意味が分からないのはエイミーも同じだったらしい。
きょとんとした顔でスイの事を見つめている。
「最初に手を出したのはこちらですから。その点については非礼をお詫びいたします。ですが――」
しばらくの間、俯いたままだったスイだが、そう言葉を紡ぎ始めるとゆらりと顔をあげる。
「貴方がノーマンさんやフレッドさんに対してしていることと、リーダーが私達にしている事が同じとは思えません」
その可愛らしい服には全くもって似合わない冷たい声色。
エイミーが一度、小さく喉を鳴らす。
「……なに? アンタ、まさかパーティリーダーのつもり?」
「まさか。リーダーは彼ですよ」
首を少しだけ傾けて俺の方をちらりと見るスイ。
その仕草は、あまりに淡々としていて皮肉にもなっていない。
軽く舌打ちするエイミーを前に、スイは言葉を続ける。
「少なくとも彼らは真剣だと思いますよ。想いを受け入れるか受け入れないかは別として、相手が真剣な気持ちを向けてくれたなら、それに対して礼儀は尽くすべきでは?」
「礼儀? なに言ってんの。勝手にむこうからやってきて、こっちがそんなことする必要なんてないでしょ? あんな物、わたしはいらないわ。私がほしい物はもっと強くて頼れる人」
スイとは対照的にエイミーは苛ついた表情で話す。
と、スイはその言葉を受けると小さくため息をついた。
「……貴方の言う通り、貴方が本当にリーダーの事が好きならその気持ちを止める権利は私達にはありません。でも、なんでしたっけ――女の幸せ? 貴方のいう幸せは多分リーダーの幸せに繋がらないと思うんですよ」
「あ?」
「強い男の人に守られるだけで自分からは何もしてあげようとしない。貰えるものは貰っておいて何かを与えようともしない……そんな貴方がリーダーの気持ちを尊重するとは思えません。だから――」
一度そこで言葉を切るとスイはエイミーを威圧するように一歩近づく。
そして、声にならないような声でその先を続けた。
「絶対、貴方にリーダーは渡さない。リーダーは『物』じゃない」
数秒。エイミーは――いや、俺も含め、この場にいる者は動くことができなかった。
殺気ともとれるようなスイの放つ威圧感。それが俺達の口を閉ざす。
「は、はぁ……? アンタさぁ、ちょっと強いからって調子に乗ってるんじゃ――」
「……あの、お客様。周りの方々のご迷惑になりますので喧嘩は……」
ふと、なんとかスイに対して言葉を返そうとしたエイミーの横から、おそるおそると言った感じで店員が声をかけてくる。
「はぁ!? つっかかってきたのはこっちの方なんですけどぉ!」
打って変わって、威勢よく言いかえすエイミー。
……どうやらスイから受けた鬱憤を立場の弱い店員で晴らすつもりらしい。
それを察知したのか、スイが急いでエイミーと店員の間に入り込む。
「失礼しました。この服、買いたいのですがよろしいですか?」
「……はい。まいどありがとうございます。新品をお持ちいたしますね」
少しぎこちない営業スマイルを見せながら店員がそそくさと立ち去っていく。
――店員さんも大変だなぁ……
ともかく、ここまで二人に言わせておいて俺が何も言わないというのもしまりが悪い。
それに俺がはっきりと答えるのが一応のスジというものだろう。
「エイミーさん。今のままで俺は満足しています。だから、ごめんなさい」
そう言いながら頭を軽く下げる。
するとエイミーは顔を真っ赤にしながらアイネに手を伸ばした。
「はぁ!? なんで、こんなクソガキに――」
その手の動きは攻撃の意思を宿している。そう判断し、俺はその手首をつかんだ。
ビクリ、とエイミーの肩が震える。
「多分、俺もガキだからだと思います。ごめんなさい」
エイミーの好意は少し自分勝手に過ぎる。それはスイ達に言われなくたって察しがつく。
それになにより、今はシラハとクレハもいる。彼女達にも楽しい時間を過ごしてもらうためにここに来たのだ。
だからこれ以上、この人と話をするべきじゃないだろう。
「…………趣味悪いわ! アンタ!」
そんな俺の意思を読み取ったのだろう。
最後にそう捨て台詞を残してエイミーは走り去っていった。
若干の間、流れる沈黙。
だがこういう雰囲気になった時に心強いヤツが俺の仲間にはいる。
「で! 次はどんなのを探してみるの?」
明るい声を出すトワ。
それに対抗する訳ではないが、俺も少し緊張した面持ちの皆に声をかけた。
「買った服、着るんですよね? あっちはアクセサリー売り場になってたんですけど、似合う物探してみませんか?」
「……はいっ!」
俺の言葉に、にこりと笑って元気よく答えるシラハ。
それに続くように顔の緊張を緩める皆を見て、俺も少し頬が緩んでしまった。




