219話 シラハの服選び
「どっすか!」
ガラッと開かれる試着室のカーテン。
現れるのは目に炎を宿したアイネの姿。
「……服のガラに頼りすぎてる感じがします……合いとか、中途半端。派手系なら派手系で貫き通さないと変な照れと思われちゃいそうです。その濁ったグリーンの部分をビビット色にした方が──」
「ぐぅっ!」
若干涙目になった瞳を隠すかのように、アイネはカーテンを閉める。
その直後に開かれる隣の試着室のカーテン。
「どうですかっ!」
「う、うーん……不自然に露出があって変です……もしそれをやるならスカートの丈とかそんなロングにするより思い切って太ももとかもみせた方がいいと思います。例えばあそこにある──」
「くっ……強いっ!」
ぎりりと歯を食いしばるスイ。
俺への鋭い視線を置き土産に試着室への中へリターン。
──なんで俺?
「な、なんか凄いですね。クレハさん……」
このような光景は、あれから二十分程続いている。
その間、クレハは次々にスイとアイネのファッションについてバッサバッサと切り伏せ続けていた。
「わ、私もびっくりです。はい……あんなにしゃべるクレハ、初めて見ました……」
そんなクレハに唖然としているのは俺だけではない。
シラハも引きつった笑みを浮かべながらクレハを見つめていた。
だがトワは、対照的ににこにこと笑いながら俺に話しかけてくる。
「アハハッ、みてみて。クレハちゃん。さっきからちらちら鏡見てるよ」
「ん?」
トワの言葉に改めてクレハを見つめると──なるほど、たしかに彼女の言葉通り、スイとアイネが出てくるまでの間、鏡で自分の姿を見ているのが確認できた。
──でも、それがなんだってんだ?
そんな疑問が顔に出ていたのだろう。トワが呆れたように笑いながら言葉を続ける。
「んもぅ鈍いなぁ。それだけあの服が気に入ったってことでしょ」
トワが小さな手で俺の頬をつついてくる。
そんな彼女から逃げるように視線を移すと、偶然クレハと目があった。
照れ臭そうにしながらも俺に微笑みかけてくれている。
自分が今着ている服をぎゅっとつかんで嬉しそうに目を細め、虎耳を動かすその姿は反則級に可愛らしい。
──それにしても、俺って意外にファッションセンスあったりするのか……?
クレハの言葉を聞いた限り、自分の好みとかを抜きにしてスイとアイネの服について論評しているように見える。
そうだとすれば、あそこまで彼女が喜んだ様子を見せてくれるのは、ミハと似ている色の服を選んだだけではなかったりしないだろうか。
──ま、俺じゃあんなふうなアドバイスは言えそうにないけどさ……
ただ批判するだけでなく改良案を瞬時に出しているし、彼女の頭の早さには頭が上がらない。
「あの、おにーさん」
ふと、そんな事を考えながらクレハを見つめていると、シラハが俺の裾をひっぱってきた。
「わ、私。給仕服以外で似合うのあるでしょーか?」
シラハは、そう言いながらもじもじと両手の人差し指をあわせる。
「もちろんですよ。クレハさんと同じ服、持ってきましょうか?」
「あ、いや、その……どういうのがいいか、選んでもらったり……?」
「えっ、あぁ……」
と、不意に飛んできたシラハの上目使いに声がどもってしまった。
その瞬間、期待にあふれたシラハの表情が一気に暗くなる。
「あっ! 無理ならだいじょーぶですっ! はいっ! ただ、あの、その……言ってみただけで……」
言葉とは裏腹に、彼女の耳と尾は正直だった。
──獣人族って割と簡単に感情が読めそうだな……
「選んであげれば? クレハちゃんにはボクがついてるから」
言われなくてもそうするつもりだ。
クレハのお墨付きなのかもしれないこの俺のファッションセンスを披露するとしよう。
「じゃあ可愛いなと思うの選んできますね。えーっと……」
†
「これなんてどうでしょうか」
俺が選んだのは、水色のストライプ模様のワンピースだ。
胸元には青いリボンが結ばれていて、ウエストにはストライプと同じ色のリボン。
見た目がメイド服に似ているので、シラハも受け入れやすいのではないか──そんな事を考え選んだのがこれだった。
「わぁ……じゃあ着替えてきますねっ! はいっ!」
俺から畳まれた状態のそれを受け取ると、シラハはそれを良く確認もせずに試着室に小走りで向かっていく。
「喜んでくれるといいけどな……」
「アハハッ、何言ってるの。喜んでたじゃない」
俺のぼやきにトワが笑いながら返事をする。
「いや、でもまだ着てないし。似合ってるかどうかは実際みてみないと」
「そういう問題じゃないんだって」
「え?」
トワの言葉の意味が分からず首を傾げていると、彼女は小さくため息をつく。
「まぁいいよ、ほら──」
「……これならどっすか!」
「これはどうですかっ!」
と、スイとアイネが同時のタイミングで試着室から出てくる。
「っ……お姉さん……!?」
その服装は──なんというか、迷走していた。
スイは痴女かと思う程、露出度が低い水着のような服を着ており、アイネは迷彩模様のジャージを着ている。
あまりに変な方向に飛び過ぎたその服装に俺だけじゃなくクレハも絶句していた。
──どうしてそうなった……?
少なくともクレハのアドバイスを素直にきいていればそんなことにはならなかったはずなのだが。
あくまでも自分のセンスで戦いたいという彼女達のプライドなのだろうか。
「おにーさん、着替えてきましたー!」
「……え?」
そんな中、シラハがキラキラした笑顔で試着室のカーテンを開けてきた。
「あっ、シラハ! 似合ってる。可愛い……」
その姿に真っ先に反応したのはクレハだった。
彼女の言葉通り、シラハは先に俺が選んだワンピースを見事に着こなしている。
その着替える早さにも驚いたが予想以上に彼女に似合っていた。
「えへへ。ほんとー? おにーさんが選んでくれたのです。ね?」
シラハがそう言いながら満面の笑みを向けてきた。
それに続くようにクレハが恥ずかしそうに笑う。
「……お兄さんってセンスいいですね。それにシラハが好きそうな服選んでくれているし……ちゃんと私達のこと見てくれて……ありがとうございます」
「あ、あぁ。喜んでくれたなら嬉しいよ」
あまりに真っ直ぐに褒められるのはやはりくすぐったいものだ。
ぴこぴことはねる二組の虎耳に頬が緩んでしまう。
……だが。
「…………」